今日はリュウが森の中で迷子になってしまったようで。おれもにいちゃんも自分のやるべきことを放っぽってあいつを探すために森を駆け回った。結局リュウは川のそばでしくしくと泣いていて、おれとにいちゃんがほぼ同時に目の前に現れたら真っ先ににいちゃんにしがみついてわんわんと声を上げて泣き喚いていた。これがおれに抱きついてきていたのならおれが、怖かったな、よく頑張ったな、なんて優しい言葉をかけてやれたのかもしれない。だけど、その言葉をかけてやったのはおれの大好きなにいちゃんで。そのまま三人でうちに帰ってきたけど、未だにリュウはにいちゃんにべったりだし、にいちゃんもリュウにつきっきりで構ってやってるといった具合だ。


もちろんリュウのことは可愛い弟だと思ってるし、あいつに悪いところなんて全然ない。むしろ良いところしか思いつかない。ちょっと頼りなくて男のくせに情けない!と思うことはあるけれど、おれやにいちゃんを慕ってくれているのは本当に可愛いやつだと思うし、いつも色んなことを努力しているのは素直に認めている。けど、だけど、だからといって、にいちゃんを独り占めしていい理由にはならないと思う。


「……にいちゃんの、ばか。」





気がつけばおれはそっとうちから抜け出して夜の森を彷徨っていた。自分の器の小ささに嫌気がさしてしまったのもあるけれど、大半の理由はこれ以上二人を見ていたくないという理由だ。それもそのはず、にいちゃんはただの『兄ちゃん』ではないからだ。これがただの兄弟の関係であれば兄ちゃんを独り占めされたくない弟のワガママで片付くことだけど、おれとにいちゃんは……


「……恋人、なのに。」


そう、おれとにいちゃんは恋人同士なんだ。リュウがこの家にやってくるずっと前から。でも、そのことは誰も知らない。リュウも、ババデルのジジイも、マクニールのやつも村の連中も、誰も知らない、おれ達だけの秘密なんだ。





月明かりの下、近くの切り株に座ってはぁっと溜息を吐いた。自分が、情けない。今まではずっと二人でいたから、こんな嫉妬の気持ちなんて味わったことがなくて。自分で言うのも何だけど、おれはもっと冷静なやつだと思ってたのに。自分の中に、焦げるような、こんな熱い気持ちが芽生えるだなんて。先程、悔しさのような嫉妬心を持った自分を醜いと感じてしまい、目頭が熱くなってきた。そして、ある一種の恐怖がおれの心を支配していた。


「……やっぱりおれは、ただの弟、なのかな。」



ガサッ



そう思った時だった。背後の草陰から何かが動く音がした。おれは瞬時に剣を抜いて、草叢に向かって突き刺そうとしたのだが。


「ま、待て!おれだ!おれ!」

「……にいちゃん?」


ガサッと音を立てて草叢から現れたのは、身体中を土と葉っぱで汚したにいちゃんだった。おれが素早く剣を突き出したからだろうか、尻餅をついたかのような体勢だ。剣を鞘に収めると、にいちゃんは安堵の息を漏らしてゆっくりと立ち上がった。そして、リュウを見つけた時と同様、片膝をついてふわりとおれを抱きしめた。


「探したよ。急に居なくなっちまうんだもんな……」

「……リュウについてなくていいの?」


ほら、可愛くない。おれはリュウみたいに素直に甘えることができないんだ。素直に言えばいいのに。寂しかったって、ヤキモチ妬いてたって、辛かったって。おれの好きな人なら、レイなら、おれのこんな黒い感情ごと、明るく眩しい黄金色で包み込んでくれるはずなのに。


