やっぱり嫌い




今朝、林檎ちゃんが尻尾の生えた男の子と親しげに話していたことを話題に挙げると彼女の顔は一瞬で林檎のように真っ赤になってしまった。よほど彼のことが大好きなのだろう、普段物静かな彼女が頬に両手を当てて物凄く饒舌になったほどだ。彼女達の距離感を見て、きっと彼とは随分長いんだろうと思って尋ねてみたのだけれども。


「えっと、お付き合いしてもらって1ヶ月くらいだよ。」

「そ、そんなに最近なの!?てっきり3年くらいかと思ったわ……」

「えへへ、そんなに仲良しに見えてるなら嬉しいな……えっと……羨ましい、っていうのは……?」

「あ、え、ええ……自分でもよくわからないんだけど……」


私は彼女に正直に話した。高校に入ってから男性と関わる機会が増えてやや戸惑いを感じていること。この個性を知ってもなお、ある一人の男子生徒が1メートルの安全な距離はおろか、50センチの危険な距離を侵そうとしてくること。かと言ってそれが嫌かと言われれば完全に嫌だとはっきり断定できないこと。今朝、物理的な距離が離れていても心と心がぴったり重なり合っている林檎ちゃんと尻尾の彼の姿を見て羨ましいと思ったこと。その最中、例の男子生徒が頭をよぎったこと。そして今日1日ずっとこれらに支配されていること。


私の個性の事情も理解してくれている彼女に自分の中のよくわからない感情を必死に伝えてみると、彼女はとても親身になって一緒に考えてくれた。


「……恋がしたい、ってこと?」

「そういうわけじゃないと思う……私、今まで家族以外の男性と関わることってなかなか無かったし、正直そんな風には……」

「うーん、わたしと彼の何が羨ましかったんだろうねえ……仲は良いと思うけど……その、彼ね、すっごくかっこいいから、わたし、近くにいるのもいっぱいいっぱいで……は、恥ずかしいな……えへへ……」

「……林檎ちゃんの可愛さに嫉妬しちゃったのかしら?」

「えっ、えぇ!?わたし全然……わたしなんかよりさっちゃんの方が可愛いよ!すらっとしてるし美人だし、髪も綺麗で……それに優しいし気も利くし頭も良いしお上品だし……」


林檎ちゃんは目と心がとても綺麗な子だ。真実という個性にぴったりの、綺麗な目。この目に見つめられて心を奪われない人間はいないんじゃないだろうか。男の子と言わず女の子もきっとそう。現に私もこの美しい漆黒の瞳にドキドキさせられているのだから。彼女に心を奪われてぼーっとしていると、彼女は綺麗な目を大きく見開いて私にあれこれ質問してきた。


「……えっと、さっちゃん、男の子と仲良くなりたいって思ったりする?」

「えっ?うーん……別に、そういうわけじゃないかな。」

「じゃあ……えっと、その、上鳴くん?とは?」

「……仲は良い方かもしれないわ。でも、彼、なんだか軽薄なところがあるからイマイチこう、心の底から信用はしづらいというか……」

「うーん……もっと仲良くなりたくない?一緒に遊びたいとか、もっと相手のこと知りたいとか、あとは……顔が熱くなる、とか?」

「うーん……わからないわね。私、異性を好きになったこととかないし。男性に対してそんな風に思うことはないんじゃないかしら。」

「そっかあ……うーん……ゆっくり考えていくしかないねえ……」


結局いくら考えても答えは出ない。上鳴電気、まさにチャラ男というのがぴったりの剽軽で軽薄な部分が目立つ人。しかし、明るく元気で愛想も良く、友達思いで裏表のない素直な性格なのは短い時間の中でもよくわかった。私は彼のことをどう思っているのだろうか。


まぁ、考えても仕方ない。林檎ちゃんの言う通り、ゆっくり考えていけばいいのだ。林檎ちゃんが、気を紛らわせるために絵しりとりをしようと提案してくれたのでそれに乗じることにした。これまで美術の授業以外で絵を描いたことはないから、いろんなイラストを描いて遊んだのはとても新鮮で楽しかった。顧問の先生からは絵の練習にもなるし面白いと褒めていただけた。


さて、1時間ほど経ったので、私達新入部員は帰る時間だ。林檎ちゃんは例の尻尾の彼と一緒に帰るようで、D組の教室で待たなきゃといそいそと荷物をまとめていた。私も上鳴君に連絡をしようとスマホを取り出したのだけれど、D組の教室で待ってて!とのメッセージが。一体なぜだろうか。私は林檎ちゃんに事情を説明して、二人で一緒にD組の教室へ向かった。





