幼稚舎から中等部までずっと遠久乃女学園で過ごしてきた私にとって共学は未知の世界に他ならない。つい先月までは毎日女の子に囲まれて過ごしていたからか、自分の近くに男性がいるというのはどうも落ち着かない。それもこれも私にとっては不運としか言いようのないこの個性のせいだ。当初はただただ運が悪いだけだと思っていたけれど、まさかこれが私の個性だったなんて。ラッキー、だなんてとんでもない、むしろアンラッキー以外の何者でもない。
遠久乃女学園……通称、
これが、満員電車……女性専用車両とは全ての電車に完備されていないのか。リサーチ不足だった。何を隠そう、私は生まれてこの方、電車というものに一人で乗ったことがないのだ。遠女から雄英に進学したのは私一人だから当然周りに知り合いなどいないわけで。一人寂しくスマホをいじっていると、ドアの開く音がして、満員の電車は更に圧迫され最早スマホをいじる余裕さえ無くなってしまった。
満員の電車に長らく揺られて再び電車のドアが開いた時、先程とは反対に人々が雪崩のように飛び出して行った。同じ制服を着た子が沢山降りて行くのが見えて、自分もこの駅で降りるのだと察して足早に電車を飛び出した。なんて人の多さだ。これからこれが毎日かと思うとゾッとする……と気を抜いてげんなりしていたところで旋毛のあたりを引っ張られるような感覚が走った、その瞬間。
「うわあああっ!!」
「きゃあああっ!!」
ビリィィッ!!
誰かが正面から私にぶつかってきたために二人で縺れるように転倒してしまった。幸い腰のリュックがクッションになってくれて身体を強打することは避けられた。ところで、何かが破れるような嫌な音がした気がする。
「痛って〜!!っと、ごめん!!大丈、ぶ…………」
「痛たた、え、ええ、だいじょ…………」
思考が、停止した。
私の黒いタイツは見事に裂けてしまっていた。脚は左右にパカッと開かれて下着が丸見えになっている。そして脚の間に、私と同じ制服を着た金髪の男の子の顔が埋まっていた。そして、あろうことか、この男は顔を上げて視線を上げ下げしながらこう呟いたのだ。
「……ラッキー……」
考えるより先に身体が動いていた。
「さっ、最低!!このスケベ!!」
バチィン!!
「ぎゃああああっ!!痛ででで!!」
私の見事な平手打ちが彼の左頬にクリーンヒットした。渇いた音がホームにド派手に響き渡ってしまった。お陰で私の掌はビリビリと痺れてしまっている。けれどこの喧騒だ、誰も目もくれないに決まっている。
「待っ、て…………」
彼は鼻血を出しながら私に手を伸ばしてきた。しかし再び旋毛の当たりが引っ張られるような感覚が走った。まずいと思った私は痺れる手を軽く振りながら一目散にお手洗いに駆け込んで、破れたタイツを脱ぎ捨てて久々に素足を晒して改めて歩き出した。
お分かりだろうか、私の個性は所謂ラッキースケベというやつだ。この奇妙な個性の発動条件は医者でも詳しくわからないらしい。現在わかっていることは、半径50センチ以内にいる男性で、かつ、相手が何かしらの条件を満たしている場合にのみ発動するらしいということ。全ての男性に対して発動するわけではないのは祖父と父、それから歳の離れた弟で実証済みだ。しかし、高校生活初日でこんな目にあうとは。これから先が思いやられる…………
近くに男性が並ぶ入学式はとても新鮮だった。旋毛のあたりから伸びるアンテナのような毛も大人しかったし、経営科1年J組は安心できる良いクラスだ。心なしか女の子の方が多い気がするのはとても心強い。さて、自己紹介の時間を終えて、ふと窓の外に目をやったその時だった。
「あ、あいつ……!!ヒ、ヒーロー科……!?」
今朝の、金髪のドスケベ男が外で遠投を行っているではないか。あんなヤツがヒーロー科だなんて……オールマイトをはじめとした様々なヒーローを輩出している雄英高校も地に落ちたものだ……なんであんなヤツが……一度逸らした視線をもう一度彼に向けると、なんともだらしない顔で近くにいる女の子に話しかけているのが視界に入った。
