やっとテストも終わり、着々と結果が帰ってきた。私は学年で4位という過去最高の成績を修めることができた。でも、喜べるのも束の間だ。3週間後には期末テストの範囲が発表されるのだから。引き出しからクリアファイルを取り出したところで、ひょいっと成績表が取り上げられた。取ったのは健太郎君だ。
「うわ、4位!?爛、お前すごいな!」
「あっ、健太郎君!この前は地理のノートありがとう!テストにバッチリ出てたね!」
「おう、役に立てて良かったよ。でも、俺の方も助かったよ。まさか英語の長文問題丸ごと出ると思ってなくてさ……爛のノート見といて助かった……」
「私もびっくりしたよ、穴埋め問題が難しかったよね……」
なんてテストのことを話していると、教室の喧騒がぴたりと止んだ。何事だろうと辺りを見回したら、教室の入り口に立っている亜久津君と目があった。亜久津君がずんずんと私の席の前へ歩いて来て、みんなの視線がこちらへ集まった。健太郎君は私の背後に立っていて、前へ出ようとしたけれど私が目で大丈夫と訴えたらそれ以上は動かなかった。
「テメー、土曜空けとけ。」
「えっ、今週?」
「……10時、駅前だ。」
「えっ、あ、あの……」
「フン……」
「あっ、亜久津君!あ……い、行っちゃった……」
待ち合わせをするなら連絡先を交換したほうがいいと思って、鞄から携帯電話を取り出そうとしたのだけれど、もたついてしまったからか亜久津君はさっさと教室を出て行ってしまった。みんなはまるで何事もなかったかのようにざわざわと先の続きを話し始めた。
結局何事もなく週末を迎えてしまい、私は亜久津君の言付け通り、駅前で彼を待っている。現在の時刻は9時48分。少し早すぎただろうか。花壇を囲む円形のベンチに腰掛けて持参した小説を読みながら待つことにした。
「あの……」
「はい?……あっ、あなた、この前の……?」
突然男の人から声をかけられて、見上げると声の主が先日鞄をぶつけてしまった若い男の人だとわかった。まさか、先日のことで因縁をつけようとしているのだろうか。
「あ、あの、この前はすみませんでした。」
「ああ、気にしてないよ。僕もよそ見してたしね。」
「そ、そうですか……」
では、なぜ私に声をかけてきたのだろう。思い返してみるとその理由は明白だ。彼は、亜久津君と面識があるのだ。
「あっ、あの……」
「あのさ、ちょっといいかな?」
「えっ?あ、私、ここで待ち合わせして……んぅっ…………」
突然口元にハンカチのようなものを当てられて、ぐにゃりと視界が歪んだ。よく刑事物のドラマなんかで見る、薬品を嗅がされて、ってヤツだろうか。
「こ、ここは……?」
目が覚めたら、私は両手両足を縛られていた。柔らかいゴムバンドのような素材だから幸いどこも痛くはない。キョロキョロと辺りを見回してみるとここが廃ビルのよう場所であることがわかった。座ったまま膝を曲げ伸ばししてずりずりと移動して窓の側まで移動して、膝立ちになってギリギリ窓の外を見ることができた。高さで言えば2階だろうか。他にわかる情報はない。出口はしっかりドアが閉まっている、かと思いきや、がちゃりと音を立ててドアが開いた。
「あっ、目が覚めたかい?」
「あ……あなた、さっきの……」
「悪いね、キミに恨みはないんだけど……あの男に用があってね。」
あの男、それはもちろん亜久津君のことだろう。見たところ、大学生……20歳前後くらいの年齢だろうか。胸のところに『白玉』と書かれたくたくたによれたジャージ、無精髭、整えられていない髪、少し痩けた頬……お世辞にも清潔とは言えないこの男性は亜久津君とどういった関係なのだろう。
「あ、あの、彼に用、って……」
「ん?それは彼が来てからのお楽しみだよ……この5年、アイツを忘れた日は1日もなかった……よ!」
「ひぃっ!」
パリン!!パリィン!!
