全ては悪い妄想で




あれから1週間も経ったのに、実は毎晩泣いてしまっている。『浮気者』だなんてひどい言葉……心にもなかったのに……どうしてあんなひどい言葉を投げつけてしまったのだろう。


「私のバカ……」


あの時はお互いカーッとなっていたけれど、明らかに私の方が悪いと思う。泣いていたって何も始まらないのはわかっている。それなのにどうしても何も上手く考えられず、何をする気力も湧かないのだ。いや、そもそも考えることなんてない。だって私の気持ちはとっくに決まっている。私の好きな人は上鳴君だけだ。人生で初めて異性として好きになった人。それなのに、私はどうしてあんな……ああ、また同じことをもやもやと……なんて抜け出せない負の循環の中で頭を抱えていたら時計が目に入った。もうこんな時間……明日の用意、しなきゃ……と思ってはいたものの、いつの間にか寝落ちをかましてしまったわけで……





「はぁっ、はぁ……なんとか……間に合った……」

「幸ちゃん、おはよ〜。ギリギリなんて珍しいね。」

「ちょ、ちょっと、ね……危なかった……」

「あ、そういえば幸ちゃんにお客さん来てたよ?」

「お客さん?誰かしら……」


一体誰だろう、他クラスの知人はそんなに多くはない。上鳴君はまずあり得ないだろうし、瀬呂君や切島君だって事前連絡なしに突然教室へやって来ることもないだろう。林檎ちゃんなら友達も知っているはずだし……仕方ない、黙って待つか……





やっと昼休みだ。休み時間はずっと教室にいたけれど来客はなかった。だとすればきっとこのタイミングのはずだ、と待ち構えていたら案の定で、友達が私に声をかけてきた。教室の入り口に目をやると、そこには意外な人物が立っていた。


「えっと、急に、ゴメン。ちょっと、話せる?」

「え、ええ……大丈夫よ。」

「悪いね、じゃ、場所移そ……」


私は動揺がおさまらないままその人に……耳郎さんについて行った。そう、来客はなんと耳郎さんだったのだ。彼女がなぜ私に……まさか、上鳴君と別れろ、とでも言いに来たのだろうか。いや、切島君から聞いたとおりならそんなことはないはずだ……いや、でも万が一のことも……と悩んでいるうちに中庭に到着した。


「昼、まだでしょ?これ、一緒に食べようよ。」

「あ、ありがとう……」

「何がいい?いろいろあるけど……」

「そうね……あ、これにするわ。」





…………お互いもぐもぐと軽食を食べているだけで会話が始まる気配がない。彼女は私に話があると言っていたはずなのに。ここは思いきって私の方から話しかけるべきなのか。


「あ、あの……話って……?」

「あ、ゴメン、えっと…………上鳴のこと、なんだけど……」


耳郎さんは困ったように話し始めた。やはり彼女と私は恋敵の関係なのだろうか。わざわざ上鳴君と距離を置いている時を狙って来るなんて……きっとそうに決まってる……なんて一人で悪い妄想に耽っていたら、耳郎さんは慌て出して途端に早口になった。


「ま、待って!もしかして、もう上鳴のこと、き、嫌いになった?」

「……そんなことないわ。」

「……!そ、そっか!良かった……」

「……えっ?」


私が彼のことを嫌っていないことで彼女の気分を害するんじゃないかと思っていたのに正反対の反応が返ってきて間抜けな声が出てしまった。一体どういうことなのか、と尋ねるよりも早く彼女は言葉を続けた。


「いや、すごく心配だったんだよね……ほら、アイツ、あの日から元気なくて……」

「そう、なの……?」

「うん……えっと、多分、あの、ウチらがヤオモモに縛られてるの見たのがきっかけだよね……」

「……まぁ。」

「言い訳にしかなってないんだけど……あの日、ウチもだいぶふざけてて……彼氏が他の女子とあんなベタベタしてたらそりゃ嫌に決まってるし……本当にごめん……」


耳郎さんは立って私に頭を下げた。これが嘘偽り無い姿なのは誰が見たって明白だ。結局のところ、耳郎さんと上鳴君の仲の良さに勝手に嫉妬して、無駄に怒って、瀬呂君や切島君も巻き込んで迷惑をかけて……全部全部、悪い妄想にとらわれている私一人のせい……彼女が謝る理由なんて一つもないのだ。でも、仕方ないじゃないか……だって、だって……


「……ごめん、なさい。彼のこと、好き、だから、つい……耳郎さんに、嫉妬、して……」

「いやいや!姫尋さんが謝ること無いし!」

「ううん……私が、悪いのよ……」

「そんなこと無いってば……」


耳郎さんはおろおろしながら私の背をさすってくれた。その手はとても温かくて優しいものだ。……そうだ、彼女だってヒーローを目指しているんだ。全て私の悪い妄想が膨らんだだけで、彼女に後ろ暗いことなど一切ありはしないのだ。もう、いい加減、この悪い妄想から、解放、されたい……


