貸し一つ




「はー……つーこたァ、お前ら……なるほどなァ……」

「何?何か気になることがあるの?」

「い、いや!何でもねェ!」


切島君が校外活動から帰ってきた。今日は秋分の日だから授業はないはずだけれど、彼等インターン組に限っては補習授業があるのだとか。その補習を受けた後の課題の解き方を教えるという名目でJ組の寮まで来てもらった。二人で内緒話しているところを上鳴君に見られるわけにはいかないために、わざわざ切島君に足を運んでもらったのだ。そして私は初めて『上鳴電気への恋心』を他人に打ち明けたというわけである。切島君はとても難しそうな顔をしている。


「んー……そうかァ……さっちゃんも上鳴をなァ……」

「も?も、って何?」

「い、いや!コッチの話だ!」


なんとなくわかってしまった。きっと、耳郎さんだ。私だけじゃなくて、耳郎さんも上鳴君に恋心を持っているのだろう。やはりそうだったか。わかってはいたけれど、やはり胸にずんっとくるものがある。それに上鳴君は彼女とかなり親しげだし、同じクラスだし、私に付け入る隙なんてないのかもしれない。


「そ、そんな顔すんなって!大丈夫だからよ!」

「……強力なライバルがいるのに不安にならないわけがないわ。」

「ラッ、ライバル!?えっ!?マ、マジか!?」

「さっきの切島君の反応を見てればバレバレよ。耳郎さんでしょ?」

「は?じ、耳郎!?いや、確かに仲はいいけど……そりゃ最初の演習でペアになったのがきっかけで……つーかみんなそんな感じだぜ!?最初の演習をきっかけにして尾白だって葉隠と仲良いし、緑谷だって麗日と仲良いし……たまたまだろ!」


切島君が焦ったような感じで捲し立てるように喋るもんだから、尚更確信めいたものが自分の中で渦を巻き始めた。彼は優しいから私を安心させようとしてくれているのだろう。もう、玉砕覚悟で告白するしかないのだろうか。


「……告白、してみようかしら。」

「……いーや!ダメだ!」

「な、なんでよ!?」

「告白は漢らしく男からするもんだろ!」

「上鳴君が私に告白?全く想像できないわ……」


私がそう漏らした途端、切島君は急に立ち上がって、グッとガッツポーズを作った腕を硬化させた。


「だ、大丈夫だって!ほら、俺も協力すっからさ!味方ならたくさんいるって!瀬呂とか耳郎とかさ!俺からも頼むから!」

「い、嫌よ!瀬呂君はうっかり口を滑らせそうだし、耳郎さんだってライバルに協力なんて……」

「ライバルじゃねーんだけどなァ……あっ、じゃあ俺のダチ、紹介するわ!えーと、明日の夜とか時間あるか?」

「明日なら……20時頃はどう?」

「んじゃ、その時間に……あー……A組の寮の1階に来てくんね?そんで、芦戸ってヤツに声かけてくれ!芦戸には俺から頼んどくから!芦戸は……」

「芦戸さんならわかるわ。じゃあその時間に。」


こうして切島君は、また明日!、と私の部屋を飛び出して行った。彼の友達なら信用できるだろう。少しだけ安堵した私は寝る準備を済ませて速やかにベッドへ潜り込んだ。





「よっしゃ!んじゃ、作戦会議だな!」

「何が作戦会議だ!つーか誰だこの女ァ!」

「ひ、非常識男子……」

「それァ俺のことか!?てめェ……良い度胸だなァ!」

「ち、近寄らな……あ、あれ?ま、まただ……」

「あ?」


てっきり協力者は芦戸さんとばかり思っていたのに。何故か芦戸さんの部屋にいたのは切島君ともう一人、トゲトゲしたアイボリーカラーの髪型がハリネズミのように見える男子生徒……思い出した。体育祭優勝者のあの粗暴な感じの人だ。確か名前は爆豪勝己、だったか。そしてどういうことか、彼も私の個性を発動させずに私に接近することのできる者らしい。尾白君に続いて二人目の発見だ。とりあえず爆豪君も座り直したところで切島君から彼の名前と個性を紹介してもらって私も自己紹介をすることに。


「私は姫尋 幸といいます。個性は、ラッキースケベとかいう恥ずかしい名前なんだけど、かくかくしかじかで……」

「ンだそりゃ、面倒だわ。」

「でも、貴方には発動しないらしいわ。ラッキーなことに、ね。」

「興味ねェ。」

「んじゃ、自己紹介も終わったし本題に入ろうぜ!」


爆豪君はぶっきらぼうで無愛想だけど切島君が友達だと言っているなら信用しても大丈夫だろう。私は改めて事の内容を説明した。爆豪君からは詳らかにするよう要求されたけれど、それは叶わずでなんだかイライラさせてしまったようだ。貴重な時間を割いてくれているのに私の説明がふんわり、いや、もやもや?どちらでもいいか、とにかくそんな感じなもんだから不機嫌になっているのがよくわかる。だけど流石友達と言いきる切島君だ。上手いこと爆豪君をヨイショして一緒に考えてくれるように促してくれた。


