「なぁ、どこまで行くんだよ……」

「ん?そんなの決めてないよ。ちょっとした散歩だよ、さ・ん・ぽ。」

「えっ?さ……!?」


散歩?あの日の続きをするんじゃないのか?という言葉が出掛かっておれはハッとした。こんな言葉、まるでおれ自身が続きを望んでいるみたいじゃないか。ティーポがおれの方を見ずに前だけを見ていてくれて本当に良かった。もし顔を見られていたらきっと言い訳できなかったに違いない。ティーポにも、おれ自身にも。





しばらく無言で歩き続けた。きっと時間にしたら5分とか10分とか僅かな時間なのだろうが、おれにとっては1時間にも2時間にも感じられた。一体どこまで行くのだろうか。そもそも何をするのだろうか。いや、違う、これは散歩だ。ただの、散歩。違う、違う、忘れることのできないあの日の続きが待っているんじゃないのか。どれだけ考えても考えはまとまらない。一体何がどうなっているのか。落ち着け、落ち着くんだ、おれ……とぐちゃぐちゃになっていた頭の中を整理しようとして、ぎゅっと目をつぶって軽く頭を左右に振った。少し顔を下に向け、すっと目を開けたら、目の前には清淑なる紫が視界一杯に広がった。


「……うおおお!?」

「あはっ、にいちゃん驚きすぎ!」

「ち、ちち、近っ……」

「だってにいちゃんが全然動かないからさぁ、心臓、止まってんじゃないかなって思っちゃったよ。」


ティーポは俺の右胸に掌を添えて、左胸に耳を寄せていた。顔にかかる髪をさらっと耳にかける仕草に思わず心臓がずくんと大きく動いた気がする。反面、こんなに緊張しているのがバレるんじゃないかという焦りで血の気は引いていく一方なのだが。どうにも身体というものは正直らしい、鼓動はどんどん加速するばかり。自分の身体なのにどうして自分の意思でコントロールできない部位があるのだろうか。





ティーポは俺の胸に寄り添ったまま何も言わないし動かない。もちろん言うまでもなくこのおれも。相変わらず、煩く動いているのはおれの心臓だけだ。この鼓動の理由、そんなもの、考えなくてもわかるだろう。ただおれが認めてしまいさえすればソレは確定されるのだ。


おれはティーポのことが好きだ。言うまでもなく、リュウのことも好きだ。こいつらはおれの可愛い弟だ。おれの大切な家族だ。切っても切れない兄弟の縁、ずっとこのまま楽しく過ごせりゃ他には何も要りゃしねぇとすら思うほどに、どんな財宝よりも価値のある、いや、価値をつけることさえ不躾だろう、そのくらい、おれにとって何よりもかけがえの無い大切な宝物。





どれくらいこうしていただろうか。ティーポはおれの胸から顔を離し、俯いたまま微動だにしない。


「お、おい、どうした?」

「にいちゃん……おれ……」

「ッ……!!」


ティーポは右手でぎゅっと胸を抑えながらおれを見上げてきた。まるでルビーとかいう真紅の宝石の様な美しい瞳に吸い込まれるかと思った。それに……月明かりに照らされながら風に靡くこの長い美しい髪……一瞬、女なんじゃないかと思うほどに艶っぽく見えてしまった。けれど、こいつは女なんかじゃない。男、なんだ。そう、おれ達は男同士だ。やはり、この感情はソレではない。きっと、ソレでは……


「……あーあ。」

「ん?」

「せっかく、にいちゃんに花を持たせてやろうと思ったのにさ。」

「……は?」

「そんな強そうな見た目してるのにさ……可愛いよね、ホント。あんなに心臓バクバクさせてさ……何考えてたの?」

「なッ……!?」


まただ。また、この笑顔。妖艶という言葉が相応しい、美しい蝶の様な妖しい微笑み。三日月形に歪んだ口元に自然と目がいってしまう。そうだ、忘れるはずもない。おれは、こいつと…………