男性は持ってきた鞄からテニスラケットを出して、辺りに落ちていた瓦礫の破片を窓に向かって打ち込んだ。ぱりんぱりんと音を立ててガラスが割れ、思わずぎゅっと目を瞑って顔を背けてしまった。一体、彼とこの男性の間には何があったのだろう。
「アイツのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ……絶対に復讐してやる……」
「ふ、復讐……?」
「そうさ……アイツにコケにされて……俺はもう二度とテニスが……」
彼がキッと私を睨みつけた時だった。背後の窓の外からとても大きな声が聞こえた。
「文武!おい!返事しろ!文武爛!!」
亜久津君の声だ。
「あ、亜久津君!!亜久津君!!助け……きゃあ!!」
2階にもかかわらず、突然窓から亜久津君が飛び込んで来た。汗だくで髪もぐちゃぐちゃ、着ている服には土埃や葉っぱがついている。お世辞にも綺麗とは言えないはずなのに、どうしてだろう、亜久津君が輝いて見えてしまう。
「テメェ……俺の女に何しやがる!!」
「わ、忘れたとは言わさない!俺はこの時をずっと待っていたんだ!この野郎!」
「あっ!!危ない!!」
件の男性が亜久津君に向かって走って来て勢いよくテニスラケットを振り下ろした。けれど亜久津君はいとも簡単にラケットを掴んでその勢いを殺してしまった。
「ケッ!止まって見えるぜ!」
「ぐっ!がはっ……!」
亜久津君の長い脚が相手のお腹に減り込んだ。思わず私も鳩尾がずきんと痛くなったような気がする。男性はお腹を抑えて蹲ってしまい、亜久津君は鬼の様な形相で彼を見下ろし足蹴にしている。
「チッ……誰だテメーは……あぁ!?」
ドカッ!!
「ぐっ!ぐがぁっ!!」
亜久津君が男性を蹴り付けた。苦痛に歪んだ表情だ。もう、ただ見てるだけなんてできない。
「亜久津君!!もうやめて!!暴力はダメだよ……!!」
言っても無駄だろうが、私は力一杯叫んでみた。すると驚く事に、振り上げた亜久津君の脚がピタッと止まったのだ。私も蹴られていた男性も目を見開いて驚いている。
「……逃げて!!早く!!」
「ひっ、ひいぃぃぃ!!」
「そのツラ二度と見せんな!!次は……ぶっ殺す!!」
男性は腰を抜かしたのか、壁まで床を這って行って、壁伝いによろよろと歩いてこの部屋を出て行ってしまった。亜久津君は恐ろしい形相でドアの方を睨みつけていて、足音が完全に消え去った頃にじろりと私の方を見て、のしのしとこちらに歩いてきた。
「あ、あの……」
「チッ……おい、手を地面につけろ。」
「えっ?あ、う、うん……」
言われた通りにすると、亜久津君がその辺にあった尖った瓦礫の破片で私の手首を結ぶバンドを削り切ってくれた。自分の手で足首のバンドも外し、自由を取り戻したところで彼はくるりと背を向けた。
「……さっさとしろ。」
「あっ、う、うん……あの、助けてくれて、ありがとう……」
「……暇潰しだ。」
「そ、そう……」
時計を見ると時刻は12時前で。先日、私が奢ると約束したのもあって、今日は私がランチをご馳走するよと申し出たけれど、例の如く女に金を出させるのはダサいという理由で結局彼に美味しいパスタランチを奢ってもらってしまった。
「ご馳走様でした!すごく美味しかったね!」
「ふん……まァ、悪くねーな。」
「えっと、今からどこか行くところはあるの?」
「あと2時間……来い。」
「えっ?わっ!」
亜久津君は私の腕を引っ張るとずんずん歩き出してしまった。これから何をするのだろう、そして2時間後には何が待っているのだろうか……
約束の日
「あっ、と、ところでさっきの、白玉?って人かな、あの人はお知り合い?」
「知らねーよ。」
「そ、そう?テニスでボコボコに負かした相手とかじゃないの?」
「……素質ねー奴のことなんざいちいち覚えてねーよ。」