あれから数日、ヒーロー科の人が怪我を負って入院したという話を聞いた。その中には切島君もいたらしく、私は心配で居ても立っても居られなかったけれど、命に関わる別条はなかった様子だった。そして切島君達、ヒーロー科の人達が全員通常出席できるようになった時には既に10月を迎えていた。今は切島君と電気君と三人でおやつを食べながら宿題をしている。
「いやー、見てて焦れったいって尾白とか瀬呂から聞いててさ、無事上手くいったみてェだし、やっぱ爆豪に相談して良かったな!」
「そ、そうね……」
「まー終わり良ければ全て良しっつーことで……てかもう具合は大丈夫なん?」
「おう!あ、さっちゃん、これ教えてくんねェか?」
切島君からラインで写真が送られてきて、英語のワークの画像が表示された。なぜこんなことをしているかというと、私の個性がいつ発動されてしまうかわからないから、と配慮してくれてのことだ。一応、か、か、か、彼氏の前で、他の男性と接触するのは避けたいと悩んでいた私に、笑顔も発想も柔らかな親友、林檎ちゃんがこの策を授けてくれたのだ。
「ん?これはなかなか……あ、多分これだわ。これが代名詞で……」
「お、なんかしっくりくるぜ!じゃ、これは?」
「こっちは……これは動詞じゃなくて助動詞ね。ヒーロー科は演習とかあるし授業が進むのが早くて大変そうね……」
「そうなんだよなー……俺、インターンの間の補講とかもあるしさァ……」
と、切島君と喋っていると、突然電気君が私の方に椅子と身体を寄せてきた。それと同時に旋毛から伸びたアンテナのような髪の毛がぐいっと彼の方に引っ張られた。
「……さっちゃん!俺もわかんない!教えて!」
「きゃあっ!」
「あ、危ねっ!」
ぎゅうっ
身体が大きく電気君の方へ引き寄せられてしまい、咄嗟に彼が手を伸ばしてくれたからすんでのところでぶつからずに済んだのだけれど……
「あ、ありが……どこ触ってんのよ!!」
バキィッ!!
あろうことか電気君の手が私の胸を鷲掴みにしていたのだ。瞬時にカッとなった私は逃げる彼の手に向かって拳を突き出したのだけれど、当たったのは机。机は鋭い音をたてて割れてしまった。
「つ、つ、机割れてる!?ちょ、これ俺に当たったら骨折……い、いや、手ェ木っ端微塵になってたんじゃね!?」
「そんな不埒な手、ない方がいいんじゃないかしら!」
「ひどすぎない!?」
「すげェ……俺の個性も破られっかも……」
電気君と付き合いだして変わったこと。それは私の個性について。これまで電気君に対して不完全な形で発動したり、爆豪君や尾白君には発動せず、切島君やクラスメイトなんかには発動してしまうなんてこともあって、発動条件が全くの不明だったけれど、最近漸く理解できたことがある。
それは一緒にいる時間、正確に言えば『視界に入っている時間がある程度継続していること』、もしくは『少なからず下心を持っていること』だと。例えば電気君や峰田君は言わずもがな。瀬呂君や切島君なんかは女の子に対して無関心というわけではないけれどおそらく前者が要因だろう。一方で、私の家族や特定の好きな女の子がいる尾白君、女の子に全く興味がなさそうな爆豪君なんかは全く個性の発動がみられないようだ。ただし半径50センチ以内に入られるとやはり危機感知のように旋毛から伸びた毛はくいくいっと引っ張られてしまうことがある。油断は禁物だ。
「……さっちゃん、夏もずーっと長袖にタイツだったけど暑くねーの?」
「電気君みたいなスケベな男から身を守るためだもの、このくらいへっちゃらよ。」
「えっ、そ、そんなァ!付き合ってんのに!?ちょっとくらいいいじゃん!」
「何考えてんのよこのスケベ!」
「じっ、辞書はダメ!それは死ぬって!」
「まーた痴話喧嘩してんの?あんたら本当仲良いねー……」
それは突然やってきた。私の身体はびくっと軽く跳ねてしまった。そう、今まさに油断をしていたからだ。
「あっ、耳郎じゃーん!あのさ、さっちゃんったらヒッデェの!見ろよこの机!叩き割ったんだぜ!?」
「へー、その拳があんたの頭に当たればちょっとは賢くなったんじゃない?」
「えーっ!?耳郎まで笑うなよ〜!」
耳郎さんは切島君と顔を見合わせて二人で笑っているけれどこっちはちっとも面白くない。折角電気君と付き合い始めても日々私の心の不安は大きくなるばかり。実はというと、電気君の口から「耳郎」という名前を聞かない日が無いのだ。彼女は決して悪い人ではない、むしろ親切で良い人だと思う。切島君にも何度か相談してみたけれど、私の考えすぎだと諭されるだけ。確かに電気君と耳郎さんの間に恋愛感情のソレはないだろうとは思うけれど……
「あっ、耳郎、今日も部屋行っていい?昨日借りた漫画もう読んじゃってさ、続き借りてーんだけど。」
「はぁ?……後でここに持って来なよ、ウチ、続き持ってくるから。」
