はじめての気持ち




あれから3ヶ月程経って、雄英高校では全寮制が始まっていた。中々慣れない生活環境ではあるけれど、女子棟と男子棟で別れてくれているのは非常に助かる。家族仲は良かった方だから滅多に帰れないのはしんどいと思うこともあるけれど、外出はきちんと申請すれば認められるし、まぁ許容範囲といったところか。


なぜ全寮制が始まったのか、というのも、春頃にA組がヴィランの襲撃にあっていたことに加えて、先日、合宿中のヒーロー科またしても襲撃にあったらしく、全課程の生徒の身の安全を確保する為だとか。中継されていたオールマイトとヴィランの戦いも見ていたけれど、その様子は本当に凄惨で。いずれ上鳴君もあんな戦いの渦中に身を投じるのだろうか……なんて考え込んでいたら、突然旋毛の辺りのアンテナのような髪の毛がくいくいっと後ろに引っ張られた。ヤバイと思って立ち上がったのが運の尽き。スカートの端が変な風に巻き込まれてしまってタイツを纏った下半身が丸出しになってしまった。


「きゃああああっ!!」

「うわわわっ!大丈夫か!?」

「ご、ごめんなさい……きゃあっ!?」


バキィッ!!


「うおっ!あ、相変わらずすっげー怪力……!」


なんてことだ。挟まったスカートを戻そうと椅子を引っ張っただけなのに、背もたれの部分が鋭い音をたてて破壊されてしまった。これも私の個性の影響だ。同じクラスの男子が目を丸くして驚いている。


「ご、ごめんなさい……」

「やー、姫尋の個性はちょっと災難だけど便利なとこもあるなー……」

「べ、便利なところなんてあるかしら……」

「うんうん、痴漢撃退とか?この前とかさ、幸ちゃんが一緒で本当助かったもん!」

「そ、そんな……でも、ありがとう……」

「……なんか姫尋、雰囲気変わったねぇ。個性の話、避けなくなったし。」


そう、彼の言う通り。自分でもだいぶ個性の話についての嫌悪感というか、あのむずむずした感じがなくなったような気がする。きっとそれはちょっとお調子者で底抜けに良い人のおかげ。ヒーロー科の、上鳴電気君の。


私は、不本意ながら彼のことが好きだったりする。それも恋愛対象という意味で。自分が異性を好きになる日がこんなに早く訪れるとは思わなかった。しかも、よりにもよって、あんな痺れる出会い方をした彼を好きになるなんて全くの予想外だった。私の、初めての恋。


この何ヶ月で何度か上鳴君やその友達と一緒に遊ぶ機会があった。瀬呂君の他にも、緑谷君や峰田君、芦戸さんや麗日さん等、様々な友達を紹介してもらった。もちろん私もJ組の友達を紹介したのだけれど、彼と仲良くならない人なんか一人もいなくて、彼は人と仲良くする術に長けすぎていることがよくわかった。これをはじめとした色々な、私にはない長所に惹かれてしまったのだ。しかし、彼のことをよく知ってしまったからか、最近一つだけ気になることがある。それは、彼と距離が近い女の子が私の他にもう一人いるということだ。





さて、今日から9月。気怠い始業式を終えて、あっという間にお昼休み。食堂は相変わらず大混雑。そんな人混みに足を踏み入れたならもちろん個性が発動してしまうわけで。


「きゃあっ!」

「うわっ!痛ェ!」

「あ、ご、ごめんなさいっ!」

「い、いや、大丈夫!」

「そ、それなら良か……ひぃっ!?」

「うおおっ!悪ィ!ぎゃっ!」


寮生活開始まではほぼ毎日教室で持参したお弁当や買ってきたものを食べていたから知らなかった。ランチラッシュのご飯が美味しいのは知っているけれどこんな戦争状態だとは……おかげでスカートは捲れるわ、滑った人に胸を掴まれるわ、反射的に手や足が出て相手に強烈な一撃を入れてしまうわでてんやわんや。女子校ではこんなことなかったから一挙手一投足にいちいち萎縮してしまう。


「うぅ……きゃあっ!」

「はいはい!みなさん、ちょっとごめんね〜!さっちゃん、こっちこっち!席取ってあるから!」

「か、上鳴君……」


人混みの中で急にグイッと手を引っ張られた。以前は我先にと私の個性を発動させていたくせに、今となっては1メートルどころか50センチすらも危うい距離感で近づいてくる。お構いなしに進んでいく上鳴君に案内された席には瀬呂君ともう一人。最近気になっているある女の子がいた。


「あ、姫尋さん、良かったらウチの隣座りなよ。」

「あ、ありがとう……」


耳郎響香さん、それが彼女の名前だ。サバサバしていてしっかり者の彼女は、上鳴君のツッコミ役といった感じで、この二人はよく一緒に行動しているのだということを最近知ってしまった私はほんの少し彼女に対して敵対心というか、苦手意識を持ってしまっている。彼女はとても良い人なのに。


