第二種目は騎馬戦だ。経営科のみんなは選手の品定めや売り子で大忙し。私としてはのんびり観戦したいのもあって一人でスタンドを彷徨いていたのだけれど、丁度売り子から飲み物を買っている林檎ちゃんを見かけた。彼女は私に気がつくとあの可愛らしい笑みを振りまいてこちらへやって来た。一緒に観戦しようとのことで、折角だから彼女に連れられて普通科D組のエリアにお邪魔することにした。出場者のチーム決めの間に二人で話をしていると、上鳴君と仲直りができたのかと心配そうに尋ねられた。無事に仲直りしたことを伝えると自分のことのように喜んでくれた。話が終わると同時にチームが決まったようで、私達は目線をステージへと向けた。
「あ、心操くんと猿夫くんが同じチームになってる!」
「面識あったのかしらね。上鳴君は……あら、二位の彼とチームを組んでる……」
「……あれ?」
「どうしたの?」
「……あ、う、ううん、なんでもない!」
林檎ちゃんは意中の彼、尾白君を見つめてぼーっとしていた。心なしか、彼の方もぼーっとしているように見える。さて、上鳴君はどうだろうかと再び彼に目を向けると、丁度活躍の場面だったようで、彼等の騎馬を中心にステージの中央から眩い閃光が放たれた。物凄い放電量だ。この後はマックで見せたようなあの品のないマヌケな顔になってしまうのではなかろうか。
さて、それから5分程経ち、勝敗は決した。上鳴君のチームは見事1位で騎馬戦を勝ち抜いた。しっかり活躍も見せてくれて素晴らしい結果だと思うけれど、私の想像通り、あのマヌケな顔を晒していたことだけが少し残念だった。まぁ、あれも彼の愛嬌か。
騎馬戦が終わったため1時間の休憩だ。林檎ちゃんは顔を真っ赤にしながら大きなバスケットを抱えてちょこちょことスタンドを出て行った。きっと尾白君の元へ向かったのだろう。彼女の素直さと可愛らしさが羨ましい。
……羨ましい?
何が?
またこれだ。よくわからないもやもやした感情。この気持ちがわいてくると何故か上鳴君の顔がチラつく。こんなの、まるで私が彼に……恋をしているようではないか。この私が男性に恋なんて……そんなことは断じてあり得ない。恥ずかしい話、初恋もまだなのだ。確かに彼は良い友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけ。そう、自分に言い聞かせたけれど、一人でいると嫌でも考え込んでしまう。私は同じクラスの友達と合流して、他愛無い雑談を交わしながら食堂へと向かった。
食堂では友達と楽しく昼食をとって、スタンドへ戻るところで上鳴君の姿を見た。彼はあの葡萄男子、峰田といったか、彼とともにA組の女子へ、午後はチアガールの格好で応援合戦に参加するようにと担任から言付かったなどというでまかせを刷り込んでいた。自分はスケベですと言わんばかりのこの愚行……以前なら嫌悪すら感じるであろうに、何故か上鳴君のことだと思うともはや笑えてきさえする。嫌悪や侮蔑ではなく、愉快な意味で。私も変わったものだ。
午後からは個人戦の前に軽いレクリエーションがあった。経営科の私も参加するために友達と一緒にステージに立っていた。借り物競走の列に並んで友達と話しながらどんなものかと見物していたのだけれど、林檎ちゃんも参加していたようで、彼女はすごい速さで借り物カードを取って、顔を真っ赤にしながら周りをキョロキョロと見渡していた。スタンドから身を乗り出した上鳴君が彼女に声をかけて何かを話している。すると、上鳴君が手招きをして尾白君を呼びつけた。途端に彼女はぱあっと明るい笑顔になって、スタンドから降りてきた彼と二人手を繋いで1位でゴールして、一人でこちらへ戻ってきた。
「あっ、さっちゃん!さっちゃんも借り物競走出るんだね!」
「ええ。ところで林檎ちゃん、すごく足速いのね……」
「うん!走るのは結構得意なの!」
「あ、借り物は何だったの?」
