「いやいや!マジで悪ィ!ホンット申し訳ねェ!」
「い、いや、貴方のせいじゃないから!私が無闇に拳を振るったから……」
「い、いや、でもよー……その、さっちゃん?だっけ?さっちゃんに嫌な思いさせちまった上に痛い思いまでさせちまってよ……」
「いやいや……」
「いやいや……」
保健室についてから終始いやいやいやいやのやり取りが続いている。ちなみに個性のことは説明したため、パーテーションを挟んで完全に距離を置いてくれている。親切な人だ。切島君のような硬派な人が故意に女性を傷つけるような真似をするはずがないのは全校生徒に聞いても納得してくれるだろう。それに個性も硬化だし。なんちゃって。そんなバカなことを考えたら自分でもおかしいと感じてくすりと笑ってしまった。
「……おー、美人っつーのは聞いてたけどよ、笑顔美人だな!」
「……えっ、えぇ!?」
「ん?あ、いや、瀬呂とか峰田とかわかるか?A組の奴。そいつらがさっちゃんのこと、経営科で一番の美人だーって……」
気づけば切島君からもさっちゃんと呼ばれていた。まぁ、それは置いといて。気になるのは、彼と上鳴君の関係だ。親友というのはもちろん存じ上げているけれど、今の話によると彼からは何も私のことを聞いていないようだ。話の内容についてはお世辞も入っているだろうけれど、関係者については隠す必要はないはずだ。というかこのタイプの男、いや、漢くさい感じの人にまさか女の子の話なんかするはずもないだろう。これは、チャンスなのかもしれない。
「そんでさ……あっ、悪ィ!なんかずーっと喋っちまって……」
「気にしていないわ。ところで、先生、なかなか戻ってこないわね……」
「あー……確かに。痛む?切れてねーか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。ここにいても仕方ないし、帰る?」
「そーすっか……だぁーっ!!」
「ひゃあっ!な、何なのよ貴方!」
「わ、悪ィ!いや、あのよ……」
切島君と保健室を出ようとしたところで彼は突然大きな声を出した。理由を聞くと忘れ物をしたとのことで。どうやら今日の授業中に提出のはずだった課題を出し忘れている、しかもまだ終わっていないらしい。彼にとってはかなり難しい課題らしく、もしわかりそうだったら教えてほしいと頼まれたために私もA組の教室へ向かうことに。
「何これ、基本じゃない……」
「い、いや、ほら、俺あんま成績良くねーからさァ!」
「……ヒーロー科だから実技があるものね。フィジカル面に秀でていると解釈しましょう。」
「おっ、そうそう、そういう前向きな考えしてもらえっとありがてェな!」
「前向き……まぁ、そういうことで……きゃあっ!」
「うおおっ!?」
「えっ!?ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
「平気平気!俺の個性って防御にもなっからさ!」
切島君が少し前のめりになったもんだから私の個性が発動しかけたのだけれど、やはりフィジカル面に秀でてるだけのことはある。状況としては、彼が前のめりになってバランスを崩し、私の身体に向かって倒れてくるかと思いきや、彼は身体を捻りながら個性を発動させて地面に激突したというところ。すすすっと距離をとったら、それが安全だな!なんて、ギザギザの歯を見せながらにっこり笑っていた。
「ごめんなさい、こんなに露骨に距離を取られたら不快よね……」
「ん?いやいや、お互いのことを考えてだろ?俺ァ気にしねーよ!」
「あ、ありがとう……」
「おう!」
彼は椅子にかけるとプリントをじっくり眺めて内容を確認し始めた。どうしよう。彼に、相談してみようか。個性が硬化なら口も堅そうだし……というのは冗談で、彼のような人柄なら親身になって聞いてくれて、一緒に考えてくれそうだからだ。うん、相談、してみよう。
「あ、あの、切島君。」
「何だ?」
「……ちょっと、相談、してもいい?」
「ん?ああ、俺でいいなら。」
プリントから目を離してこちらに目をやってくれた切島君。うん、大丈夫。こういう真面目な人は性別に関係なく信用できる。言おう。勇気を出して。
「……私、好きな人がいるの。」
「…………はあああぁぁっ!?」
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない!!」
「わ、悪ィ!い、いや、普通に驚いた!な、なんで俺に!?」
「……貴方が、信用できる人だから。」
「な、何だそりゃ……ま、まァ、信用できるって思われてんならありがてェけど……」
ちょっとした沈黙。どうしよう。相手が上鳴電気君であることを言うべきか。それともそこは様子を見るか。どうしようか。悩ましい。悶々としていると、切島君の方から口を開いてくれた。