「猿夫くんっ、待たせてごめんなさい!」

「ううん、全然待ってないよ。あ……例の新しい友達?」

「うん!そうなの、さっちゃん……えっと、姫尋幸さん!」

「経営科1年J組の姫尋幸です。」

「俺は尾白猿夫。A組だよ。よろしく。」


随分普通なご挨拶、上鳴君とは違う穏やかな出会いだ。けれど尾白君も男性であることに違いはない。私は鞄の中に手を入れて上鳴君からもらった物差しをぎゅっと握っていたのだけれど、驚くことに、尾白君が1メートルの距離を侵しても旋毛のあたりに感じるあのむずむずとしたくすぐったさが全く生じないのだ。一体なぜだろうか、そう疑問を持った時、突然旋毛のあたりから伸びているアンテナのような毛が後方へぐいぐいと引っ張られた。驚いた私はバランスを崩して後ろに傾いてしまい。


「きゃっ!!」

「うおおっ!?」


背後から男性の……否、上鳴君の声がして、私は彼を下敷きにして思い切り背中から倒れてしまった。


「あ……猿夫くんは見ちゃだめ!!」

「うわっ!?な、何!?」

「痛たた……ッ!?」

「ん、何かやわらけー……気持ちい……」

「ど、どこ触ってんのよこのスケベ!!!」

「ぎゃああああ!!い、痛い痛い痛いって!!お、お、折れる!!折れた!!折れてる!!」


林檎ちゃんがぐっと背伸びをして尾白君の目元を隠したと同時に私は状況を理解した。大方、上鳴君が私を驚かそうと背後から近づいてきて、見事ラッキースケベが発動したのだろう。一緒に倒れ込んでしまい、彼の片手は私の胸を鷲掴みにしていて、その上揉みしだいてきたのだ。羞恥と怒りに支配されてしまった私は考えるよりも先に彼の腕を思いっきり掴んでギリギリと捻り上げていた。


「サイッテー!!ほんっとサイッテー!!」

「い、い、いや、誤解だって!!背後から気づかれないよう近づいたら個性発動しねーかな、なんて……」

「そんな見えすいたウソ……!!」

「ま、待って!さっちゃん!その人、うそついてないよ!!」

「え……?」


林檎ちゃんは丸くて大きい綺麗な目をぱっちりと見開いてじいっと上鳴君の顔を覗き込んでいた。尾白君曰く、彼女の個性は人が本心で話しているか見抜ける個性とのことで。つまり彼女の言うことは確実に真実であるということだ。上鳴君は驚かせたりつい身体触ったのは本当にごめん!と手を合わせて謝ってきた。仕方ない、林檎ちゃんに免じて許してあげるしかないだろう。


「もう!次はないんだから!」

「悪かったって〜!えっと、そこの超可愛いキミ!!ありがと!!」

「あ、う、ううん、えっと……」


上鳴君は林檎ちゃんの肩にぽんっと手を置いて可愛いね〜と言いながら話しかけている。性根がチャラチャラしているせいか、全然ヒーローらしくない。林檎ちゃんはなんだかびくびくしながら困ったように尾白君や私をチラチラと見ている。なんだか、上鳴君に対して無性にイライラする。


「ちょっと!!初対面の女の子に馴れ馴れしすぎじゃない!?怯えてるじゃないの!!」

「……マジで!?怖かった!?ごめん……って尾白!?いつからいたん!?えっ!?じゃあ、D組にいる彼女ってこのめちゃくちゃ可愛い子……!?」

「最初からいたって……はぁ……気づくの遅すぎだろ……そう、この子が俺の、か、彼女だよ……」


林檎ちゃんは尾白君の後ろに隠れてとても小さい声で自己紹介をしていた。真っ赤な顔が可愛らしく、頭には可愛い林檎のバレッタがついているからか、やはり初対面の上鳴君からも林檎ちゃんと呼ばれてしまっていた。上鳴君は、林檎ちゃんには既に尾白君という彼氏がいるというのに、連絡先を聞いたり今度ご飯に行かないかと誘ったり、とにかくチャラ男の限りを尽くしている。先ほどからイライラが止まらない。一体なんだというのか。とにかく今は彼の顔を見たくない。私は林檎ちゃんに小さく手を振って黙って教室を出た。


「あれっ!?さっちゃん!?待って、一緒に帰ろって!あ、よかったら林檎ちゃんと尾白も一緒にどう?みんなで駅前のマック行かね?」


背後から彼の声が聞こえたら頭に血が上ってカッと熱くなったような気がした。一体何なんだこれは。なんだか恥ずかしいというか、馬鹿にされているような気がして憤りが収まらない。やっぱり、あんなチャラチャラした男性なんて嫌いだ。だから、こんなにイライラするんだ。私は急いで靴箱へ走り、靴を履き替えると真っ直ぐ駅まで全力疾走して帰ったのだけれど、やはり上鳴君からは一つの連絡も入ってこなかった。やはり、ただの女好きのチャラ男に過ぎないのだと彼に幻滅してしまい、今朝交わした約束のことなんてすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだった。





やっぱり嫌い




「さっちゃんいないね……走って帰っちゃったのかなあ……」

「俺のせいだよなあ……悪ふざけがすぎちまったかも……」

「ちゃんと謝って仲直りした方がいいよ?わたし、さっちゃんにラインしてみるね。」

「んー、今連絡したら逆に怒られそうだしなー……俺は明日また電車降りたら駅で待ってみる。」

「俺は連絡入れた方がいいと思うけどな……」








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