彼はどんな人?


「あ?今なんつった?」

「く、栗もなか!た、食べに、い、い、行こう、よ!」

「フン……栗か、まァいい……」

「じゃ、じゃあ放課後、えっと、30分くらい待ってもらうんだけど、い、いい、かな?」

「ケッ、くだらねェ掃除だろーが、さっさと済ませろや。」

「う、う、うん、じゃあ、ほ、放課後に!」


3組の教室にいた全員が私達の方を凝視していた。無理もない。整美委員であることと、テストの成績が少し良いくらいしか特徴のない至って平凡な中学生である私と、テニス部も黙るヤンキー中学生亜久津仁が対等に会話を、しかもスイーツを食べに行く約束をしていたのだから。


健太郎君からは亜久津君にはあまり関わるなと言われている。だけど、彼が私に手をあげたことは一度もない。毎回奢ってくれたり、敬語を使わなくていいと言ってくれたり、友達、と呼ぶのはおこがましいかもしれないが、せいぜい知人くらいには思ってくれているのだろう。昨日は私が重いホースを運んでいたら、何チンタラしてやがる!と怒鳴り散らして私からホースを奪い取って花壇まで運んでくれたし、根は良い人なのかもしれない……なんて思ったのも束の間。放課後の委員会活動で必要なゴミ袋を取りに倉庫へ行った時のこと。倉庫の裏からドカッと大きな音が聞こえた。


「さっさとしろや!!」

「う、うぅ……」

「……!あ、亜久津君!?何してるの!?……た、大変!血が出てる!」


衝撃の場面だった。亜久津君が男の子を殴り付けていたのだ。男の子の口端からはつーっと血が垂れていた。私は慌ててハンカチを当てて、キッと亜久津君を睨みつけた。


「……何か文句あんのか?」

「うっ……あ、ある!!」

「何だと……?言ってみろや!!あぁ!?」

「ひぃっ!!ひ、人を殴るなんて、さ、さ、最低だよ!!」

「……うるせェ!!俺は俺のやりたいようにやる!!退けや!!」

「あうっ!!」


亜久津君は私の制服の首根っこを掴んで私の身体を持ち上げた。そして少し横へ移動させられパッと手を離された。尻餅をついてしまい、少しお尻が痛む。


「う、うう、うわあああ!!」

「テメェ!!逃げてんじゃねェぞ!!」


男の子が手足をバタつかせながら逃げて行くと、亜久津君はそれを追いかけて行ってしまった。根は良い人かも、なんて思った私がバカだった。そんなわけないのに。心にポッカリと穴が開いたような気がして、私はぎゅっと胸のあたりを抑えながら、震える脚でふらふらと教室に戻った。ゴミ袋を取りに行ったはずなのに目的の物を持っていなかった私に、何かあったのか?と水槽の手入れをしていた健太郎君が優しく尋ねてくれて、私は先程の亜久津君の様子を彼に話した。


「はぁ!?おい!怪我は!?」

「私はないよ……ちょっとお尻が痛いけど……それより、殴られてた男の子が可哀想だったよ……抵抗もせず一方的に……」

「……なぁ、爛。」

「何?」

「もう、亜久津とは会うな。」

「えっ?な、なんで?」

「なんでじゃねぇだろ!!」

「きゃっ!!」


健太郎君はバンッと棚を強く叩いた。わ、悪い!と慌てて謝ってくれたけれど、彼の強い怒りというか哀しみというか、そういう気持ちを感じ取ったわけで。


「……うん、わ、わかった。」

「あぁ……毎日放課後待ち伏せされんのも困るだろ。女子の友達じゃ心配だ、これからしばらく俺と帰るぞ。」

「でも、健太郎君、テニス部……」

「……亜久津は練習に来ない。ある意味、テニス部の輪の中にいるのが一番安心だ。」

「みんなの迷惑にならない……?」

「まさか。千石なんか喜ぶだろ。女子がこんな近くにいるなんてラッキ〜、なんてな。」


健太郎君は仙石君のように上がり調子でラッキ〜と声高に言った。でも、非常に申し上げにくいのだけれど全然似ていなくて。


「……ぷっ、全然似てないよ。」

「……爛は笑ってる方が可愛いよ。」


……!?か、可愛い!?