「思い出させてあげるって言ったよね……ほら、こっちにおいでよ。」


ティーポは……『男』の顔になった彼は、ゆっくりゆっくり後退して行く。そしておれは自然とそれに着いて行ってしまう。不随意的に。無意識に。頭の中で警鐘が響く。それ以上行くな、戻れなくなるぞ、と。けれどもこの足は止まってはくれない。清淑なる紫にどんどん近づいて行ってしまう。それに伴って心臓の鼓動は激しくなるばかり。ああ、もう、駄目だ。認めるしかない。初めてキスをしたあの日からじわじわと色付いていったソレを。この感情の名前を。





気づけばもう目と鼻の先。


彼はそっと囁いた。


「にいちゃん……すき、だよ……」


彼の手が伸びてきて、おれの左頬に添えられた。


こんなの……認めるしか……ねぇだろ……


「…………好きだ……」




ついに、認めてしまった


この感情の名前は、『恋』





途端にぐるんと視界が反転した。月明かりは彼の顔を照らしていたはずなのに、彼の顔には影が差している。おれは押し倒されたのだ。たかだか14歳の少年に……いや、そう考えるのはもうよそう。たった今認めてしまったばかりじゃないか。彼への想いを。恋という感情を。


「にいちゃん、だいすき……すきだよ……」

「んっ……ふ……」


彼は一瞬だけあどけない少年の笑顔を見せたかと思えば、すぐに男の顔になり、おれの唇にそっと口付けてきた。先日の、お仕置きと称したキスはただ互いの唇をそっと重ねるだけのものだった。だが、今日のそれは全く異なるそれだ。おれの感情が新たな色で完全に塗り潰されてしまったその瞬間、彼とおれの関係は家族愛、兄弟愛を越えた新しい形の愛で結ばれてしまったのだ。そのため、愛の表現方法すらも新しくなってしまっていて。


「んっ、んん……は……」

「ん……」

「ん、ティ……」

「ちゅ……喋んなよ……集中……んっ……して……」

「あ……んぅ……」


互いの舌がねっとりと絡み合う度に、くちゅりと厭らしい水音が耳から脳天まで突き抜ける。夜のシーダの森は虫の鳴き声や鳥獣達の鼾や生活音、川のせせらぎに木々のざわめき、様々な音を奏でるはずなのに、今はもうこの厭らしくも愛おしい水音とおれ達の温く甘い吐息しか聞こえない。それ程までに彼との熱いキスに夢中になっていた。





彼と唇が離れた時、月明かりに照らされて光る透明な糸がおれ達を繋いでいるのがはっきり見えた。頭の中の警鐘はもう聞こえない。後戻りもできない。いや、する気もないのだが……なんてことを考えながら先程までの熱いキスの余韻に浸っていると、ティーポは力一杯おれを引っ張り上体を起こしてきた。


おれを押し倒した時のあの力は何だったのか。まるで竜の鉤爪に掴まれた様に身動きが取れなかったのに。今のティーポはおれの上体を引き起こすので精一杯だ。それに、あの妖艶な笑顔も。あの笑顔はもうどこにもなく、おれの大切な家族で、『弟』のティーポがそこにいた。清淑なる紫の髪をふわっと靡かせ、目を細めて、口角を上げて白い歯を見せて、まるで悪戯っ子の様に笑ういつものティーポが。


「にいちゃん、ちゃんと思い出せた?」


前言撤回。何が悪戯っ子だ。もっとタチが悪い。


「……やれやれ、ゆかいだねぇ。」

「リュウには秘密だかんね?」

「……おう。」


彼は満足そうに柔らかく微笑んだ。おれ達の新しい、秘密の関係は今ここから、始まったのだ……





秘密の関係




「ねぇ、夜中にどこに行ってたの?お水飲もうと思って起きたら二人ともいなくて心配したよ。」

「キス。」

「なっ!?ティ、ティーポ!?」

「生のお酢を、生酢キスっていうんだってさ。」

「それを盗みに行こうとしてたってこと?」

「そ、普通のお酢とどう違うのかなって気になってさ。それがにいちゃんにバレて、止められたってわけ。」

「へー……すごく酸っぱそう!僕も気になる!」

「にいちゃん?何、口パクパクさせてんの?サカナみたいだよ。」


……やはり前言撤回。こいつは悪戯っ子に違いない。はは……まったく、ゆかいだねぇ……




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