出会い


3年生に進級して、私は6組になった。もう1週間が経つのだけれど、2年もこの中学校に通っているのに、周りには一度も話したことのない人が沢山いる。ただ一人、幼馴染の南健太郎君を除いてだけれども。去年は太陽のように明るいオレンジ色の髪が綺麗な千石清純君が同じクラスで、彼がいつも中心にいてくれたからかクラスメイトはいつも和気藹々と仲が良くて。引っ込み思案な私はよく千石君に助けられていたっけ。


さて、今日の5限の学級活動は委員会決めだ。1年生の時は図書委員、2年生の時は保健委員をやっていて、今年は文化委員でもやろうかな、なんて思っていたけれど、生憎他に希望者がいるみたいで。どうしたもんかと首を傾げていると、1つだけ空きのある委員があった。整美委員会だ。活動内容は至ってシンプル、ゴミ拾いや花壇の手入れ、教室内の清掃や生き物の管理など、いわゆる美化活動に努めること。誰もやらないのなら、と私はそこに名前を書き込んでささっと席に戻った。


翌日、私は無事に整美委員に就任した。ちなみに委員長は3組の男の子で、私はただの委員だ。今日は初めての活動ということで、毎週の活動日、それから花壇の整美当番を決めることになった。山吹中の3年生は各教室でメダカや金魚を飼っているから、定期的に水槽をきれいにしてあげようということで、火曜日と金曜日に活動をすることになって、毎日の花壇の整美とゴミ拾いはくじで順番を決めてローテーションで回すことになった。


さて、今日は火曜日、全クラス共通の整美委員会の活動日だ。健太郎君は委員でもないのに我らが3年6組の教室の金魚の水槽の水換えを手伝ってくれる。整美委員の私の仕事なのに、家でもやってるから任せて、って火曜日と金曜日のこの仕事を手伝ってくれているのだ。そして、ありがとう、と笑顔で伝えると彼は金魚みたいに頬を赤く染める。そんなところが可愛らしい健太郎君は私のお兄ちゃんの様な存在で。さて、教室の机の整列も花瓶の水換えも終わったことだし、後は外の花壇の水やりとゴミ拾いだけ。改めて健太郎君にお礼を伝えると、気にすんなって、と言いながら彼は部活へ向かって行った。


ゴミ拾いを一通り終えた私はホースを持って花壇の前にやってきた。3年の花壇は毎日各クラスの委員が交代で水をやっていて、今日は6組が当番で。私はホースを蛇口に繋いでせっせと水やりの準備を進めていた。すると背後の草むらからがさっと大きな音がして。びくっと驚きながら振り向くと、銀髪で目つきの悪い長身の男の子がくわっと目を見開いて立っていた。確か彼も健太郎君と同じテニス部で、千石君と同じクラスの……亜久津君、だったか。彼はなぜか自分の掌をじーっと見つめている。よく見るとその掌は真っ赤で……!?


「た、大変!!」

「あ?何だテメーは……」

「血!!血が、出てる!!」

「見りゃわかる。ギャーギャーうるせェ!」

「ひぃっ!し、しかしですね……あっ、そうだ!こっち!」

「!?テメー、何しやがる!!」

「いいから!!」


私は亜久津君の血が出ていない方の手を掴んで、ホースのあるところへぐいぐいと引っ張った。そしてチョロチョロと水を出して彼の傷を綺麗に洗い流して、スカートのポケットからウサギ模様の絆創膏と真っ白なハンカチを取り出した。てきぱきと彼の応急処置を済ませて、ほっとしたのも束の間。彼にガシッと胸ぐらを掴まれてしまった。


「テメー!!誰がこんなこと頼んだ!!あぁ!?」

「ひぃっ!す、すみません!昨年、保健委員をやっていたもので……!」

「あぁ!?くっだらねェ!!」

「ひぃっ!!」

「ケッ!!」


彼が私の胸ぐらをパッと離したために、どすんと尻餅をついてしまった。彼は両手をポケットに突っ込んで不機嫌そうにのしのしと歩いて行ってしまった。自分のしたことは間違っていないはずなのに、なぜ怒られてしまったのだろうか、やはり不良の考えることはよくわからない、と思って首を傾げていると、背後から再びガサッと大きな音がして。