「リュウならとっくに寝たよ。」

「じゃあついてあげてた方がいいんじゃない?起きてにいちゃんが居なかったらまたピーピー泣くんじゃないの?」

「そんなことないさ、少し外に出てくるから心配するなって伝えてある。」

「……そう。」

「おう。」


にいちゃんがおれを抱きしめる力が強くなった。そして美しく柔らかな尻尾がおれの腰をそっと撫でた。つい先程、泣きじゃくるリュウにも同じことをしていたっけ。そう思ったらなんだか胸のあたりがカッと熱くなってしまって。おれはドンッとにいちゃんを……レイを突き飛ばしてやった。


「痛っ!おい、何すん……!んっ……!」


お叱りの言葉が飛び出す前に、レイに馬乗りになりその柔らかな唇に喰らい付いた。


「おれはっ……おれはレイの恋人だ!」

「ティーポ……?」

「リュウには渡さないっ……おれの、おれのレイ……」

「んっ……んっ、んぐっ……」


深い口付けを交わしながら、片手で首のスカーフを取り、唇が離れた瞬間、もがくレイの両手首をぐっと固く縛り、地面に押しつけて身動きが取れないようにしてやった。


「にいちゃん……リュウの前では兄ちゃんでいいんだけどさ、二人の時は、ね……わかるでしょ?」

「ティ……んっ……」

「まだおれが話してるでしょ?途中で口を挟まないで。」

「…………」

「良い顔……しばらくレイのそんな顔見てなかったし、なんか興奮してきちゃった……」


レイは頬を紅く染めておれを見上げている。普段のにいちゃんはとてもかっこよくて、こんななよなよした姿なんて絶対に見せはしない。これは、おれだけが知っているにいちゃんの、レイの姿なんだ。そしてまた、逆も然り。


「……怒ってんのか?」

「怒ってはないよ。ちょっと、寂しかっただけ……」

「そっか……ごめんな、その、リュウに嫉妬……んぐっ。」

「あいつの話しないで……今は恋人同士の時間、でしょ……?」

「う……」

「違う?」

「違わ、ない……」


レイは紅くなった頬を少しだけ膨らませて、ぎゅっと目を瞑ってぷいっと顔を背けてしまった。出た、おれだけが知っている、恥ずかしい時お決まりのこの動作。二人でいるこの時間だけは、どっちが年上なんだかわからなくなる。思わずクスッと笑ってしまったら、ぶすっとしたレイがぼそぼそと言葉を絞り出した。


「……おれだって、さ、寂しい、よ。」

「えっ?」

「にいちゃん、にいちゃん、って……た、たまには、その、レ、レイ、って……」

「……そんなこと思ってたの?」

「リュウが来てから、その……ティーポも、兄貴の自覚が出て、あんまりおれに甘えてくれなく、なった、だろ……」


とどのつまり、レイも寂しかったということ。おれが甘えて来なくなったから、恋人同士の甘い時間が少なくなってしまったから。おれだけじゃ、なかったんだ。そのことがどうしてもおれの気分を高揚させて、胸の高鳴りを抑えることを許してはくれなくて。レイはぎゅっと目を瞑り、口端をきゅっと結んでいる。


「……おれが甘えて来ないのが寂しかったの?」

「……ああ。」

「甘えて来て欲しかったの?」

「……ああ。」

「……残念、おれ、そんなに素直じゃないからさ、ごめんね。」


今度はそっと優しく唇を重ねた。唇を離すと、レイの目は左右にキョロキョロと泳いでいた。おれはただじっとレイの顔を真っ直ぐ見つめていた。すると、ぱちりと目が合った。きっと、いま、この瞬間、おれとレイの想いは重なっているはず……


「……気持ちいいコト、する?」


レイは黙ったまま一度だけこくんと頷いた。おれはレイの耳元に口を寄せて、仕方ないなぁ……と極力低い声で呟いた。





恋人同士の時間




「んっ……ティ、ポ、も、だめ……」

「えー?まだキスしかしてないじゃん……ウブだなぁ……」

「ウ、ウブって……お、おまえいくつだよ……」

「え?この前14歳になったはずだけど……」

「じゅ、14でこのエロさって……育て方間違ったかな……」






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