人混みがはけた頃に昼食を取りに行って、席で四人で夏休みのことを話したり9月からの予定なんかの話をしていると、突然上鳴君が校外活動ヒーローインターンの話を振ってきた。


「……あぁ、校長先生が朝言ってたわね。」

「そ!仮免も取ったし、職場体験よりもーちょっと本格的にって感じの!」

「ウチとか指名なかったしなー……参加できるのかなあ。」

「まー詳しくは後日って担任の先生が言ってたからまだわかんねーけど……姫尋さんは?経営科はそういうのないの?」

「確か、企業見学のようなものはあるはず……美術部の先輩から聞いたことがあるわ。でも、具体的にどんな企業に行くかは全然考えてないわ。」

「さっちゃん、センスあるしさ、服飾関係とか向いてんじゃね?デザイナーとかさ!そーゆー会社は?」

「うーん……オシャレとかに興味はあるけど……まぁ、候補かしら?」


なんてことを話していたらあっという間に昼休みは終わってしまった。まだ具体的なビジョンが見えていないのは、将来のことを考えると、いつもいつもこの個性があるせいで男性のいる職場なんてもってのほかだと考えてきたからだ。けれど、上鳴君の例のように個性が中々発動しないパターンや、私がコントロールできるようになる可能性だってゼロではないのだ。もう少し、明るい方向に前向きに検討してみるべきなのかもしれない。





放課後、部室の掃除やスペースの整理を終わらせて寮に帰ろうとしていると校舎の外でヒーロー科が屯しているのが見えた。どうやら例のインターンの件で盛り上がっているようだ。目は自然と彼を探してしまう。


…………いた。耳郎さんの隣に。笑い合っている。また何か余計なことを言ったのだろう、耳郎さんが上鳴君に長い耳朶の先を刺して大きな音を流したようで、一緒にいる峰田君や瀬呂君が指を指してケタケタと笑っている。なんだか胸の真ん中にいくつも棘が刺さっているような痛みを感じる。呼吸が乱れそうだ。苦しい。


「…………!ねぇ、姫尋さん!大丈夫!?顔色が悪いよ!」

「……あ、だ、大丈夫、ありがとう……」


たまたま近くを通った同じクラスの女の子に声をかけられてハッとした。思い上がりも甚だしい。私は別に彼と男女交際をしているわけでもないのに、こんな嫉妬の気持ちを持ってしまうだなんて……これは私の一方的な想いなのだ。彼は交友関係がとても広いし、きっと女の子に対して特別な感情を持つことは稀有だろう。だから、耳郎さんも友達の一人のはずだ。私と、同じ。同じ…………


「ッ……!ご、ご、めんなさい、失礼、するわ。」

「えっ!?ちょっと、姫尋さん!?」


早足でこの場を後にした。最悪だ。情けない。泣いてしまった。屈辱だ。悔しい。ああ、こんな個性に生まれてこなければ良かった。私だって、爆発を起こせたり重力を操れたり肘からテープを出せたり出来ればヒーロー科に入れただろうに。いや、違う。わかってはいるのだ。全て個性のせいにしてるだけだということは。私自身の心構えの問題だということは。わかっては、いる。ただ、今までにこんな感情を持ったことがないのだ。誰かに負けたくないという、闘争心のようなものを。こんな気持ちは、初めてだ。


「……どうしたらいいんだろう……」


こんなことを相談できる相手、いるだろうか。林檎ちゃんの顔が一瞬頭を過ったけれどここは不適だろう。なんといっても彼氏の尾白君の方が彼女にくびったけといった感じだからだ。まぁ、彼女も負けないくらい彼にくびったけなのだけれど。どうしたもんかと呟いたところでなんの良い案もなく、ひとまず寮に帰ろうと顔を上げた途端、旋毛の辺りのアンテナのような髪の毛がぐいぐいっと後ろに引っ張られてしまった。


「きゃあっ!?」

「うおっ!悪ィ!大丈夫か!?」

「……な、何すんのよっ!?痛ァ!!な、何これ!?」

「だーっ!わ、悪ィ!悪気はねーんだ!」


後ろから走ってきた男子の靴が何故か引っこ抜けてしまったようで、滑って私に突撃してきて、なんと彼は私のスカートの中に頭を潜り込ませていた。いつもの癖でついすごい力で殴ってしまったのだけれど、痛がったのは彼ではなくなんと私の方だった。私の個性を諸共しない人は初めてだ。一体誰なんだとさっと立ち上がって後ろに引いたら、彼の親友とも呼べる切島鋭児郎君が髪の毛に負けない真っ赤な顔でアワアワと狼狽えていたのだった。





はじめての気持ち




「あ、あ、あ、あなた、きりっ、切島君!?」

「ん?あっ!あーっ!おめェアレか、上鳴の!」

「えっ?」

「ん?あーっ!あ、え、えーっと、上鳴の、そう!親友!マブダチ!」

「ま、まぶだち?」

「……!わ、悪ィ!怪我させちまった!ほ、保健室!」

「きゃあっ!ちょ、ちょっと!」








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