雄英高校通学二日目。昨日より2本ほど早い電車に乗ることに成功したにもかかわらず、なぜか視界にはあの金髪がバッチリ映り込んでいる。黒い稲妻模様も見てとれるし、あのドスケベ男で間違いない。朝からツイてないなぁと思いながら今日は少しスペースに余裕のある車内で揺られながらゆったりと時を過ごすことにした。幸いあの男はニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてスマホに御執心のようだし……
無事に高校の最寄駅に到着して電車を降り、改札を抜けて駅を出た時だった。人混みに紛れて黒尽くめの男がドンッとぶつかってきたと思ったら、なんとその男は私のスマホをひったくって行ってしまったのだ。
「痛っ!!ま、待ちなさい!!」
咄嗟に手を前に伸ばしたけれど届くはずもなく。前に出すのは手ではなく足にすべきだったか、と後悔しながら一瞬遅れて足を踏み出そうとしたその時、辺りが眩い光に包まれた。
「ぎえええええええ!!!」
それと同時に黒尽くめの男は蛙が潰れたような悲鳴を上げてドサッと倒れ込んでしまった。まさか雷でも落ちたのだろうかと空を見上げたけれどそんなことはあり得ない。今日の空は雲一つない快晴なのだから。不思議に思いながらおそるおそる倒れた男に近付いていくと、私のスマホはひょいっと誰かに拾われた。顔を上げると、件のドスケベ男がドヤァと言わんばかりの誇らしげな顔でこちらを見ていた。
「これ、あんたの?」
「そう、だけど……」
「いやー、歩いてたらこの人が勢いよくぶつかって来てさあ……俺、驚いて放電しちゃったわけ!」
参っちゃうよなー、なんて言いながら肩を竦めてやれやれといった様子。ころころと変わる表情、なんだか忙しない人だ。
「放電……さっきの光、貴方がやったの?」
「ああ、俺の個性、帯電でさ、自分の身体に電気纏わせて放出できんの。」
私の何の役にも立たない個性とは違う……そのことが羨ましく思えてしまって、私は嫌味っぽく呟いてしまった。
「へぇ……スケベなことにも悪用できそうで貴方に向いてるわね。」
「いや、しねえよ!そんなこと考えもしなかったわ!つーか昨日はマジでごめんって……」
彼は本当に申し訳なさそうに眉を下げて、バッと音が聞こえるほど勢いよく頭を下げてきた。よくよく考えれば昨日の一件は私の個性が原因とも言えるし、彼にスマホを取り返してもらった今、ツンケンしてしまうのはどうにも後味が悪い。ひとまずこれでチャラということにしておこう。
「……それ、ありがとう。昨日のことはもう結構よ。私もやりすぎたし……」
「マジ?全部チャラ?」
「い、一応……」
彼はパッと顔を上げると白い歯を見せてニッと笑った。その笑顔に不覚にも心臓がどきんと跳ねてしまった。男性はこんな風に笑うのか。自分の弟もこんな風に笑うようになるのだろうか。いや、そもそも『男性』と一括りに考えるのがおかしいのか。高校生くらいの、年相応の男子……いや、あるいは彼独特の……と考え込んでいたからか、気がつけば私のすぐ目の前に彼が立っていた。
「…………し……もしもーし……おーい、聞いてる?」
「…………!?ち、近っ……きゃあっ!?」
「うおっ!!あ……み、水玉……」
彼の声が耳に入った途端、旋毛から伸びたアンテナのような髪の毛がぐいぐいと彼に向かって引っ張られるような感覚が走った。その直後、突然ぶわっと強い風が私達の間を通り抜けた。おかげで私のスカートは捲れ上がり、この距離だからかタイツ越しでも見えてしまったようで、またしても下着の柄を呟かれてしまった。
「ッ……!!だから近寄るなって言ったのに!!」
「うわっ!!い、痛ってえ!!」
私は彼を両手でドンッと突き飛ばしてしまった。彼はコンクリートの道にどすんと尻もちをついたのだけれど、私が凄い力を発揮したからか、お尻を強く打ちつけてしまったようでかなり痛がっている。偶然とはいえスマホを取り返してもらった恩があるために少々罪悪感を持ってしまう。
