変わった個性




日曜日、集合場所には上鳴君ともう一人、あの長身の男の子が私の到着を待ってくれていた。なんでも近くで遭遇したとかで、折角だからとお昼をご一緒することになった。名前は瀬呂範太君というらしい。セロハンテープみたいね、と口にすると、突然膝からテープを射出して上鳴君を簀巻きにしてしまった。やはり名は個性を体現しているのか。さて、全員集まったことだし、早速マックへ入店することに。


「えっ?さっちゃん、マック初めて!?」

「ええ、だからとても楽しみにしていたの……あら、魚や海老のハンバーガーもあるのね……」

「確か遠女トオジョだろ?お嬢様学校だもんなァ……」

「私の家は比較的普通の家庭よ。でも中々来る機会がなくて……あっ、私、これにするわ。」

「はいはいっと。三人いるしポテトとナゲットも頼もうかな……あ、瀬呂も奢ってやるよ、今日付き合っ……」

「あっ!!俺!!これにしようかな!!」


瀬呂君が突然大きな声を出したものだから驚いて軽く飛び上がってしまった。そんなに素敵なメニューなのだろうか、次回は瀬呂君が頼んだものを食べてみようかしら。


なるべく距離を取れるような席を探して、三人で広めの席に着いた。早速ハンバーガーやポテト、ナゲットを口へ運んだのだけれど、初めて食べるファストフードの美味しさに思わず口角が緩みっぱなしだった。食べ物を摘みながら、改めて自己紹介をしたのだけれどやはりこの質問をされてしまった。


「えーと、姫尋サン……で、いいのか?」

「呼び捨てでも結構よ、瀬呂君。」

「おっ、サンキュー。慣れたらそうするよ。ちなみに個性は?」

「そうね……私のこの髪、跳ねてる髪があるでしょ?」

「おー、さっちゃんよくそれがくいくいって動いてるよなあ。電波でもキャッチしてんの?」

「……あるトラブルを察知しているの。」

「え?それ危機回避系の個性ってこと?スゲーじゃん!ヒーロー向きの……」

「違うわ。」

「あっ、あれ?えっ、ごめん、俺なんかマズイこと言っちゃった?」


私が下を向いたもんだから、上鳴君はオロオロと慌てながらガタッと音を立てて立ち上がった。まずい、近付かれる。旋毛のあたりから伸びたアンテナのような髪の毛がぐいぐいっと彼の方へ引っ張られた。


「ち、近付かないで!」

「あっ、ご、ごめ……うわっ!!」


がしっ


「……いやあああっ!!」


バチィン!!


上鳴君は突然滑ってしまい、前のめりに倒れてきた。私が片手を伸ばして彼が転ばないように身体を支えてあげたのは良かったのだけれど、彼もまた身体をぶつけまいと腕を前に伸ばしていて、私の胸を鷲掴みにしてしまったのだ。そして考えるまでもなく、本日も痛烈な平手打ちが彼の腕に炸裂した。


「い…………痛って〜!!!えっ、お、折れてない!?俺の腕、無事!?」

「すっげーパワーだなァ!何?パワーアップ系?」

「いや、俺の心配しろよ!!」

「悪ィ悪ィ!つい、な!」


瀬呂君はゲラゲラ笑いながら上鳴君を茶化している。上鳴君は私の方を向いて、また忠告無視してごめん!と頭を下げてきた。私も立ち上がって叩いてごめんなさいと告げて、もう一度三人で向き合って座り直した。


「私の個性はね…………」


中々言いづらくて間が空いてしまう。上鳴君も瀬呂君も食い入るように私を見つめてくる。これを逃してしまえばもう二度と機会はないかもしれない。


「…………ラッキースケベよ。」

「「…………は?」」


二人とも口を開けてぽかんとした表情だ。わかってはいた。けれど、紛うことなき事実なのだ。どうしようもない。


「……笑いたければ笑いなさい。」

「……あのパワーは何なん?」

「トラブル……つまり、ラッキースケベが起こった後、一度だけ攻撃がパワーアップするの。」

「一度だけ……ああ!だからこの前、峰田の時……!」

「そういうことよ。ラッキースケベが起きる時はこのアンテナみたいな髪の毛が引っ張られるような感じで動くの。だから察知はできるんだけど結構ギリギリでね、これまでほとんど予防できた試しがないの。」

