達人マスターはお見通し

「さっ、真田がアレを全部食べたァ!?」

「う、うん……」

「蘭、あんたちゃんと作れたの!?」

「まさか!またお父さんがトイレとお友達になってたよ……」


昼休みに今朝のことを莉絵ちゃんに報告したら、飲んでいたお茶を噴き出しそうになっていた。それもそうだ、わたしも自分が作ったものを完食する人は初めて見たのだから。とりあえず、真田くんが味音痴、あるいは真田くんだから大丈夫だったというこじつけでこの話は一旦終わらせることに。


「真田……手強いわね……」

「うん……はぁ……柳生くん……」

「もう本当のこと言っちゃえばいいんだって!」

「でも……」

「あー、もう!蘭の悪いところだよ!中途半端な優しさは時に人を傷つけるんだからね!」


ずきんと胸に痛みが走った。中途半端な優しさは時に人を傷つける。それは誰よりもよく知っている。わたしは何も変わっていないのか。また、中途半端な優しさで人を傷つけようとしているのだろうか。


「……そんなの、知ってるよ。」

「あ……ごめん、言い過ぎた……そんなつもりじゃなかったんだけど……」

「ううん……大丈夫、ごめんね。」

「蘭、あのさ、次の土曜の練習試合のことなんだけど……」

「芥子香、少しいいか。」

「えっ?」


突然男の子から名前を呼ばれて、莉絵ちゃんの話が途中にもかかわらずパッと振り向いてしまった。少し目線を上にあげると、声の主がテニス部の柳蓮二くんだとわかった。


「わ、わたし?」

「ああ、取込中に済まない。少し聞きたいことがあるんだが、大丈夫か?」

「莉絵ちゃん……」

「ん?あぁ、私の話は気にしないでいいよ。柳、蘭に何かしたら承知しないからね!」

「ふふ……弦一郎よりも佐藤の方が怖いかもしれないな。安心してくれ、この場で済むことだ。」


弦一郎……ってことは、柳くんも知ってるんだ。もうテニス部みんなに知れ渡っちゃってるのかな、それとも学校中のみんなが知ってるのかな。隣の席のあの子も、隣のクラスのあの子も、今運動場でサッカーをしているあの子も、みんなみんな……


「……芥子香、聞いているか?」

「……あっ!ご、ごめんなさい!えっと、もう一度言ってもらってもいいかな……」

「ああ。今度は単刀直入に聞こう。芥子香、お前は本当に弦一郎を好いているか?」

「…………えっ!?」


莉絵ちゃんにちらりと目をやったけれど、彼女は熱心にスマホをタップしている。ああ、流石は柳くんといったところか。テニス界では達人マスターだとか参謀だとか言われているだけのことはある。こちらのデータマンは、どうやらテニス関係の人物だけではなくわたしのような一般生徒のことについてもしっかりデータをとるつもりなのだろう。


「え、っと……」

「案ずるな、どんな答えであれ口外はしない。」


どうしよう、信じていいのだろうか。答えあぐねていると、ポケットの中のスマホがブーブーと震えた。柳くんに許可をとって、さっとスマホを取り出したら、目の前にいる莉絵ちゃんからのメッセージ。声に出すな、と書いてあって、目だけでそのメッセージを追いかけた。


『柳には本当のことを言ってもいいんじゃないかな。柳なら絶対他の人に言わないと思う。』

『どうしてそう思うの?』

『この前、先生が生徒同士のいざこざで柳を呼び出して事情を聞いてたんだけど一向に口を割らなくてさ。柳が仲裁してちゃんと解決してたし、生徒同士も先生もめっちゃ柳に感謝してた!柳は口が堅いし周りからの信頼も厚い!』


なるほど、昨年度末の大掃除の時の騒ぎかな。それならわたしも知っている。あれは柳くんのおかげで事なきを得られたのか……わたしはスマホをしまって、再び柳くんの方を向いた。