「こんなことになるなんて、思わなかったの。」

「うん。」

「ただ、仲良く、したいの。」

「うん。」

「私、耳郎さんに、嫉妬して……でも、上鳴君は、私と、話そうと、してくれた……なのに、ひどいこと、言って……」

「ゆっくりでいいよ……」


私は自分の中にある醜い想いをぽつりぽつりと吐露していった。耳郎さんは私を咎めるようなことは一切なく、丁寧に話を聞いてくれた。話していく内に、胸の中のつっかえがどんどんとれていって、気がつけば涙は止まり、たわい無い話をすることもできていて彼女とかなり打ち解けていた。


「へー……じゃあ、激辛カレーとかも大丈夫なの?」

「勿論、大好物よ。文化祭で激辛カレーを出店するクラスとかないのかしら……」

「探せばあるかもだね。あ、ちなみにそっちのクラスは何するの?」

「私のクラスはメロンパンアイスを出すのよ。時間があったら是非食べに来てね。」

「ありがと、友達と行くよ。」

「そうね、私も……あっ……」

「ん?」

「い、いいえ、別に……」


私もバンド公演を見に行くと伝えようとしてハッとした。耳郎さんとの会話が楽しくてすっかり忘れてしまっていたけれど、一体どの面下げて行くつもりなんだ私は。結局、根本的なところは解決していない。上鳴君と仲直りしなければならないのだ。でも、暫く距離を置こうということだったし……けれど、せめて、せめて文化祭までには、仲直りしたい…………と考え込む前に昼休みが終わりかけていることに気がついた。私と耳郎さんは急いでそれぞれの教室に帰ることにした。





さて、距離を置くべきだとはわかってはいるものの、謝りたいという気持ちが勝ってしまい、彼の部屋の前で佇んでいる自分がいる。しかしなかなか勇気が出なくてドアをノックすることができない。急に来たことで迷惑がられるかもしれない、いや、そもそも距離を置こうって言ったのに、と呆れられてしまうかもしれない……


うん、やっぱりやめよう……そう思ってくるりと踵を返したら、背後から小さく、痛っ、と声が聞こえた。上鳴くんの部屋だ。よく見たら少しだけドアが開いているではないか。わたしは慌ててドア横の壁際に背をくっつけた。


「いっつつ……」

「今日は止めておくか?」

「いや……もうちょいやるっしょ。耳郎あいつ恥ずそうにしてっけど音楽クソ好きじゃん!」

「うむ……」

「いーモンにしてやりたくね!?」





ちくりと胸が痛んだ。耳郎さんが上鳴君に恋愛的な目を向けていないのは本人から聞いたけど……でも、上鳴君は、耳郎さんのことが……





そう、思った時だった。


「それに、その……カノジョにかっこいーとこ見せたいし……」

「ああ、例の……そういえば最近は見かけないな。」

「……ちょっと、ケンカしちゃってさぁ……まぁ、俺が悪いんだけど!そんで、嫌われちゃったかもしんなくてさー……」

「お前が、嫌われる……?全く想像がつかないが……」

「んー……汚名挽回……ん?返上……まァ、どっちでもいーや。とにかくさ、カノジョにかっこいーとこ見せて、切島より俺の方がイイって思わせたいの!」

「背負う者の宿命……心ゆく迄付き合おう。」

「サンキュ!やっぱ常闇ってイイ奴〜!」


てっきり、私の方こそ嫌われたのだとばかり思っていた。でも、そうではなかったのだ。勝手な思い込みで切島君や瀬呂君、耳郎さんにまで気を遣わせて、そして何より、上鳴君を傷つけて、あんな酷いことを言ってしまったのに、それでも彼は私のことを大切に想ってくれているのだ。


涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。これは悲しみの涙ではない。安堵の涙だ。やっと、やっと……解放されたのだ。


そうだ、もうすぐ楽しい楽しい文化祭なんだ。暗い気持ちでいたら自分も周りも暗くなってしまう。こんな盗み聞きのような真似、いや、完全な盗み聞きで卑劣極まりないけれど、それでも、彼の想いを確かめることができて私はとても安心した。大好きな彼を見習って、私も前向きな気持ちでいたい。今は彼もバンドの練習で手一杯だろう。私も私の為すべきことを為して……勇気を出すのはそれからでもきっと遅くはないはずだ。





全ては悪い妄想で




よし!文化祭まで頑張るわ!







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lollipop