「あっ……ご、ごめんなさい……あの、あまり私に近づかないでくれる?」
「痛てて……何?怪力の個性でもあんの?」
「そうじゃないんだけど……その、あまり男性が得意じゃないの。」
「あ、そういう感じ?へー、あんな遠くにあるお嬢様学校の
「えっ?」
「えっ?遠女の姫尋 幸ちゃんじゃねえの?」
姫尋 幸。それは確かに私の名前だ。何故彼が私の名前や出身校を知っているのだろう。一瞬、私達の間に流れる時間が止まったような気がした。ハッと気がついた私は自然と疑問を口にした。
「なっ、何で貴方が私の名前を……?」
「あ、俺の中学ん時の友達がさあ、さっちゃんと同じ塾だったんだよね!」
「……さっちゃん?」
「うん、さっちゃん。姫尋 幸でしょ?だからさっちゃん。」
なんて馴れ馴れしい人なんだろう。出会って間もないのにこんなに距離を詰めてくる人は今までに見たことがない。歳の離れた弟ですら、私をそんな風に呼ぶことはないというのに。
「……貴方、ちょっと馴れ馴れしすぎやしない?」
「えっ?そう?あ、よくチャラいって言われんだよねえ!」
「ぴったりじゃない。」
「うっ、否定はしねえけどさ……あっ、スマホ出してるついでにさ、連絡先とか……」
「勘違いしないで。貴方とお友達になった覚えなんてないから……もうこんな時間!貴方も急いだ方がいいわよ!」
なんてことだ。折角早めの電車に乗ったというのに、くだらない事件に巻き込まれたせいで結局昨日より少し遅い時間になってしまった。まだ時間に多少の余裕はあるものの、1年生が登校2日目でこの時間はどうにも印象が悪いのではなかろうか。早く学校へ着いてしまいたい私は彼を置いて学校に向かい一目散に走り出した。彼はそのままついてこようとしたけれど、旋毛から伸びた髪の毛がぐいっと後ろに引っ張られるのを感じて咄嗟に叫んでしまった。
「ついてこないで!!」
「はあ!?いや、同じ学校だし無理っしょ!?」
「遠回りしなさいよ!貴方、男の子でしょ!?」
「アナタアナタって俺はさっちゃんの旦那かよ!?あのさあ、俺には上鳴電気っつー立派な名前が……」
「だ、誰がさっちゃんよ……って……きゃあああ!!近い!!近いってば!!あっ……!?」
彼が私に追いついてずいっと顔を近づけて来た時だった。今日は快晴なのに、何故か地面が凍り付いていて、つるんと足を滑らせた私の身体は勢い良く前のめりに傾いた。
「えっ!?おい!!危ねっ!!」
けれど、転倒することはなかった。この馴れ馴れしいドスケベ男……もとい、上鳴電気君が背後から私の身体に腕を回して抱きついて来たからだ。私はまたしても彼に救われてしまったのだ。
「大丈夫?つーかなんでこんな晴れた日に地面が凍って……」
「あ、ありが…………!?」
救われたことにお礼を述べようとしたその時、私は気がついてしまった。彼の大きな掌が私の胸を鷲掴みにしていることに。
「いっ……嫌ァーーーッ!!どこ触ってんのよこのヘンタイ!!」
ドゴォッ!!
「ぎゃあ……ッ!!ぐっ……!ごほっ……!痛……ッ……かはっ……」
私はフルパワーで彼の腹部に肘打ちを撃ち込んでしまった。彼は地面に蹲ってぷるぷると震えている。ひったくりといい転倒の際といい、確かに救われたことは事実のはずなのに、今の一瞬の出来事で羞恥や怒りの気持ちに支配された私は痛みに悶絶する彼を放置してすたこらさっさと学校へと足を進めたのだった。
さっちゃん
「流石に悪かったかしら……で、でも、女性の胸を掴んだ彼が悪いし……でも救われたのは事実だし……ああもう!なんで私があんな男のことで……!!」
***
「痛て……さっちゃんの個性ってもしかして……男に触られてパワーアップするとか……?」
「ん?お前、同じクラスの……確か、イナズマデンキだっけ?」
「カミナリ!カミナリデンキね!そーゆーお前は……セロテープ、だっけ?」
「セロハンタ!セロハンタね!つーかどーしたの?腹でも壊した?肩貸すぜ?」