5限の体育は澄み渡る青空の下でのバレーボール……体育館でやればいいじゃないかと思ったけれど、今日は生憎ワックスがけの日らしくて立ち入り禁止なんだとか。隣のコートでは男子が楽しそうにバレーボールをしているけれど、女子はみんなぐでーっと項垂れている。


「次、蘭だよ!」

「あ、うん、ありがとう。」


友達と交代でコートに入った。女子はみんなのろのろと動いていて、男子達の躍動感溢れるプレーにうわぁ……と声を漏らしている。こんな暑いのによくやるなぁ、なんて思いながら私達女子もプレーを開始した。


数分後、一人の女の子が膝をついた。熱中症なんじゃないかとみんなが慌てて駆け寄って、私はその子の水筒を取るためにコートから出たのだけれど。


「……あれ?地面、柔ら……か……」

「おい、芥子香!!」


背後から仁王の声がしたけれど、何を言っているのかは聞き取れなかった。私の意識がここで途切れてしまったからだ。





涼しい……あれ?私……そっか、熱中症……


弦一郎の、声がする気がする。手が少し痛い。うーん、と自分の呻き声が聞こえた、と同時に弦一郎の声が明確に自分の耳に入ってきた。手が痛いのは彼にぎゅっと力強く握られていたからだ。



「……!!……おい、蘭!!」

「…………ここ……どこ……?」

「気が付いたか!ここは保健室だ。俺がわかるか?」

「……真田、弦一郎。」

「む、意識ははっきりしているようだな。心配したぞ。」


弦一郎曰く、私は軽い熱中症になってしまっていたようで。仁王が私を背負って保健室に駆け込んで行くのを教室移動の際にたまたま見かけたんだとか。時計に目をやると既に部活は始まっている時間だ。


「……弦一郎、部活は?」

「昨日は練習試合だったからな、今日はオフだと顧問から言付かった。それより、どこか具合は悪くないか?病院へ行かなくて大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ、ほら、暑かったからさ、ちょっと気持ち悪くなっただけでもう全然なんともないから。」

「しかし……」


弦一郎はとても心配そうに私を見つめている。真面目な彼のことだ、軽い熱中症でも命にかかわることだと考えているのだろう。以前、ブンちゃんが部活中に熱中症になった際にヘラヘラ笑いながら大丈夫だと言っていたら、たるんどる!熱中症を甘く見るな!と怒鳴りつけていたのが教室まで聞こえてきたのをよく覚えている。


「大丈夫、それよりほら、早く帰ろう。あ、私、帰り道でアイス食べたいな……」

「む、帰宅中の買い食いは厳禁だぞ。」

「熱中症で倒れちゃうかもしれないなあ……」

「むっ……ならば帰る前に食べればいい、まだ購買は開いているな……何がいい?」

「あ、あのレモン味のやつ……ほら、この前柳くんが奢ってくれた……」

「うむ、アレはなかなか美味だったな。よかろう、少し待っていろ。」


弦一郎は財布を握って早足で出て行った。廊下を走るな!といつも切原くんに怒鳴っているだけあって、いくら急いでても走らないところがいかにも厳格な彼らしい。暫く待っているとガラッと勢いよく扉が開いて、パンパンに詰まった袋を持って彼がこちらに歩いて来た。


「……そ、そんなに買ってくれたの?」

「ん?いや、購買でテニス部の連中と鉢合わせしてな。蘭への見舞いの品にと預かって来た。」

「えっ?あ……これはブンちゃんでこれは柳生くん……これは柳くん?」

「全て正解だ、よくわかったな……」

「……レモン味のタブレット菓子に熱冷ましのシート、栄養ドリンク……なんとなくわかるよ。」


袋の中を漁って、弦一郎が買って来てくれたレモンシャーベットを取り出してぱかっと蓋を開けて添え付けの木のスプーンをざくっと突き刺した。ぱくりと口に入れると氷粒のシャリッとした食感と爽やかなレモンの風味が広がって、爽快感が全身へと染み渡った。


「……美味しいっ!くぅー!生き返るっ!」

「む、食欲はあるようで良かった。」

「あ……心配かけてごめんなさい……」

「いや、構わない。お前が元気になってくれればそれでいい。」


弦一郎は私の頭に大きな掌をのせてわしわしと撫でてきた。お前の頭はテニスボールのように小さいな、なんて言われてしまったけれど、人の頭をテニスボールに例えるとはどういう了見だと少しむくれてしまったら、違うのだ、とか、そんなつもりはない、とか、彼が少しだけ慌て出してしまったのがとても可愛らしかった。


「ご馳走様でした。」

「歩けそうか?」

「うん、気持ち悪さもなくなったし大丈夫だよ!」

「そうか、ならば帰ろう。鞄と制服は既に持って来たから着替えるといい。」


弦一郎はシャッとカーテンを閉めて保健室から出て行った。ささっと着替えを済ませて、丁度戻ってきた保健室の先生に挨拶をして外に出ると弦一郎がひょいと私の鞄を持ち、行くぞ、と穏やかに微笑んでくれた。中学テニス界では『皇帝』なんて恐れられているけれど、私に取っては王子様だ。


帰り道、少し赤みが差した朱色の空はとても綺麗だ。昼間の青空はとても爽やかで綺麗だったけど、夕方の朱色の空はなんだか少し切なくなってしまう美しさだ。少しだけ寂しい気持ちになった私は、隣を歩く王子様の大きな手をギュッと握ったのだけれど、彼はぴたっと歩みを止めてしまった。


「あれっ、どうしたの?」

「い、い、いや、そ、その、て、手を、だな……」


弦一郎の顔はまるで朱色の空と同化してしまったかのよう。


「あっ、嫌だった?ごめ……」


弦一郎の手をパッと離したら、慌てた様子の彼にガシッと手を掴まれた。


「ち、違う!嫌なわけがなかろう!その、普段の蘭は突然触れてくることなど無いからな、少し心配しただけだ!」

「えぇ?もう大丈夫だよ、すっかり元気だから。それより、手、繋いじゃダメ?」

「あ、ああ、構わんが……」


弦一郎は空いた方の手で帽子を深く被ってしまった。それから、今日はやけに暑いな!これでは熱中症になるのも頷ける!なんて大きな独り言を呟きながら顔や首にスポーツタオルを当てていた。掴まれている手はじっとりと手汗で湿っており、そのことに気がついた彼は慌てて私の手と自分の手をスポーツタオルで拭いていた。


「よ、よし、いざ尋常に勝負!」

「……何と?」

「む……て、手を、つ、つ、繋ぐ、のだろう?」

「へへ、ありがとう、弦一郎。はい、お願いします。」

「む……これでいいだろうか?」

「……これ、繋ぐっていうより掴む、じゃない?」

「す、すまない!」





心配性な王子様




「こうだよ、こう。」

「こ、こんな……!?ゆ、指が、絡まって……!?」

「いつもはただ握るだけだもんね。たまにはいいでしょ?」

「い、いや、しかしだな……こ、こんな繋ぎ方をしては蘭の御両親に顔向けが……」

「……弦一郎って意外と心配性だよね。」




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