「爛!!」

「健太郎君!!」

「大丈夫か!?さっき、花壇の方から亜久津の怒鳴り声がしたって部活の後輩が言ってて……!」

「えっ?あ……う、うん、大丈夫……」

「良かった……アイツも流石に女の子に手を出すようなヤツじゃないはずなんだけど心配で……」


健太郎君は私に近寄ってきて、どこか怪我してないか?と私の様子を確認してくれた。怪我はしていないけれど、私の心臓はどくどくととても早く大きく動いていた。正直とても怖かったからだ。健太郎君が来てくれたことで安心した私は、はぁーっと大きな溜息を吐いた。


「ん?何かあったのか?」

「あの、亜久津君?だっけ、あの人、すごく怖いね……」

「何かされたのか!?」

「んーん、手、怪我してたから手当てしたんだけど、なんでかなぁ、怒られちゃった。」

「……あ、亜久津と喋ったのか!?」

「んー、喋ったというか……向こうは、テメェ!とか、何しやがる!とか、言ってたくらいで会話らしい会話はしてないよ……」

「そ、そっか、それならいいんだ……とにかく、亜久津とはあんま関わるな。いいな?」

「う、うん、わかった……」


健太郎君は優しく笑うと私の頭をよしよしと撫でて、今日は一緒に帰ろうか、と誘ってくれた。わかった、と返事をして、私は花壇の水やり、彼はテニス部へ、とお互いのすべきことに戻ったのだった。


亜久津君か……怖かったなぁ……と先程のことを思い出していると、部活を終えた健太郎君が駆け寄ってきてくれているのが見えた。お待たせ、と声をかけられて、全然待ってないよ、なんて返していると、まるで恋人同士だね、と東方君に揶揄われてしまった。私達は幼馴染で全然そんな関係じゃない、現に健太郎君には別に好きな女の子がいるのを私は知っているのだから。二人で並んで帰っていても、健太郎君の話は好きな女の子の話やテニスのことばかり……かと思いきや、再び話題は銀髪の彼、亜久津君のことになって。


「爛、本当に大丈夫か?その、亜久津のこと……」

「うーん……別に殴られたり蹴られたりなんてことはなかったし、大丈夫じゃないのかな?」

「……実は、あの後、テニスコートに来たんだよ、亜久津。」

「……えっ!?ど、どうして!?」

「わからん……けど、千石を呼びつけてたから、今度の大会の話とかかも。」

「……えっ!?あ、亜久津君ってテニスできるの!?」

「そりゃ部員だしな、一応。つーかそんなことアイツの前で言うなよ、絶対キレる。」

「う、うん、わかった……」


やっぱり亜久津君って怖いなぁとか、謎だなぁとかいろいろ話していたらいつの間にかお家の前についていた。健太郎君のお家の斜め前が私のお家。別れ際に本当に亜久津には気を付けろ、ともう一度釘を刺された後、お互いバイバイと挨拶をしてから家に入った。


健太郎君もああ言っていたし本当に気をつけなきゃ、なんて思っていたのだけれど、私にとっては恐怖の出会いでも彼にとっては真反対のものだったなんてこの時の私は知る由もなかったのだった。





出会い




「おい。」

「ん?亜久津じゃん、珍しいね。なんか用事?」

「……女について教えろや。」

「ん?どの子?ってどうしたのその手。」

「うるせェ!テメーには関係ねェ!!」

「怖っ!そんな怒ってたらラッキーが逃げるって!で、誰のこと聞きたいわけ?」

「知らねェ。」

「し、知らないのに聞かれて答えられるわけないだろ全く……」

「……女に借りを作った。どうすりゃチャラになんだ。テメー、女の扱いには困ってねェだろ。」

「え?あ、何、デートにでも誘うの?そうだなぁ……俺はいつもデートするならスイーツを食べに行くかな、モンブランやチーズケーキ、それからガトーショコラにイチゴのタルト……いやぁ、亜久津が女の子とデートねぇ……うわっ!!顔怖っ!!」

「ケッ!!面倒クセェ……じゃあな。」

「……何だったんだ?」










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