「は?重いだろ、俺が行くからいーよ。」
「いいから。あ、姫尋さん、紅茶好き?今からヤオモモが……」
「私、用事を思い出したわ。ごめんなさい、すぐ戻らなきゃ。」
「えっ!?さっちゃん、ちょっ……」
「ごめんなさい!二人とも、宿題は耳郎さんと八百万さんに教わって!」
無理だ。耐えきれない。電気君が耳郎さんと仲良く話すのはもちろん、部屋に出入りしているなんて聞いてしまって平常心でいれるはずがない。私は逃げるようにその場を走り去ってしまった。
J組の寮に入ると、男子たちが共同スペースの物陰で何やらこそこそ話しているのが見えた。どうしたの、と声をかけようとしたけれど理由はすぐにわかった。
「あっ!さっちゃん!えへへ、おかえりなさい!」
「林檎ちゃん!えっ、どうしてここに?」
普通科だけでなく学年で噂になっている可愛い女の子、彼女のあだ名は林檎ちゃん。男子が集まっていたのは彼女がJ組の寮に来たからだ。目をやると誰もが可愛い可愛いと呟いているのがわかった。そんな可愛い彼女が私にとびきりの笑顔を向けてくれて、なんだかさっきまでのイライラがすっとなくなっていったような気がする。
「さっちゃんに用事があって来たの!今、お時間大丈夫?」
「うん、でも、ここじゃ落ち着かないでしょ?私の部屋に行きましょう。」
「いいの!?さっちゃんのお部屋!行きたい!」
林檎ちゃんは私の後ろをちょこちょことついて来た。同じ女の子の私でも彼女のあまりの可愛さにドキッとしてしまう……尾白君の心臓が心配だ。
「わあっ!すごい!綺麗なお部屋……!」
「そう?普通だと思うけど……」
「ううん!洋風なのも可愛いし、お姫様のお部屋みたい!いいなぁ……」
「林檎ちゃんの部屋はどんな感じなの?」
「わたし?普通のお部屋だよ。あっ、でも、いつでも遊びに来てね!」
「うん、是非行かせてもらうわね。」
さて、林檎ちゃんをミニソファにかけさせて、お茶をお出ししながら彼女の話を聞くことに。一体何の用事だろうか。
「あのね、文化祭の相談なんだけど……」
「あら、もうそんな時期なのね。そっか、先週先輩が何か言ってたような……」
「うん、わたしも今日詳しく聞いたんだけど、美術部は作品の展示会をするんだって。」
「作品……林檎ちゃんは何をする予定なの?」
「わたしは絵画だよ。さっちゃんは何にする?彫塑とか絵画、鋳金とか他にも色々あるみたいだけど……」
「私も絵画にしようかしら……他の人達はどうするのかしら。」
「C組の子とE組の子は共同で等身大のオールマイト像を作るって言ってたよ!あと、D組の男の子は版画に挑戦するって言ってたかな……あと、先輩はガラス細工で箸置きを作って、展覧会の来場者にノベルティとしてお配りするって言ってた!」
「へぇ……色々あるのね……」
林檎ちゃんと文化祭の作品制作についてかなり綿密に話し合って、私達も題材を決めることができた。彼女は初めて雄英高校を見た時の感動が忘れられないとのことで、正門から見たこの学校を、とのことだった。私は初心者ということもあって、無難にカゴに入った果物とワインボトルを見ながら水彩画に挑戦することにした。
「テーマが決まってよかったぁ……相談にのってくれてありがとう!」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。とっても助かったわ。」
「……さっちゃん、なんだか元気ない?」
「えっ?そんなことな……林檎ちゃんにはお見通しよね。」
彼女の個性は目を合わせて話している人が本音で話しているかどうかを見抜くというもの。あんなに綺麗な瞳だもの、見つめてしまうのが自然の摂理。まん丸の瞳がぱちぱちと瞬きされて、彼女はうーんと首を傾げた。
「……上鳴くんのこと?」
「よくわかったわね……」
「A組の寮に行ったって聞いてたのに急いで帰って来たみたいだったからそうかなぁって。どうしたの?」
「実は……」
私は電気君と耳郎さんのことについて彼女に相談してみることにした。まぁ、相談しなくてもこの気持ちが何かなんてことはわかるんだけど。なんとなく誰かに共感して欲しくて、わたしはつらつらと自分の内にあるモヤモヤを吐き出したのだった。
それは嫉妬という
「……というわけなの。」
「上鳴くん、デリカシーないなぁ……いくら大好きでお付き合いしてても、そんなに毎日同じ女の子の話されたらモヤモヤしちゃうよね……」
「林檎ちゃんも嫉妬とかするの?」
「うん……でもね、わたし、嫉妬深いのかなぁって不安だったけど、猿夫くん、とっても優しいから、たくさん嫉妬してくれて嬉しいよって……あっ、でも、わざとヤキモチ妬かせるような意地悪なんてされたことないからね!」
「電気君も意地悪はしなそう……」
「多分そういう性格なんだろうねー……」