「……スケベな上にチャラいって……なんであんなのがヒーロー科に入れるのよ……」
スケベな上にチャラい、オマケにアホそうでどうしようもない、というのが彼の第一印象だった。できればもう二度と関わりたくはない。侮蔑を込めた視線を送るというのは私としても良い気分にはならないし。まぁ、科も違うし、朝行く時間をずらせば滅多にあうことはないだろう……
というのは甘い考えだった。行きが同じならもちろん帰りも同じわけで。放課後、靴を履き替えて校舎を出ようとしたら少し後ろの方から男の声がした。
「いや、マジだって!すっげえ痛くてさ、頬が痺れちゃってその後飲んだコーラが滲みて滲みて……!!」
「へー……ビンタってすげーのな……」
「朝っぱらからラッキースケベに遭遇できたのはマジでラッキーだったけど、代償が重すぎたっつーの!学校着くまで鼻血が止まんなくてさあ……」
「自業自得だろ!女子のパンツなんか見たお前が悪ィよ!でもいいなー、ラッキースケベ遭遇!羨ましいぜー!」
なんだこの下品な会話は……と思った矢先にラッキースケベという単語が聞こえては他人事には思えなくて。振り向いてみると、忘れもしないあの眩しい金髪が視界に入ってしまった。お互い目が合ってピタリと動きが止まってしまった。周りにいるのはその距離感からして彼の中学時代の友人だろうか……ってちょっと待て、まさか彼等が今話していたのは……
「ん?あの女の子……」
「……あーーーっ!!今朝の!!この子だよ!!タイツが破けて花柄のパンツが丸見えになってた子!!」
「……!?なっ、な、な……!?」
金髪のドスケベ男が私を指差して大声をあげた。なんだか目眩がしてきた。しかしそんなのお構いなしに彼はずんずんとこちらへ近づいて来る。
「なぁ!今朝はごめん!わざとじゃねーんだよ!」
「ち、近寄らないで!!」
「いや、本当悪かったって!なっ!この通り!あ、お詫びにマック奢るからさ、これから一緒に……」
「だ、だめっ!!あっ!!」
「えっ?おわっ!?だっ、大丈……夫……」
旋毛のあたりから伸びているアンテナような毛が彼の方へぐいぐいっと引っ張られたのだけれど、時既に遅しというやつで。彼から50センチ以上の距離を取ろうと一歩後ろに下がったら、何故か足元にビニール袋が落ちていて、踏んで滑って転んでしまったのだ。
「い、痛たた……」
「は、花柄……」
「…………!?さ、最低!!このドスケベ!!」
ドゴォッ!!
「ぎゃあああああ!!!」
「ホンット最悪!!二度と近寄らないで!!」
転倒してしまい、またしてもあの男に下着を見せつける羽目になってしまった。あまりの羞恥に耐えられず、起き上がった私はすぐ様彼の大腿部に見事な回し蹴りを決めて、少しだけ痺れる右足で強く地面を蹴りながら足早にこの場を後にした。彼は断末魔を上げながらその場に崩れ落ちてしまったけれど、周りにいた男友達が肩を貸してずるずると保健室の方向へ引きずっているのが見えた。きっとリカバリーガールとやらに治癒でも施してもらうのだろう。まぁいい。これだけ恐怖を植えつけてやれば二度と私に近づいてこないだろう。ああ、明日からの高校生活、どうか穏やかに過ごせますように…………
痺れる出会い
「ホンット最低、あのドスケベ男……あぁ、気持ち悪いったらありゃしないわ……」
***
「全く!朝っぱらから鼻血を垂らして来たと思ったら帰り際に打撲かい!今年の1年生はヤンチャ揃いだね!」
「い、いや、これは花柄パンツの女の子に……い、痛ってー!し、滲みる!まだ痺れてるから!優しくして!」
「出会いはビンタで別れは回し蹴りか……痺れたぜ……電気だけに……ぷっ。」
「わははははは!!ウケる!!」
「いや、ぜんっぜん笑えねーよ!!」
「……あ、思い出した。あの子、遠女の子だ。塾が一緒だったんだよ。確か名前は……姫尋!姫尋 幸!」