けしからん!
昼休みのチャイムが鳴った。授業が終わると同時に私は昼食をクラスで一番の速さで済ませて教室を飛び出した。朝のうちから購買で買ったパンを昼休みの開始と同時に食べて、一刻も早くA組の教室へ行くのが私の毎日の日課だ。というのも私の意中の想い人、真田弦一郎に会いに行くためである。ほら、今日も凛とした綺麗な立ち姿。なんてかっこいいのだろう。人目も憚らず私は彼の腕にはしっと抱きついた。
「真田っ!いい加減私と付き合ってよ!」
「むっ!芥子香!ええい、離れろ!けしからん!」
「だって真田がいつもちゃんと返事してくれないからじゃん!」
前々から常々真田に好きだ好きだと何度もアタックしているのに、くだらんとか、けしからんとか、そんな言葉ばっかりで。大体、女の子の告白に向かってくだらんなんて言葉を投げつけること自体がけしからん行為だとは思わんのか!と何度怒鳴りつけたくなったことか。そんな不満は自然と私の行動に現れるわけで、密かに自慢に思っているこの大きな胸を彼の腕にぎゅうっと押し付けてやったのだけれど。
「はっ、破廉恥な……!」
「きゃっ!」
ぶんっと腕を動かされて、振り払われてしまった。真田と話していた柳生くんがさっと私の身体を支えてくれたから転ばずには済んだ。なんて紳士的なんだ。
「そ、そんなたわわに実った、ち、ち、乳房を押し付けるんじゃない!」
「……動揺してる?」
「け、けしからん!!これしきのことで俺の精神力が、ゆ、揺らぐと思ったら大間違いだ!」
真田は顔を赤くしてぷいっと窓の方を向いてしまった。こんな可愛い一面があるだなんて、ますます好きになってしまうじゃないか。私はもう一度、今度は真田の大きくて広い背中にむぎゅっと抱きついた。
「真田、大好き!」
「く、くだらん!たわけが!」
「真田は私のこと嫌い?」
「な、何故そんなことを答えねばならんのだ!」
またしても返事をはぐらかされてしまいそうで、流石に少し悲しくなってしまい彼の背に頬を押し付けて少しだけ目線を下げた。そんなに、迷惑なのだろうか。私はただ、好きなら好き、嫌いなら嫌いと言って欲しいだけなのに。しかしここでテニス界でも紳士と呼ばれる彼が素敵な助け舟を出してくれた。
「真田君、芥子香さんは決してふざけているわけではないと思いますよ。彼女の想いをくだらないと一蹴するのは失礼ではないかと……」
「む……」
「ですよね、芥子香さん?」
柳生くんの言葉に私は大きく頷いた。私が真田から腕を解いて一歩離れると、彼は少し大きな溜息を吐いてこちらを振り向いた。それから頭に手をやって目を瞑り、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……芥子香、お前は淑やかさに欠けすぎだ。もう少し大人しくはできんのか。」
「……迷惑、だった?」
「……正直、どうすればいいのかわからん。好意を持ってくれているのはありがたいが……その……」
真田は根が真面目だし、自分にも他人にもとても厳しい人だ。そんな彼が私に対して気を遣っているのだ。傷つけないよう、必死に言葉を選んでくれている。けれどそれは私の気持ちは受け入れられないということと同値なのだと察してしまったわけで。私は、そっか、とだけ返事をして静かにこの場を後にした。
「お、お前のことを嫌だと思ったことは一度もない。その、交際についても、俺は恋人として務まるのかがわからんのだ。お前はどうしたい?お、俺はお前のことが……芥子香?む……!?や、奴は何処へ……!?」
「真田君の言葉を最後まで聞かずに静かに去ってしまいましたよ。」
「な、何故止めんのだ!」
「私は当事者ではないので。それに、話の途中で口を挟んでも良かったのですか?いつもの真田君なら大変立腹なさると思いますが……」
「ま、まぁいい、また明日になれば来るだろう。」
なんて会話が繰り広げられていたことはつゆ知らず。翌日から私は真田の前に姿を現さないようにした。あの真田があんなに困っていたのに、これ以上困らせるようなことをできるわけがない。
あれから2週間が経った。真田の顔は一度も見ていない。しかし今日も昼休みはやってきた。購買で買ったパンを出すと、隣の席の男子が私の机に自分の机をくっつけてきた。彼はいわゆるチャラい男子だけど、性格はとても良くて男女問わず人気がある。私とは隣の席ということで結構話しもするし仲も良い方だと思う。
「芥子香、一緒に飯食わね?友達が今日風邪で休みでさ!」
「そうなんだ、うん、いいよ。」
「サンキュー!いや、芥子香っていつもスゲェ速さで昼飯済ませてどっか行くじゃん?俺、気になっててさー、あれなんなん?てかここ2週間はずっと教室にいるくね?」
「うーん……好きな人にね、会いに行ってたんだけど、迷惑、だったみたい。」
肘をついてパンを食べながらぼそぼそと呟いたら、彼はぱっちり二重の目をまん丸にして驚いていた。
「えっ!?マジ!?芥子香みたいな巨乳美人に迫られてそんな薄情な事思う男がいんの!?」
