「おいテメー!!」
「ひぃっ!は、はい!」
「何チンタラしてんだ!」
「えっ!?だ、だって私、整美委員だし……」
「あぁ!?くっだらねェ!ンなもんサボれや!」
「えぇ!?し、しかしですね……」
「ケッ!言い訳抜かす暇があったら早くしろ!この鈍間が!」
ひどい。相変わらずなんて口の悪さだ。亜久津君は長い脚で6組の入り口のドアを塞いでいる。あわあわと慌てていたら私に地理のノートを貸してくれた健太郎君がささっと前に出てきて。
「おい亜久津!爛が怖がってるだろ!」
「あぁ!?誰だテメー!!関係ねェだろうが!!すっこんでろや!!」
「だ、誰……!?テニス部の南だよ!!部長の!!」
「ケッ、くっだらねェ……おい、文武爛!!さっさとしろ!!」
健太郎君が勇ましく間に入ってくれたというのに亜久津君は完全無視で。チーズケーキを食べに行くって昨日約束しちゃったし、反故にするわけにもいかない、だけど委員会の仕事があるし……もし、もしも、待っててください、なんてお願いをしたらどうなるのだろうか。テニスラケットで毬栗でも打ち込んで来るんじゃなかろうか。怖くてガタガタと震え出したら、亜久津君の背後に鮮やかなオレンジ色が見えた。ああ、天の助け……
「ラッキー!亜久津、伴爺が探してたんだよ!俺と一緒に来て!ほら、早く早く〜!」
「おい!!離せ!!」
「あっ……い、行っちゃった……」
「ラッキーなのは俺達だったな……おい爛、亜久津には近寄るなってあれほど言っただろ……」
「あっ、あのね、それが…………」
私は昨日のあらましを包み隠さず健太郎君にお話した。健太郎君は話の途中で何度も何度も、大丈夫だったのか!?何もされてないか!?と驚いていて。しかし恐怖のティータイムは今日この後も訪れるわけで。健太郎君は、整美委員の仕事が終わったら急いで帰るかテニスコートのベンチで部活が終わるまで待ってるかしなさいって言ってくれたけれど、流石に約束を破るのは申し訳ない様な気がする。どうしよう、と思いながらぼんやりしながら机の整列と花瓶の水換え、黒板の手入れ……と、黙々と仕事をこなした。
30分ほどで仕事を全て片付けた。亜久津君は千石君に連れて行かれてたし、今日の約束はきっと中止になったであろうと勝手に解釈して、鞄を肩にかけて昇降口へ向かい、靴を履き替えて、さぁ帰ろうと振り向いた。すると目の前は真っ白な制服でいっぱいで、ぐっと上を見上げたらカッと目を見開いた亜久津君が。
「おいテメー!!遅いだろうが!!」
「……あ、亜久津君!?」
「チッ!早くしろ!!」
「は、は、はい!」
千石君に連れて行かれたはずでは、と思ったけれどどうやら用事はすぐ済んでしまった様で。私は昨日と同様ビクビクしながら亜久津君の少し後ろを歩いてついて行く。
「……おい。」
「は、はい!」
「テメー、アイツの女か。」
「アイツ……?」
「チッ!南だ……」
「……えっ!?け、健太郎君!?そんな、まさか!私達はただの幼馴染だよ!」
「フン……まぁどうでもいい……」
自分から質問したくせに!と思ったけれどそんなことを言う勇気はこれっぽっちも持ち合わせていない。亜久津君は少しだけニヤリと笑っていて、なんだか気味が悪い、なんて思ってしまったけれど、そんなこと言ったら絶対怒鳴られてしまうに違いない。しかし、なぜこんなことを聞いてくるのだろうか……千石君にお願いされたとか?いや、彼なら直接私か健太郎君に尋ねるはずだ、なんて考え込んでいると、どうやら目的地に到着したようで。亜久津君にぶつかる寸前でぴたっと足を止めたらチッと舌打ちをされてしまった。
ぐいっと腕を引っ張られて昨日とは違うけれどこれまたケーキ屋さんに入店した、いや、させられた。ドカッと座って長い脚を組んだ亜久津君。ギロッと睨んできてとても怖くて思わずひっ!と声を上げてしまったのだが。
「チーズケーキ。」
「……えっ?」
「あ?テメーが言ったんだろうが。」
「あ、た、食べたい、です。」
「フン……おい!チーズケーキだ。俺は要らねェ。」
亜久津君は店員さんを乱暴に呼びつけてさっさと注文を終わらせた。流石に今日は自分で払おうと思って、値段を確認するために慌ててメニュー表を開こうとしたのだけれど、手首をがしっと掴まれた。ちょっとだけ、痛い。
「おい、何してやがる。」
「えっ、あ、メニューの確認を……」
「あ?チーズケーキっつったろーが。」
「あ、は、はい、そ、そうなんですけど……」
「チッ……話が違う。そっちはテメーが払えや。」
「そ、そっち?」
「俺はチーズケーキしか奢らねェっつってんだよ。」
お、奢り?また?なんで?どうして?昨日は女の子にお金を出させるのがダサい、なんて言っていたけれど、そもそも亜久津君がわざわざ私にケーキを奢る理由がわからない。思わず彼の顔をじーっと見つめてしまい、言いてぇことがあんならはっきり言えや!と怒鳴られてしまった。言う前からこんなに怒るのに言えるわけがないだろう。
そしてやってきたチーズケーキ。表面はツヤッツヤに輝いていて、フォークをさすとしっとりふんわり、断面もとても綺麗で。本当にこんなものを奢ってもらっていいのだろうか、私だけが食べてしまっていいのかとチラチラ亜久津君の顔を見た。すると、さっさと食えや!とまた怒鳴られてしまった。
美味しい。本当に美味しい。思わず頬が緩むほど。亜久津君はじーっと私の顔を見ている。仮に前回のモンブランが傷の手当てのお礼だったとして、このチーズケーキは何なのだろうか。言いたいことははっきり言えと言われたし、聞いてみたら案外素直に教えてくれるのかもしれない、なんて思ってしまって。
「あ、あの……」
「あ?」
「な、なんで、その、奢ってくれるんですか……?」
「……暇潰しだ。」
「そ、そうですか……」
ダメだ。昨日と全く同じ反応だ。もぐもぐとケーキを食べ進める。やはり美味しい。けれど、なんだか釈然としない。それを察したのか、彼はドカッと机に肘をついて、私の顔をじーっと見ながら不機嫌そうに口を開いた。
「嫌なのか。」
「えっ?」
「………」
「えっ、と、その、お、奢られてばっかり、なのは、申し訳、なくて、ですね……」
「……なら次はテメーが出せや。」
「……えっ?」
つ、次?また次があるの?えっ、どういうこと?理解が追いつかない。いや、まぁ、確かに奢られた分をちゃんと返したい気持ちはあるからそれはいいんだけど、またこうして亜久津君と二人で出かけなきゃいけないってこと?
「つ、次、とは……」
「……都合がついたら声かけっから、待っとけ。いいな。」
「は、はい。ま、待ちます……」
「……さっさと食えや。」
「は、はい!」
彼の考えていることは全く読めないし理解が追いつかないけれど、ひとまずこのとても美味しいチーズケーキを最後まで食べることに専念した。次、かぁ……また健太郎君に怒られちゃうなぁ……
チーズケーキ
「あ、あの、次は何を食べるんでしょうか……」
「……テメーが食いたいモンでいい。」
「え?い、いや、でもですね……」
「あ?」
「ひぃっ!わ、わかりました!考えておきます!」