「……え、えぇ!?ど、どうしたの急に!!」

「別に。思ったこと言っただけだよ。ほら、水槽の手入れ終わったぞ。荷物まとめろって。」


健太郎君は何一つ恥ずかしくないといった堂々とした態度でテキパキと部活へ向かう準備を進めている。私は慌てて荷物を整理して、健太郎君と一緒にテニスコートへと向かった。先程の健太郎君のように、本当に千石くんは、女子がこんな近くにいるなんてラッキ〜、とハイテンションで眼鏡の男の子と楽しそうにラリーをしていた。


私は伴田先生の二つ隣のベンチに腰掛けて整美活動の記録を書いていた。丁度書き終えたとき、足元にコロコロとテニスボールが転がってきたことに気がついた。ひょいっと手を伸ばすと、小さくて白い手と私の手がちょんと触れ合った。


「あっ、ごめんなさいです!」

「あっ、私の方こそごめんね。」


緑色のヘアバンドをした、とても可愛い……男子マネージャー君、だろうか。私よりも身長の低いとても可愛らしい男の子が、私の顔をじいっと覗き込んできた。


「……お姉さん、テニス部の人です?」

「えっ?違うよ。」

「あれれ?でも、ここにいるということは……誰かを待ってるんです?」

「うん、私、部長の南健太郎君の幼馴染で、家がすぐ目の前だから一緒に帰る約束をしてるの。」

「ダダダダァーン!み、南先輩にはこんな美人の彼女がいたんですか!僕、知らなかったです!」


なんて独特な言い回し……と呆気にとられていたら、健太郎君が走ってきた。彼が大きな声を出したから何かあったのかと思ったみたいで。


可愛い彼は壇太一君というらしい。よく健太郎君から太一は気が利くとか勉強熱心なヤツだ、なんて聞いていたけれど、彼が噂の太一君だったとは。ちょうど部活も休憩時間になったみたいで、太一君は部室を掃除しに行くみたいで。ただ待っているのも手持ち無沙汰なもので、手伝ってもいいかと健太郎君に聞いたら、ぜひ手伝ってやってくれと逆に頼まれてしまった。そして、広い部室を太一君と二人で掃除している時のこと。太一君は再び私の顔をじいっと覗き込んできた。


「ん?どうかした?」

「文武先輩……本当に南先輩とお付き合いしていないんですか?」

「うん、してないよ。それに、健太郎君、好きな女の子いるって言ってたよ……あ、これは秘密だよ。」

「ハイです!そうなんですねー……文武先輩は美人だから、強くてかっこいい男の人がお似合いです!」

「そ、そんなことないよ……」


強い


その言葉を耳にした時、何故か私の脳裏を過ぎったのは亜久津君だった。あんな、人に暴力を振るう人が強いだなんて……私は左右に頭を振って彼の幻影を振り払った。


「……あ、強いといえば!あのですね、テニス部にはとっても強くてかっこいい人がいるです!僕の憧れの人なんです!」


どう考えても千石君のことだろう。いつも元気で明るくてニコニコしててとても優しい、おまけにテニスも上手でジュニア選抜にも選ばれたことがあるって聞いたことがある。いろんな意味で、彼はこの山吹中の誰からも憧れられる存在だろう。


「そうなんだ……」


千石君のことならよく知っている。先のことに加えて、気が利いて、顔もハンサムで……なんて思っていたけれど、太一君の口から飛び出したのは思いもよらない人物の名だったのだ。


「亜久津先輩っていって、とっても強くてかっこいいテニスをする先輩です!10年に一人の逸材、なんて言われてるです!憧れるです!」

「……えっ?あ、亜久津君……?」

「あれっ?知ってるです?」


太一君は目を輝かせながら亜久津君について語り始めようとしたけれど、なんとなく聞く気になれなかったのと、早く掃除を終わらせたほうがいいと思ったために彼の話を静止して、それからお互い無言でせっせと掃除を続けたのだった。





彼はどんな人?




こんな可愛らしい良い子の憧れが亜久津君だなんて……彼の粗暴な態度を太一君は知らないのだろうか……そういえば、悪い噂を聞くのは同級生からばかりだけれど、年下から見る彼はどんな人なんだろうか……


あとでもう少し詳しく聞いてみよう……












もどる
lollipop