「きょ、巨乳美人って……んー、淑やかさに欠けるって。」
「そーか?うーん、芥子香の元気いっぱいなところ、俺はいいと思うけどなー。」
「そうかなぁ……」
「うむ、元気が良いのはお前の魅力だ。自信を持て。」
「…………さっ、ささ、真田!?」
突然背後から真田の声が聞こえて、私は勢いよく立ち上がった。つられて隣の男子もガタッと音を立てて立ち上がって、二人で同時に後ろを振り向いた。すると、腕組みをした真田が立っていて、ちょっと来い、とパンを持っていない方の手をぎゅっと握りしめて私を引っ張ってずんずんと歩き始めた。
真田は私の手を引いて屋上のドアを開けた。私が屋上へ踏み入ったことを確認すると、すぐにドアを閉めてしまった。そして私に向き合い、話したいことがある、と重苦しそうに告げた。もしかして、正式に私をフるつもりなのだろうか。とりあえず片手に持っているパンを片付けてしまおうとガブガブかじりついたら、真田が今までに見たことのないような顔で笑い始めた。
「くっ……はっはっは!!」
「えっ!?な、何!?」
「い、いや、失礼した……話があると言った矢先に突然パンを頬張るとは……」
「……ご、ごめん!失礼だったのは私だね!」
「いや、構わん。食べながらでもいい。その、リラックスしながら聞いてくれ。」
「ん、わかった。」
真田の言う通りリラックスしようと思った私は再びガブガブとパンをかじり始めた。彼は再び笑い、一度咳払いをしてから真面目な顔になって、いつもの厳格な雰囲気で話し始めた。
「まず、謝らせてくれ。お前の気持ちに対し、俺は真剣に向き合うことができていなかった。けしからんのは俺の方だった。」
「……?えっと、私は気にしてないよ?」
「……この2週間でわかったことがある。」
「ん?」
「……結論から言おう。芥子香蘭、どうやら俺にはお前が必要らしい。」
「……んん?」
「……す、す……す、好きだと言っておるのだ!」
「……言ってないよね?」
「い、今言っただろう!俺はお前が好きなのだ!な、何度も言わせるな!」
真田が?あの真田弦一郎が?私を?淑やかさに欠けてちっとも大人しくできない子どもっぽい私を?なんで?私がそう思っているのが伝わったのだろうか、彼はもう一度咳払いをして、私の大好きな凛とした姿勢で再び言葉を紡ぎ始めた。
「先日、俺はお前にこう言いたかった。お前のことを嫌だと思ったことは一度もない。交際についても、俺は恋人として務まるのかがわからん。だが、お前が本気で考えてくれているのなら、俺もお前に真剣に向き合いたい、と。」
私は右手に持っているパンを口にぎゅうぎゅうと詰め込んで、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。パンのバタークリームの味ははっきりわかる。これは決して夢ではないのだろう。けど、先日の真田がそんなことを言っていた覚えはないし、それこそ夢なのではなかろうか。
「……言ってないよね?」
「お、俺は言葉にしたというのに、気がつけばお前がいなくなっていたのだ!」
「あ、ごめん、フラれると思って帰ったんだよね。」
「全く……もう少し落ち着きを持て。まぁいい……この2週間、お前が一度も現れなくて俺は不安だった。」
「不安?真田が?」
「うむ、やはりこんな俺に愛想を尽かしたとばかり……その、俺が煮え切らない態度でお前に接していたせいで傷つけていただろう?」
真田はすまなかったと口にして私に向かって腰を折って頭を下げた。つまり、真田は私に嫌われたのではないかと不安になっていたということだ。押してダメなら引いてみろ、という言葉があるけれど、まさにこのことなんじゃないだろうか。私はトコトコと真田の前に行って、彼の顔を自慢の胸にむぎゅっと押し付けた。
「ぶっ!!何だ!?このたまらん柔らかさは……!!」
「真田はどうしたいの?私は真田のこと大好きだよ。」
「む……こ、交際を申し込んでも良いだろうか……」
「……私はずっと申し込んでたんだけどなぁ。」
「す、すまん、で、では、その、交際、しよう。」
「うん、よろしくね、真田!大好き!」
彼を抱く力を強くして、さらにむぎゅっと私の胸に彼の顔を埋め込んだら、彼は大慌てで私の両胸を鷲掴みにして自分の顔を離した。けれど今度は自分の両手が私の胸にあることに気がつくと、けしからん乳だ!!と叫びながら自分で自分の頬に見事なパンチを入れてしまったのだった。
けしからん!
「さっ、真田!大丈夫!?落ち着いて!」
「くっ、芥子香に諭されるとは……し、しかし、たまらん乳房だ……」
「……真田、私の胸が好きなの?」
「そ、そそ、そんな不純な動機ではない!俺はお前の明朗快活なところを気に入っているのだ!」
「……胸は?」
「……た、たまらんな。」
「……すけべ。」
「ぐっ……!!こら!!俺の手をとるな!!ち、乳に当てるんじゃない!!こら!!けしからん!!」
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