先に学校に着いて、教室の窓から荷物の整理をしていると長身の男の子に肩を借りて……確か、上鳴電気君、だったか、上鳴君がよろめきながら登校して来た。流石に肘打ちはやりすぎただろうか。でも、胸を触られたし……と、悶々と悩んでしまいあっという間に昼休みを迎えてしまった。彼への罪悪感はもちろんだが、自分の気持ちをスッキリさせたいのもあって私は勇気を出してヒーロー科の教室へと足を運んだ。ちょうどA組の教室から出てきた長身の男の子は今朝彼に肩を貸してあげていた子だ。
「あ、あの、上鳴電気君という方はこちらのクラスですか……?」
「え?うん、そーだよ。呼んで来ようか?」
「お、お願い、します……」
彼は、ちょっと待ってな!と言うとすぐに教室へ戻って行った。数秒後、長身の彼に連れられて、ひきつった笑顔の上鳴君とそれとは対照的にニヤニヤと……言っちゃ悪いけどかなり下品な笑みを浮かべた小人のような男の子がやって来た。
「じゃ、先に食堂行ってっからなー。」
長身の彼はヒラヒラと手を振って立ち去って行った。上鳴君はお腹に当てていた手をサッと後ろに隠して、吊り上がった目を少し細めてニコッと笑った。まただ、また、この笑顔。
「さっちゃん、俺になんか用事?」
「あ、え、っと……今朝は、その、ごめんなさい。肘打ちはやりすぎました……救われた恩も忘れて、大変失礼だったわ……」
「え?そんなこと?別にいーって。つーかアレも俺が悪いようなもんじゃん。」
彼は吊り上がった目を丸くしてキョトンとした表情になった。表情がコロコロ変わる人は大抵素直な人が多いけれど、彼もそうなのだろうか。だとしたら彼の言葉に他意はなさそうだ。私はほっと一息吐いて、今度は深々と頭を下げた。
「あの場での私の行動は適切じゃなかったわ。ごめんなさい。」
その瞬間、突然旋毛から伸びたアンテナのような毛がくいくいと上下へ引っ張られた。ぱっと顔を上げると顔を真っ赤にして目線を下げて食い入るように見つめてくる上鳴君がいた。視線の先には……ん?彼と共にやって来たあの小人…………!?
「へへ……こりゃいいオッ……」
「きっ、きゃあああああっ!!どこ見てんのよこのエロ小人!!」
バチィン!!
「ぎゃあああああっ!!!」
ドゴォッ!!
「ぐふっ…………」
「うっわ、すっげ……」
上鳴君の視線を追うと、私は何故かネクタイが緩みシャツのボタンが解れた、なんともだらしない服装で胸元が晒されていて……そして、そこを彼とは比べものにならないほど更に食い入るように見つめる小人男子がいた。驚きと怒りのあまりに思いっきり小人男子の頬に平手打ちをかましてしまい、勢いよく飛んだ小人男子は廊下の壁に叩きつけられてしまった。上鳴君は口元に手を当ててぶるっと身震いしているけれど、彼の視線の先は小人男子と同じ場所に釘付けだった。つまり彼も同罪というわけで。
「上鳴君!貴方もよ!ホンット最低!」
「うげっ!?ご、ごめんっ……!?」
ぽすん
「あ、あれ……?」
ビクッと震え上がった上鳴君の腹部に拳を突き出したのだけれど、彼はびくともしなかった。それもそうだ、私の個性ラッキースケベは発動直後の一撃しか威力を高めてくれないのだから。ある意味個性はラッキーパンチだと語ってもいいかもしれないな、なんて。
「パワーアップするのは一度きりなのよ。だからこれで勘弁してあげるわ。」
「ラ、ラッキー……」
「……用事は済んだわ。じゃ、私、用事があるから……」
「……あっ、ちょい待って!あのさ、連絡先、交換してくんね?」
「何で?」
「えっ?えっと…………」
