アリ?ナシ?




あれから数日、かなり忙しない日々を送っている。それは私だけではない。雄英高校に所属する全ての生徒がそうだろう。なぜなら文化祭が近づいているからだ。もう3週間を切っている。実はここ数日、上鳴君とあまり顔を合わせていない。正確には、合わせないようにしている、と言うべきか。理由は簡単、上鳴君と耳郎さんが並んでいるのを見たくないからだ。A組は文化祭でライブ公演をするようで、彼は耳郎さんとともにバンドメンバーの一員として楽器を爪弾くらしいのだ。必然的に一緒にいる時間が長くなるであろう二人の姿を目にしたくなくて、寮、教室、部活に関わる部屋以外へ足を運ぶことを避けている。


今日は休日だけれどどこもかしこも制服を着ている生徒だらけだ。わたしもその一人。せっせと展示品の制作を進めている。しかしここ数日美術室に入り浸っているからか、既に9割がた描き上げてしまっていた。あとは先生や友達のアドバイスを聞きながら手を加えていくだけの段階だ。少し休憩しようと、両手を上げてぐっと背筋を伸ばしたらドアの開く音がした。入り口には大きなキャンバスを持った林檎ちゃんが立っていた。彼女はこちらへ歩いてきて、じぃっと私の絵を見つめた。


「わあ……!さっちゃん、早いね!それにすっごく上手になってる!質感がしっかり出てるね!」

「ありがとう。クラスの出し物もあるし、コツコツ進めてたの。」

「そっかあ……あっ!わたし、さっちゃんのクラスのメロンパンアイス食べたいんだけど、食券まだ余ってる?」

「ええ。あっ、良ければ交換しない?わたしもD組の喫茶店に行きたいの。」

「やったあ!じゃあ二枚いいかな?猿夫くんと一緒に行きたくて……」


尾白君のことを想っている時の彼女は誰より何より可愛らしく見える。うっとりとした表情は、尾白君が彼女を大切に思うのと同じで彼女も彼のことを本当に大切に思っているからこそだろう。私もこんな風に可愛かったら、上鳴君も……


「さっちゃん?」

「あっ、ごめんなさい。二枚ね。はい。」

「ありがとう!じゃあこれ、二枚ね!上鳴くんと一緒に来てね!」

「うん……」

「上鳴くん、バンドでギター弾くんだよね?猿夫くんから聞いたよ!えへへ、楽しみだなぁ……」

「そうね……楽しみね……」


嘘。これは嘘だ。耳郎さんと一緒にバンドで盛り上がる上鳴君を見たくないのに、楽しみだなんてどの口で言っているのか。だけど真実という名の個性を持つ彼女の瞳には全てお見通しのようで。まるで自分に何か悲しいことが起こったかのように、眉と目尻を垂れさせて、しゅんと落ち込んでしまっている。


「……上鳴くんに、言っていいんじゃないかなぁ。」

「何を?」

「あんまり、他の女の子と仲良くされるの、ヤキモチ妬いちゃうって……」

「……面倒だとか思われないかしら。」

「面倒ならわざわざお付き合いなんてしないもん。」

「そう……よね、うん……ちょっと考えてみようかな……」

「ヤキモチ妬いちゃうのは当たり前だし、一人で悩まないでね……?」

「ええ、ありがとう。でも、二人が羨ましいわ。いつだってどこだってすっごくラブラブなんだもん……」

「えっ、えぇ!?ら、ラブラブ、かなぁ……えへへ……」


彼女の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。これが林檎ちゃんと言われる所以だ。こんなに可愛い子からヤキモチを妬いてるなんて言われたらそりゃ誰でも嬉しいだろう。でも、私がそんなことを言ったところで面倒くさい女だと思われるに違いない。さて、どうしたもんかと悩みは尽きないけれど、話を聞いてくれたお礼を告げて、私は荷物をまとめて美術室を出た。


寮へ帰っている道中、突然、旋毛から伸びたアンテナのような髪の毛がぐいっと後ろに引っ張られた。まさかと思った時にはもう遅い。振り向いたと同時に何故か顔面に新聞紙がバサッと張り付いて、驚いて足を引っ掛けて転んでしまった。


「わっ!み、見てねェぞ!黒いタイツで何も見えてねェからな!」

「ばっちり見てんじゃない!」


ドゴォッ!!


「痛ってェーッ!!」

「……ききっ、切島君!?や、やだ、ごめんなさい!大丈夫!?」

「あぁ、平気平気!さっちゃんこそ大丈夫か?」


どうやら切島君は私を見かけて駆け寄ってきていたらしく、手を伸ばしたら突然新聞紙が舞ってきて、私が目の前で転び、尻餅をついた挙句スカートが捲り上がって醜態を晒したというわけだ。


