「東方君っ!あの、サッカー部のあの……」
「お、文武に南、例の花壇のだろ?ちょっと待っててくれ。」
「ありがとう!」
「悪いな。」
東方君はすぐに例のサッカー部の彼を呼んでくれて、彼は少し挙動不審になりながらこちらへやってきた。そして私の顔を見るなりビクッと身体を跳ねさせた。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「……お、俺じゃないぞ。」
「えっ?」
「か、花壇は亜久津が荒らしてた!お、俺は注意しただけだ……そしたら殴られて……!」
「本当に……?」
「文武も見ただろ!?俺が殴られてたの!」
確かに見た。彼が亜久津君に殴られて口端から血を流していたのを。だけど、何かがおかしい。本当に一方的な被害者なのだろうか、彼の言うことは事実なのだろうか、亜久津君は理由もなく人を殴ったりするだろうか……幾つもの小さな疑念が収まらない。でも、一つだけ言えることがある。
「……今までの亜久津君のことは全然知らないけど、少なくとも私は、私の知っている彼が理由もなく誰かに暴力を振るうのを想像できない。」
「なっ……!?ンだよそれ!!」
ガンッ!!
「きゃあ!!」
「爛!!」
サッカー部の彼は近くにあったゴミ箱をガツンと蹴り倒した。大きな音で教室中のみんなが振り返り、私は驚きの余り身体が跳ねてしまいドアにぶつかるところだった。ぶつかる前に健太郎君が私の身体を支えてくれて助かったけれども。
「俺は被害者なんだよ!!皆言ってるだろ!?亜久津がやったんだって!!」
「でもなんで……」
「じゃあなんでお前は殴られたんだ?」
健太郎君は私の前に出て、私と同じ疑問を彼にぶつけた。そう、殴られたなら何か理由があるはずだ。
「し、し、知らねぇよ!」
「そもそもお前は花壇に何の用事だったんだ?」
「お、俺はただ、ボールを取りに……」
「あっ、あの壁の丸い跡……そっか、あれはボールが当たった跡だったんだ……」
現場に残された三つの証拠のうちの一つが明らかになった。残りはあの特徴的な足跡と倒れた丸いレンガのこと……特に足跡の方は必ず二人のうちのどちらかのものだ。健太郎君はサッカーのスパイクかもって言ってたし、もしかしたら……
「あ、あの、スパイクを履いていたの……?」
「え?あ、あぁ、まぁサッカーしてたし……」
「スパイクって、今ここにある?ちょっと見せて欲しいんだけど……」
「ね、ねぇよ、部室にあんだよ、つーかそんなん関係ねーだろ!」
だめだ、とりつくしまもない。一応、最後の証拠のことも聞いておこうと思ったのだけれど。
「あ、あの倒れたレンガは……?」
「知らねぇよ、最初っから倒れてたよ!もういいだろ!?とにかく俺は被害者なんだ、責めるなら亜久津を責めろ!」
「あっ!!」
彼は健太郎君をドンっと押して教室の外に出し、ぴしゃりとドアを閉めてしまった。仕方ない、亜久津君にも話を聞きに行こう、と再び健太郎君の腕を引っ張って早足で3組へ向かったのだけれど。
「千石君!あの、あ、あ、亜久津君は……」
「おぉ!爛ちゃん!残念だけど、亜久津は今日は来てないんだよねー……なんかあるなら俺から伝言しとくよ?」
「あっ、えっと、あの、今噂になってる花壇の件で話を聞きに来たの……」
「千石、何か知らねーか?」
「んー?いや、俺は何も……」
「あ、あの……!」
健太郎君と千石君と三人で話し合っていると、突然女の子に話しかけられた。こころなしか、彼女は少し怯えているように見える。そして、ちょっといいですか、と私の目を見て呟いた。いいよ、と返事をして私だけで彼女について行き、たどり着いた先は例の花壇で。
「あ、あの、私が言ったの、秘密にしてもらえますか……?」
「えっ……?あ、あなた、何か知ってるの!?」
「こ、声が大きい!しーっ!」
「ご、ごめんなさい!うん、絶対秘密にするよ……」
「じゃ、じゃあ、私が見たことを話します……」
***
昨日の放課後、彼女が忘れ物を取りに教室へ帰った時のこと。雑巾が干しっぱなしであることに気がついて、それを取りにベランダへ出ると、下の花壇から大きな音が聞こえたとか。少しだけ顔を出して下を覗くと、例のサッカー部の彼の蹴ったボールが花壇に入ってしまったとか。
「げっ!ボールが花壇に……花とかメンドクセーな……ま、踏んでもバレねーだろ……」
なんと彼はスパイクを履いたまま、6組の花壇をざかざかと踏み荒らしながらボールを回収しようとしたのだ。彼はそのまま立ち去ろうとしたのだけれど、突然背後から大きな声で呼び止められた。声の主は噂の主、亜久津仁君だ。
「テメー……何してやがる!」
「あ、亜久津!?えっ、この花壇3組……いや、6組か……ちょっとボールが入ったから取っただけだよ!」
「あぁ!?」
ドカッ
亜久津君は丸いレンガを蹴り倒して、次はテメーだ!と大声で怒鳴った。
「な、何だよ!お前に関係ねーだろ!意味わかん……」
「うるせェ!!気に入らねー……ブッ潰す!」
「う、うわあああああ!!」
***
あとは私も知っている。校舎裏でサッカー部の彼が殴られていたのだ。とどのつまり、彼は亜久津君から逃げたけれど校舎裏で捕まってしまったのだろう。あの特徴的な靴跡はやはりサッカー部の彼の物、丸いレンガは亜久津君が蹴って倒したということで。それはつまり、私の都合の良い解釈が正しいのならば……
「……6組の花壇が荒らされたことを、怒ってくれた、ってこと?」
「少なくとも、私にはそう見えました……あ、で、でも、皆の前で言えなくてごめんなさい、関わるのが怖くて、その……」
「ううん、勇気を出してくれてありがとう……私、何も知らずに亜久津君に失礼なこと言っちゃった……」
そう、私は昨日、サッカー部の彼が殴られている場面に遭遇して、こんなことを言ってしまったのだ。
『ひ、人を殴るなんて、さ、さ、最低だよ!!』
あの時、亜久津君は一瞬躊躇したように思えた。そりゃそうだ。6組の花壇のことで怒ってくれていたのに、当の6組の整美委員からは早とちりで最低だなんて罵倒されたのだから。
「謝らなきゃ……」
「えっ?」
「あ、ううん、何でもないの。教えてくれてありがとう、教室に戻ろっか。」
「あ、う、うん、えっと、ごめんね、ありがとう……」
「こちらこそ、ありがとう。」
二人で一緒に3組の教室へ戻ると、健太郎君と千石君がとても深刻な面持ちで待っていて、どうしたの?と声をかけるよりも先に、健太郎君が口を開いた。その言葉を聞いた私は返事もせずに一目散に職員室へと走ったのだった。
早とちり
「爛、さっき3組の先生が来てよ、亜久津が……って、待て!爛!話は最後まで……!」
亜久津君が先生に叱られちゃう。違う、違うの。亜久津君は私のクラスの花壇を守ろうとしてくれた、はずなの。多分、だけど……
廊下を走るなと注意されても、私はひたすら職員室を目指して廊下を駆け抜けたのだった。