「えっ……えへへ、あのね、異性の、す、す、すきなひと、だったの……」
林檎ちゃんは真っ赤な顔を小さな掌で隠して、恥ずかしかった、と呟いている。この可愛らしさ、あの硬派な尾白君が彼女に陥落してしまうのも無理はない。女性の私でも胸にキュンとくるものがある。
さて、何組か走り終わって、次は私の番だ。さっちゃん、頑張れ!と林檎ちゃんが手を振って応援してくれている。スタートの音と同時に勢い良く走り、黄色の借り物カードを手に取りくるりと裏返したところで目が点になってしまった。
【異性の親友】
異性の、親友……彼は、親友と呼べるのだろうか。でも、異性で一番仲が良いのは彼だ。ちらりとスタンドを見上げると、一瞬のことなのに何故かぱちりと目があった。すると、彼はすぐに立ち上がりスタンドを飛び出して、あっという間にステージの私の元まで走って来た。
「なになに?俺、力になれる感じ?」
「あ……えっと、お願いしても良いかしら?」
「もち!っしゃ!早く行こうぜ!」
「あっ!ちょ、ちょっと!」
「うわっ!?」
上鳴君は勢い良く前に出て私の手を握ろうとしてきた。しかし、1メートルどころか50センチの距離すらも侵されてしまい、旋毛のあたりから伸びたアンテナのような毛が勢い良くぐいっと彼に向かって引っ張られた。自覚した時にはもう遅い、私はすっ転んでしまい、彼を押し倒すような形で倒れ込んで、彼を下敷きにしてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、俺は大丈夫!つーか怪我ねぇ?」
「え、ええ…………!?ち、近い!」
「んぶっ!!ッ……かはっ……」
彼の胸からぱっと顔を上げたのだけれど、間近で目と目がぱちりとあったことに驚いてしまい、距離を離すために彼の胸を思い切り叩いてしまった。ラッキースケベの発動直後のために凄い力が発揮されて、彼は肺の辺りを圧迫されてしまったからかごほごほと咳き込んでいる。
「あぁっ!?ご、ごめんなさい!忘れてたわ!い、痛いわよね……あ、頭を上に……」
「……!すー……はー……」
「ごめんなさい、大丈夫?」
「へへ、さっちゃんの膝枕……」
「……きゃっ!」
「あでっ!?」
上鳴君が少しでも息をしやすいようにと膝枕をしたのだけれど、余計な心配だったようだ。彼は私の腰に腕を回して軽く抱きついてきたのだ。驚いた私は突然立ち上がってしまい、彼の頭は再び地面と接着することに。
「突然立つのはナシっしょ!?」
「そ、それだけの元気があれば大丈夫ね!ほ、ほら早く行きましょう!今ならまだ2位よ!」
「あっ!ちょっと待って!」
「嫌よ!あなたが近くにいると個性が発動しちゃうもの!一定の距離をあけて着いて来て!」
「マジかよ……あーあ、尾白のヤツ、羨ましいな……」
上鳴君はわーわーと不満を垂れながらもすぐに立ち上がって追いかけて来てくれた。最後はなんて言ったのか聞こえなかったけれど。結果、私は2位でゴールすることができた。どうやら私と彼はうまく仲直りができたようで、今朝の微妙な空気なんて無かったことになっており、この後も当然のように彼と話を続けたのだった。今はただの友達だけれど、きっとこんな風に仲の良い関係を続けていれば、あのカードに書いてあったような親友と呼ばれる関係になれるのだろう。そう思った私は、今後は自分から彼に話しかけてみようかなと小さく決意したのだった。
異性の親友
「しかし上鳴君が近くにいると個性がよく発動するわ……」
「えぇっ!?さっちゃん、今日のは俺悪くなくね!?」
「あら、私が悪いと?」
「そ、そんなこと言ってないって!え、えっと、運が悪かったんだよ、運!」
「縁起悪い……個人戦の組合せが心配ね。」
「えっ!?運が悪いの俺!?」
「あら、私の運が悪いと?」
「うっ……お、俺です多分!」
「ふふっ……揶揄ってごめんなさいね。個人戦では少しでも運が向いてくるといいわね。」
「わ、笑っ……!?やっぱ美人だな〜……」