「……あれっ?硬化は?」

「はァ?そんなことしたらさっちゃんの手が傷つくだろ。」

「えっ……」

「ん?」


切島君はあの一瞬で自分の身を守ることより他人の身を守る選択をしたらしい。なんという自己犠牲の精神。驚きやら感動やらで上手く言葉が出なかった。


「な、何でも、ないわ。切島君って素で打たれ強いのね。」

「まァな!あっ、そうそう、ちょっと聞きてーことがあってさ……」

「何かしら?」


先程のヒーローらしさはどこへやら、彼は口ごもって目をキョロキョロと泳がせ始めた。


「いやァ……なんつーか、その……上鳴と喧嘩でもしたか?」

「そんなことないけど……」

「……けど?」

「うっ……そ、そんな目で見ないでちょうだい。罪悪感が……」

「やっぱなんかあるんだろ?話してくんねーか?」

「……わかったわ。」


切島君ならペラペラ話してしまうような心配はないし、この前みたいに親身になって考えてくれるに違いない。私は切島君を自分の部屋へ連れて行った。そういえば男子を自分の部屋へ入れるのは初めてだ。まだ上鳴君ですら入ったことのない私の部屋。鍵を開けて、どうぞと手を伸ばしたら、切島君は目を丸くしてぱちぱちと瞬かせていた。


「女子!って感じの部屋だな……本当に入っていいのか?」

「遠慮せずどうぞ?」

「お、おう、んじゃ、お邪魔します!」


切島君は男らしく堂々と入室して、テーブルの近くにどかっと腰掛けた。飲み物とお菓子を用意して、私も彼の正面側に座った。個性の発動にはお互い気を配っていて、少しテーブルから距離を離しあっているのが他人から見たら不思議に見えるだろうが、これは私にとっては非常に安全な距離だ。上鳴君との距離は常に危険でいっぱいだというのに……


「早速だけどよ、なんで上鳴に会ってやんねェの?」

「……そう見えてる?」

「ああ、アイツすっげェ落ち込んでんぞ。B組の物間からは『別れるのも時間の問題だね!カウントダウンしてあげようか!?』なんて言われてた。」

「な、なんて非常識な……そんな人がいるのね……」

「瀬呂も尾白も芦戸も心配してるし、口にはしねェけど爆豪も……なァ、マジでどうしたんだよ?」


なんてことだ。周りにはバレバレだったようだ。


「……誰にも、言わない?」

「言わねェ!!」

「……耳郎さんと仲良くしてるのを見たくないの。」

「……は?」

「……か、彼氏が、他の女の子と仲良くしてるの、嫌、なの。」


切島君はポカンとしたような表情だ。多分、こういう気持ちは女の子じゃないと共感は難しいだろう。だけど根が真面目な切島君はとても真剣に考えてくれている。


「男女の親友っつーのはアリ?」

「……アリだと思うわ。」

「……上鳴と耳郎は?」

「……ナシ、では、ない。」

「うーん……上鳴と耳郎は……なんつーかお笑いコンビの相方みてェな……距離は近ェよなァ……」

「そう、そうなのよ!距離が近すぎるの!私ですら上鳴君にあんなに近づけないのに!ずるいわ!」


そう、ただただ羨ましいだけなのだ。あんなにぴったり近くにいれることが。何の心配もなく触れ合えることが。ただ、羨ましい。それだけなのだ。耳郎さんが嫌いなわけでもない。上鳴君がデレデレしているわけでもない。ただ、気に食わないのだ。どうして私にはできないのか、と。ただ、それだけ。





しばらくあれやこれやと出てくる不満を切島君に受け止めてもらって、昂った感情が少しだけ鎮まったような気がする。


「ちったァ落ち着いたか?」

「かなり落ち着きました……」

「まー喧嘩じゃねェなら安心だ!」

「ご心配おかけしました……」

「おう!気にすんな!」


切島君はギザギザの歯を見せてにっと笑いながら目線をチラリと上げた。時計を見たのだろう。


「楽器隊は休憩中か……行ってみるか?」

「えっ?でも……」

「んー……ほら、差し入れっつって何か持って行く感じで。」

「そうね……じゃあ買い置きのお菓子でも持って行こうかしら。」

「おう!さっちゃんに会えるんならアイツ何でも喜ぶぜ!」


切島君に勧められて、私はトートバッグに買い置きのお菓子を詰めて彼と一緒にA組の寮へ向かった。寮はえらく賑やかだ。入り口付近で瀬呂君と芦戸さんが談笑していて、どうしたの、と声をかけたら二人は突然複雑な表情を浮かべた。共同スペース奥には行かない方がいいとのことだったけれど、奥からは大勢の人の笑い声が聞こえる。お調子者の彼がまた何かやらかしたのかと思って切島君に着いて行ったのだけれど、耳郎さんを抱きしめるような形で縛られている上鳴君がヘラヘラ笑っているのが見えて、頭を鈍器でガツンと殴られたような衝撃に襲われてしまった。これは、ナシだ。





アリ?ナシ?




「おーっス、お疲……れ……何やってんだ?」

「……きっ、切島!助けて!これ切って!早く!」

「ふざけすぎてたらヤオモモに縛られちゃってさー……」

「上鳴さんが悪いんですのよ!ウェイウェイ騒がしくて……それに耳郎さんは咎めもせず揶揄って!同罪ですわ!」

「ちょっ、動くなジャミングウェイ!」

「おっ、耳郎太った?腹周りの肉が……んがっ!!」


いくらなんでもこれはない。私はトートバッグを上鳴君の顔面に投げつけて脱兎の如く逃げ出したのだった。








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