「あぁ、さっき上鳴に向かって引っ張られてたような……ふーん、変わった個性だな。」


旋毛から伸びたアンテナのような髪の毛を指先でくいくいと軽く引っ張りながら話すと、先ほど目撃したであろう瀬呂君はなるほどと頷いた。上鳴君は腕組みをして何処か遠くを見つめている。


「……この個性、あまり好きじゃないの。だから、男性と接しない学校を選んできたんだけど……」

「あ、遠女、確か中等部までになったんだっけ?」


瀬呂君は耳が早い人なのだろうか。


「そうよ、よく知ってるわね。でも私は女子校の外部受験に尽く失敗してしまったの。記念受験のつもりだった雄英だけ合格しちゃって……今に至るの。」

「初めて会った時から近付くなって言ってたの、そういうことだったん……?」

「ええ……ごめんなさい、早く言えればよかったんだけど……」


先程まで遠くを見つめていたはずの上鳴君が突然私の方を向き直して首を傾げてきた。正直に、最初の印象は最悪だったけれど、1週間という短い時間の中で彼への印象は結構良いものに変わったことを告げると、彼は吊り上がった目を細めて、白い歯を見せてニコッと笑った。やっぱりこの笑顔は好感が持てる。


「そっか、変わった個性だなー。でも、嫌われてなくて良かったよ!」

「ありがとう。そう言ってくれると救われるわ。」

「……さっちゃん、頼みがあんだけど、いい?」

「頼み?何かしら。」

「俺さ、友達を傷つけるようなことしたくないわけよ。だから、これ、持ってくんない?俺が近付きすぎたらこれでぺしって叩いてよ。ダメ?」

「……こ、これで?」


彼がリュックから取り出して差し出してきたのは折りたたみ式の定規だった。長さは丁度50センチ。偶然にも私の個性の発動範囲だ。


「いやー、俺考えてたんだよね、どんくらいの距離までなら近付いてもいいんかなあって。何回か実験して大体50センチから1メートルくらいってわかったわけ。」

「実験、って……」


この1週間、学内でほぼ毎日彼と言葉を交わしていたけれど、まさか距離を測られていたとは。この男、マヌケそうに見えて案外策士というか曲者というか……多分、人の気持ちを察したり思い遣ったりすることに長けているタイプなのだろう。きっと、心根の優しい人なのだ。


「定規はいい考えじゃん、上鳴とか峰田とか、スケベなことばっか考えてる奴もいるしな!」

「……何ですって?」


瀬呂君の言葉を素直に受け取ると、上鳴君はラッキースケベの個性と関係なく元々スケベであることになるのだけれど。


「せ、瀬呂っ!?何言ってんだよ!俺は別に……」

「昨日さ、姫尋サンがJ組の男と話してたら風でスカートめくれただろ?」

「ええ、事実ね。でも、私は……」

「そう、黒いタイツ履いてるじゃん?だからコイツ、パンチラチャンスが〜!って嘆いてたんだよ。」


……やはりドスケベ男はドスケベ男か。まあこの1週間で、年頃の男の子というのはそんなもんかとある程度割り切ることはできたけれど。勝手ながら少し裏切られたような気持ちを持った私は冷たい視線を彼に送った。


「……上鳴君?どういうことかしら。」

「い、いや!違うんだって!第一、瀬呂!お、お前あん時いなかった……げっ!!」

「……!?見てたのね!やっぱり事実じゃない!嘘つこうとするなんて最低よ!」

「ご、ごめん!!もう二度と嘘つきません!!パンツ見えなくて残念でした!!」

「そ、そんなこと、正直に言う人初めて見た……ふふっ、おかしな人ね……」


彼の正直さに度肝を抜かれて思わず声を出して笑ってしまった。失礼だったかしら、謝った方がいいだろうか、と彼の顔色を窺ってみると、顔を真っ赤にして、とてもマヌケな顔でウェイと呟く上鳴君がいたのだった。





変わった個性




「おい、上鳴?大丈夫?」

「ウェ〜イ……」

「……彼の個性は帯電、よね?」

「あ、なんか使いすぎるとショートするとか言ってたわ。でも個性使ってたか?」

「まさか彼は複数個性なの?にしても変わった個性ね。マヌケな顔になる個性なんて……」

「ウェイ……」








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