「ダッセェな。」

「は?わ、私?」

「違ェわ。どー見てもアホ面の方が……むぐっ!!」

「ばっ、爆豪!待った!」

「ん゛ん゛ーっ!!……コラァ!!切島テメェ!!」

「ま、待った!そ、それはいいから、今の話の見解だけ!な!?頼むよ!」

「チッ……わーったよ。」


爆豪君の見解はこうだ。まず上鳴君はチャラチャラした態度で女子を遊びや食事に誘うことはあれど、大概フラれて笑って済ませているらしい。そして耳郎さんに対しては「じゃあ耳郎でいいか。」なんて失礼な言葉を投げかける始末。好きな女の子だから敢えてそんな態度をとっているのでは?と邪推したけれど、彼の見解ではそんなことはあり得ないのだとか。その理由は、訓練中でもない平常時の彼にそこまでの思考力・判断力が無いに決まっている、ときっぱり断言されてしまった。否定できないのがちょっと上鳴君に申し訳ない。


「おいスケベ女。」

「……その呼び方はやめてくれる?」

「あ?じゃあ何だ?ラッキー女か?」

「わ、私にとってはラッキーじゃないわよ……」

「チッ……幸薄!」

「し、失礼な……ま、まぁ、スケベ女よりはマシ……切島君、笑いたければ堂々と笑いなさい。」

「ぶっ!だははははは!わりーわりー!い、いや、爆豪のクチからスケベって……わはははは!」

「そのまま笑い死ねや!!」


硬化する切島君に関節技をキメながらキッと私を睨んだ爆豪君はそのまま言葉を続けた。


「俺ァ中途半端なのは死ぬほどキライなンだわ。」

「え、ええ、そんな感じがするわ。」

「フン……貸し一つだ。幸薄、テメェ、次の水曜の放課後空けろ。いいな。」

「は?と、突然何?」

「いいか、水曜だからな。忘れんなよ。忘れたらぶっ殺す。」

「ぶ、ぶ、ぶっころ……!?」

「水曜、放課後17時にテメェの教室にいろ。じゃあな。」


とてもヒーローを志す者の言葉遣いとは思えないけれど、彼が悪い人に思えるわけでもない。恐らく、本当にただただ言葉遣いが悪いだけで根は良い人……は言い過ぎか、悪くはない人、なのだろう。切島君はやっと笑いがおさまったようだ。涙目になりながら、とりあえず頑張ろうな!とガッツポーズを作ってくれた。やっぱりとても良い人だ。


「水曜かー……俺、その日いねェからな、爆豪のことは……とりあえず芦戸、尾白あたりに頼んどくか……」

「切島君、いないの?」

「ん?ああ、なんかまた校外活動の集合かかっててさ、つっても今回は関西じゃねェみてェだから何日も連絡つかねーってことはねェと思う!」

「お気遣いありがとうございます……」

「いやいや、ダチのためならこんくれェ当たり前だ!気にすんな!」


ギザギザの歯を見せてニッと笑う彼の姿に少しだけきゅんっとしてしまった。萌え、というやつだろうか。そんなことを考えていたけれど、コンコンと部屋をノックする音でハッとした。ここは芦戸さんの部屋だ。長居は無用、すぐに出なければ。ノックの主である彼女に長時間部屋を貸してくれたお礼を告げると、今度恋バナ聞かせてくれたら貸し借りナシってことで!とやけにニヤついた顔で交渉されてしまった。





さて、あっという間に水曜日を迎えた。爆豪君の言う通り、夕方17時前、私は自分のクラスであるJ組の教室に一人でぽつんと佇んでいた。昼休みに芦戸さんと尾白君と爆豪君が三人で話しているのを見かけたけれど、何の話をしているかまではわからなかった。


突如、チャイムが鳴った。夕方17時を知らせるものだ。チャイムが鳴り終わったと同時に今度はガラッと大きな音がした。教室の入り口を見ると、まるで切島君の髪の毛のような真っ赤な顔をした上鳴君がショート寸前といった様子で立っていたのだった。





貸し一つ




「ひゃー!上鳴もついに彼女持ちになるんだ!」

「あの個性……大丈夫かな……」

「フン、あのアホなら幸薄に丁度良いだろ。」

「あれ?爆豪どこ行くの?」

「結果がわかってンだ、興味ねェ。」

「「呼び出しといて無責任な……」」








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lollipop