「あー、とりあえず何だ、こんなとこじゃ誰に聞かれるかわかんねェしよ、別の日に改めて話すっつーのはダメか?」
「……ありがたい提案だわ。」
「んじゃ、連絡先は交換しとこうぜ。」
「ありがとう。この御恩は必ず……」
「いいっていいって!もう友達じゃん!」
「……!あ、ありがとう!」
こんな良い人に友達と言ってもらえたことがとても嬉しかった私は、すぐにスマホを取り出して彼と連絡先を交換した。時間もだいぶ遅いし今日はこのプリントを提出して帰ろうということで、職員室にプリントを提出してから切島君と一緒に校舎を出た。
さて、あれから数日。なんと切島君は
「さっちゃん、ここも教えて!」
「……53ページの公式を見ながら頑張りなさい。」
「53ページね!あんがと!」
日曜日、何故か私はA組の寮にいる。先日、数学の小テストが行われてひどい点数をとったとのことでエクトプラズム先生からどっさり課題を渡されたのだとか。上鳴君はわざわざクラスも違う私に教えを請うてきたのだ。おそらく数学が得意だと知られているからだろう。
「……できた!はい!チェックして!」
「……惜しいわね。ここは二等辺三角形じゃなくて正三角形よ。」
「うわっ!マジか〜……」
「はい、もう一回。」
頭を抱える上鳴君に、頑張って、ともう一度課題ノートを返した時。とんとんっと誰かに肩を叩かれた。個性が発動しないということは女の子だろうか。
「姫尋さん、ウチにも教えてくれない……?」
「…………あ、え、ええ、私で良ければ。」
私の後ろにいたのは耳郎さんだった。一瞬私だけ時間が止まってしまったかのように感じた。今私に声をかけてきたのはどういうことなのか理解が追いつかない。だって、あちらでは彼女と仲が良いはずの八百万さんが教科を問わずみんなに勉強を教えているのだから。わざわざ数学のテキストを持って、上鳴君にマンツーマン指導をしている私に聞きに来るなんて……もしかして、私と彼の様子が気になった、とか?
「……姫尋さん、大丈夫?なんか心拍数ヤバいけど……」
「あ、えっ、だ、大丈夫!えっと、耳郎さんはどの問題を?」
「これなんだけど……」
「……こうね、51ページを参考にすればいいと思うわ。」
「ありがとう!助かったよ!」
耳郎さんは問題を解き終わるとそそくさと戻って行ってしまった。一体何だったんだろうか。いや、彼女に悪意なんて微塵もないことはわかっている。こんな風に考える私が一番タチ悪いといったところだ。なんだか楽しい気持ちが少しだけ沈んでしまった。彼女に対する罪悪感やトゲトゲした苛々のような気持ちが胸の中を渦巻いている。仮にこれが林檎ちゃんや芦戸さんなどであればこんな風にならないのだろう。耳郎さんは、ちょっと特別。
「さっちゃん、これ教えて!」
「はいはい、どれ?」
「これ!ここまでは自分でできたんだけどさー……」
「……うん、それはできてるわ。続きは……57ページの2番を参考にして。」
「あんがと!」
私って、単純な女なのかもしれない。上鳴君のあまりにも無邪気なへらっとした笑顔を見たら、さっきまでの悶々とした感情はどこかへ吹き飛んでいってしまった。これも含めて早く切島君に相談したい。彼の無事を片隅で祈りながら、私は意中の男の子との貴重な時間を過ごした。
数日後、ネットニュースで大きく取り上げられる
「さっちゃん?どしたん?」
「えっ!?あっ、あ、い、いや、何でもないのよ!あっ……!」
いつの間に戻って来たのか、突然背後から上鳴君の声がして、驚いた私はスマホを床に落としてしまった。彼相手だと稀に個性が発動してくれないために肝を冷やされることになる。しかしそれも束の間のこと。
「そう?ん?そのアイコン……って、うわぁ!?」
「きゃああああっ!!な、何してんのよ!!」
バチィン!!
「痛でーっ!!ご、ごめんって!!」
「ご、ごめんなさい!大丈夫!?」
彼が隣に座った途端に個性が発動してしまって、お尻に挟んだクッションで滑って上鳴君の右手が私の胸を鷲掴みに。思わず強烈なビンタをしてしまった。一瞬メッセージの相手を勘繰られそうになったけれど、これでなんとか誤魔化せていることを祈るのみだ……
気になる関係
久々に喰らったけどマジで痺れるビンタだなァ……切島なんかこんなもん全然余裕っつーだろうけど……あっ、そういえばさっきのアイコン、あれ切島じゃね?
…………えっ?切島?尾白ならさっちゃんの友達の彼氏だからまぁわかんなくもないし、瀬呂なら俺も一緒に遊んだこともあるからこっちもわかんなくないけど……切島?なんで切島?えっ、マジ?俺、切島と尾白と瀬呂と耳郎にゃ相談してっけど……あれ?さっちゃんと距離縮めてくれんのって耳郎の役だったはず……
あーっ!気になる!二人の関係って何!?