彼は腕を組んで首を傾げてうーんと考え込み始めた。考え込みたいのは私の方だ。クラスはおろか、科自体が異なる私と彼がなぜ連絡先を交換する必要があるのだろうか、その理由がわからない。改めて断るために口を開こうとしたら、彼はパッと顔を上げてまたあの笑顔を見せてきた。
「……友達だから!」
「私と貴方は別に友達なんかじゃ……」
「じゃあ今!今から友達!」
今朝は馴れ馴れしいと感じたけれど、彼は誰に対してもこういう当たりをする人なのだろうか。これまで私が同い年くらいの男性とはあまり関わってこなかったために全てが未知でしかないだけで、むしろ彼の態度はごく普通のことかもしれない。
「……まぁ、悪い人じゃないみたいだし。構わないわ。」
「っしゃ!ちょい待ってね……」
私と彼はスマホを重ねて、アプリの連絡先を交換した。上鳴電気……いかにも電気系の個性を持ってます、といったような彼の名前が画面に表示されていた。私の名前は特に自分の個性を体現しているわけでもないし、彼には想像もつくまい。
「じゃ、私は失礼するわ。」
「えっ?もう?あ、昼飯はどーすんの?」
「今日は隣の席の女の子とお弁当を食べる約束をしてるわ。それじゃ、また。」
「……!あ、ああ、また!」
上鳴君はニコッと笑うと足早に食堂の方へ向かった。あの、目を細めた笑顔はとても可愛らしいのに、私の下着を目にした時のニヤニヤした顔は下品で最低の笑顔だと思う。可愛い笑顔の彼とは友達になっても構わないけど、あの下品な笑顔の彼はお断りだ。彼へのイメージを下げないようにするためにも、なるべく早く私の個性のことを説明して、彼とは一定の距離を保たねばなるまい。
一日を終えて無事に帰宅し、夕飯やお風呂を済ませ、明日に備えて予習を済ませ、後は寝るだけだとベッドに入った時のこと。アプリの通知音が聞こえた。スマホを見ると上鳴電気の文字。こんな時間に何の用事だろうか。
『おつかれー!あのさ、日曜暇?どっか行かね?』
なんだこの脈絡も無いぼんやりとした文章は。日曜、とは今週末のことを指しているのだろうか。どっか、とはどこだろうか。情報量が少なすぎる。
『お疲れ様。それは今週末のこと?どっか、ってどこに行きたいの?』
返事をして、さぁ寝ようと思ってスマホを置いたらこれまたスマホから通知音が。まぁ返事の早いこと。
『今週末!昼はマック行かね?俺奢るよ!」
マック、とは何だろうか。私はすぐに検索画面を開いてマックという店のを検索した。すると、ハンバーガーやポテトといった所謂ファストフードと呼ばれる食べ物の写真が目に入った。これまでファストフードと呼ばれる類の食べ物を口にしたことのない私にとってはかなり魅力的な提案だ。家族や
『日曜日にマック、是非連れて行ってください。時間や集合場所はまた前日に連絡して。』
『オッケー!じゃ、また連絡する!』
彼からの返信を確認してスマホの画面を切り、私はベッドに潜り込んだ。良い機会だ。彼に自分の個性のことを説明して、50センチ……いや、少なくとも1メートルは保ってもらわねば。しかし、こんな個性のこと、なんと説明すればよいのやら。またしても悶々と悩みながら、気づかぬ内に微睡の中へ落ちていたのだった。
一定の距離
「あっ、もしもし瀬呂?こんな時間に悪いんだけどさ、ちょっと話聞いてくんね?」
「ん?どーした?」
「いや、昼間のさあ、さっちゃんにさ、ダメ元でマック行かね?って聞いたらオッケーされちゃって……これってどう?脈アリな感じ?」
「えっ?あの美人な子?うーん、世間知らずなだけじゃね?」
「……なんか緊張してきた。瀬呂、日曜暇?良かったら付き合ってくんね?」