「あ、あの、柳くん、今から言うことは誰にも言わないでほしいの……」

「ああ、そのつもりだ。」

「あのね、わたし、他に好きな人がいるの。」

「柳生だろう?」

「そう、やぎゅ……!?な、なんで!?なんで知ってるの!?」


あまりにも平然と言われたものだから一瞬スルーしそうになってしまった。既にデータをとられていたのか。流石はテニス界の達人マスターだ。


「芥子香、声が大きい。」

「あっ、ご、ごめんなさい……」

「この話は人のいないところでした方が良さそうだな。明日の放課後、保健委員会が終わった後、時間はあるか?」

「あ、うん、大丈夫……明日は部活ないよね?」

「うん、明日は先生が出張だからオフだよ。」


莉絵ちゃんにも確認して、明日の放課後、生徒会室で再度柳くんと話し合うことになった。莉絵ちゃんも同席してほしいと頼んだところ、柳くんも莉絵ちゃんも快諾してくれた。


放課後の部活が終わって、莉絵ちゃんと一緒に帰ろうとした時のこと。着替えが終わって部室の外に出たところで、真田くんが腕を組んで仁王立ちで立っていた。随分と汗をかいているようで、いかにテニス部の練習がハードなのかが窺える。


「芥子香、家まで送ろう。」

「あっ……えっと、莉絵ちゃんと帰ろうと思ってて……」

「む……そうか、水を差すのは悪いな。すまない、要らぬ節介を焼いてしまった。」

「あ……」


今、普段は大人びている真田くんの顔が年相応の男の子に見えた。彼がしょんぼりとした表情を見せたのは一瞬だけだったけど、わたしは見逃さなかった。彼は帽子を深く被るとくるりと背を向けてしまった。わざわざ待っていてくれてたのに、ひどいことを言ってしまった。また、疾きこと風の如しと言わんばかりの速さで逃げられてしまうかもしれない。なんて、なんて言おう。


「さら……」

「まっ、待たんかあっ!!」

「うおおっ!?」

「きゃっ!!ご、ごめんなさい!!」

「ぶっ!あははははっ!蘭、何それ!真田の真似!?」

「う、うぅ……」


どうしようと悩んだ矢先に思い浮かんだのはここ数日の真田くんだった。わたしを呼び止める時に必ず、待たんかあっ!と言う彼の姿。真田くんは驚いているし、彼の驚いた声にわたしも驚いちゃったし、おまけに莉絵ちゃんからは大笑いされるしでとても恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「芥子香、どうした?何か言いたいことがあるのならはっきり言え。」

「あ、う……あ、あの、良かったら、三人で、帰る?」

「……良いのか?俺は構わんが佐藤は……」

「私?蘭と真田が良いなら私も構わないけど。」

「良かった……じゃあ三人で帰ろう!」


真田くんの思いやりの気持ちを無駄にせずに済んだことにほっと胸を撫で下ろした。しかし三人で帰るといってもどんなことを話せば良いのだろうか。気まずくなったりはしないだろうか。莉絵ちゃんが勢いで恋文事件のことをズケズケ言ってしまったりしないだろうか。なんてもやもやと不安を抱えていたのは最初だけで、わたしと莉絵ちゃんと真田くんは思いもよらない共通の話題で楽しく会話を盛り上がらせながら帰路に就くことができたのだった。





達人マスターはお見通し




「芥子香、佐藤!これは……!」

「えっ?真田くん、知ってるの?」

「これは京都宇治限定抹茶バージョンうさいぬマスコットではないかーっ!?」

「う、うん、お父さんが出張のお土産でわたしと莉絵ちゃんにって……」

「な、なんと……たまらん……この形といい光沢といい……」

「……家にまだあるからあげようか?」

「ほ、本当か!?かたじけないな……」

「柳がデータの達人マスターなら真田はうさいぬの達人マスターってか……」








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