亜久津君と私


亜久津君から今日もマロングラッセをいただいてしまった。毎朝引き出しを開けると必ずつやつやのマロングラッセが入っている。日によっては苦かったり甘すぎたりする日もあるけれど、大抵はとても美味しくてほっぺが落ちそうになってしまう。授業の合間にマロングラッセを食べていると、たまに健太郎君が摘み食いしてくることがある。亜久津君の手作りだよ、というと咽せて咳が止まらなくなってたっけ。


亜久津君とお付き合いすることになった日、そのことをメールで健太郎君に報告したら、5秒もしないうちに電話がかかってきた。脅されているのではないかと本気で心配されたのだけれど、私はちゃんと自分の意思でそう決めたのだとはっきり告げた。健太郎君はとても驚いていたけれど、困ったことがあったらすぐに言えよといつものように優しい言葉をかけてくれた。全く素敵な幼馴染を持っている私はなんて幸せな人間なんだろう。


さて、今日も学校に行っていつも通り1日を過ごした。実はお付き合いを始めたというのに彼とは放課後以外ではほとんど会っていなかったりする。というのも彼が学校を休みがちなせいなのだけれど。毎朝マロングラッセは運んでくるくせに授業には全然出席していないようで。


しかし、放課後になると彼は必ず私の前に現れる。整美委員会の仕事が終わるまで悪態を吐きながらも待ってくれ、時には手伝ってくれたりもする。それを見かけた生徒から文武爛は亜久津とタイマンで勝ったのではないか、なんて噂を流されそうになってヒヤヒヤしたけれども。


さて、今日も無事に放課後を迎えた。整美委員の仕事の時間だ。教室の机の配置を整えたりゴミの確認をしたり、花瓶の水替え、そして、今日は6組が当番だから花壇の整備をしなければならない。肥料と水やりの道具を持って花壇へと足を運んだ。ホースを蛇口に繋いでせっせと水やりの準備を整えていると、ホースの先をひょいっと誰かに奪われた。顔を上げるとぶすっとした表情の亜久津君がホースを持って立っていた。


「あ、亜久津君。」

「あ、じゃねーよ。テメー、この俺を待たせるとはいい度胸だな。」

「えっ?今日は約束してないよ?」

「あぁ!?いちいちうぜェんだよ!俺は俺のやりたいようにやる!」

「ひぃっ!わ、わかりました!」


こんな会話、お付き合いをしているとは到底思えないだろうけど、今の私にとって彼のこの口調は全く恐怖に感じない。むしろいつも通りだと安心感さえ覚えてしまう。彼がこうして手伝ってくれる時は決まって何かおやつを食べに行く時だ。ただ、前もって約束することもなく本当に突然なのは少しだけ困ったりもするけれど。


「今日は何のおやつ食べに行くの?」

「……テメーの食いてーモンでいい。」

「うーん……あ、じゃあモンブランがいいな。あのミルクレープのお店の。あのお店のモンブラン、本当に絶品だよ。」

「……悪くねェ。」


彼の悪くないは、良い、ということ。一緒におやつを食べに行くうちに学んだことだ。今日のホースの傾き具合はとてもバランスがいい。機嫌の悪い時は一箇所にとても強く水をあげるもんだからハラハラしてしまう。こうして花壇の水やりを手伝ってくれ、その後は周りのゴミ拾いや雑草抜きを手伝ってくれた。途中で声をかけに来た整美委員会の先生は亜久津君が校内美化に努めているのを見て言葉を失っていた。見せもんじゃねーぞ!なんて怒鳴っていたけれど、まあ誰もが驚くに違いないだろう。


活動を終えて彼の隣を歩きながら例のお店へ向かった。中に入ると、ドカッと腰掛けて店員さんを呼びつけて、ニヤリと笑いながらモンブラン2つ、と注文していた。少し嬉しそうに見えることから、よほどモンブランが好きなのが窺える。


この店のモンブランの特徴は、大きなモンブランの上につやっつやのマロングラッセが乗っていることだ。運ばれてきた瞬間、亜久津君は目をくわっと開けていて、少し肩が動いたように見えた。


「どうしたの?」

「……なかなか悪くねェ。」

「なるほど……うん、モンブラン好きの亜久津君なら喜んでくれると思ったよ。」

「フン……今日のところは一応、褒めてやる……よくやった。」

「ふふ、どういたしまして。」


亜久津君はむしゃむしゃとモンブランを食べ始めた。またしても目を見開いている。しかも肩が少しだけぷるぷると震えている。どうやらお気に召したようだ。私もフォークをさして口元へ、ぱくり。うん、美味しい。ここのミルクレープも大好きだけど、やっぱり一番美味しいのはこの大粒のマロングラッセを添えたモンブランだ。


おやつタイムを終えて、さぁ帰ろうという時、またしてもお会計を彼が一人で済ませてしまった。いつも悪いよ、と言っているけれど、女に出させるなんてダサイ真似できるか!と怒鳴られるだけなのはわかっているからご馳走様でしたとだけ告げるようにしている。そうすれば彼は、わかってきたじゃねーかと言いながら満足気に口角を上げるのだ。なんだかんだで彼のことについて詳しくなってきたような気がする。そのまま顎をくいっと動かした彼に黙ってついていくのもおなじみとなっている。けれど歩くのは後ろではなく、彼の隣。


こうして今日も明日も明後日も、ずっとずっと、私は亜久津君の隣を歩いていくのだろう。なんとなくそんな気がする。お母さんやお父さんから娘が不良の仲間入りしてしまったとか思われてしまうのかな、なんて思っていると、何平和ボケした顔してんだ、と頭をぐしゃぐしゃと触られてしまったのだった。


そりゃ平和ボケもするさ。まさか亜久津君と私がこんな関係になるだなんて、誰も想像だにしなかっただろう。現に私も全く想像していなかった。





ある日のお昼休みのこと、千石君からこんな話を聞いた。なんと亜久津君は初めて言葉を交わしたあの日、亜久津君を恐れず強引に手を引いて勝手に応急手当を施した私のことを『度胸のある女』だと気に入ったらしい。とどのつまり、一目惚れ、というやつだ。放課後に本人にその事を確認したら、血相を変えて、千石ぶっ殺す!!と言いながら走って行ってしまった。後を追うと胸ぐらを掴まれてヘラヘラ笑ってる千石君と、真っ赤になって怒り散らかしている亜久津君がいて。私は彼の隣に立って、手を離しなさい!と叱りつけた。


「もう!暴力はダメっていつも言ってるでしょ!?」

「あぁ!?うるせェ!!俺は俺のやりたいようにやる!!」

「……そんなキムチみたいな顔色して……」

「あぁ!?爛、テメー、今なんつった!?」

「ひいぃっ!何も言ってないです!」

「ケッ……興醒めだ。おい、行くぞ。」


亜久津君は自分の隣を歩かせるよう私の手をぐいっと引いた。そしていつもの様に、こう言うのだ。


「で……今日は何食うんだよ。」





亜久津君と私




「うーん……たまにはスイーツ以外がいいな。」

「……寿司でも食うか。」

「お、お寿司!?そ、そんなお金……」

「安心しろ、奢りだ。」

「わ、悪いよ!いつもいつも亜久津君ばかり……」

「俺じゃねェ。河村だ。」

「かわむら……?」

「フン……今日もくっだらねー花の世話するんだろ?さっさと終わらせるぞ、俺は暇じゃねーんだ。」










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