最終種目のガチバトルトーナメントが始まる直前、経営科の何人かはパソコンやビデオカメラを取り出して一斉に記録をとる準備をしていた。将来のヒーローを売り出すための戦略を練る材料を集めるいい機会だもの。ちなみに私にとって男性の中では一番仲の良い親友の晴れ舞台は3戦目らしい。頑張ると意気込んでいたし、動画くらい撮っておくかとスマホを操作しているとプレゼントマイク先生の大きな声がキーンと響いた。試合が始まったようだ。
1戦目は普通科の心操君とヒーロー科の緑谷君のバトルだった。普通科の彼が一体どう戦うのかずっと気になっていた私は食い入るようにステージを眺めた。名の通り、心を操る洗脳の個性を利用して上手く立ち回ろうとしていたけれど、緑谷君は何故か自らの力で洗脳を解除していた。それから体術で心操君を打ち負かした。この戦いでは心操君の評価が鰻登りで、私も純粋に彼に敬意と憧れを持った。
2戦目はここまでずっと優秀な成績で勝ち上がってきたヒーロー科の轟君と、上鳴君と仲の良いヒーロー科の瀬呂君のバトルだった。瀬呂君は素敵な個性を活かして轟君を場外へ投げ出そうとしていたけれど、轟君の出した大きな氷塊に飲まれて行動不能となってしまった。なんて圧倒的な力。いくらヒーローといっても、ここまで圧倒的だと少しばかり恐怖を覚えるのが本音だった。
さて、お待ちかねの3戦目。スマホの画面をステージの真ん中に立つ上鳴君と潮崎さんがよく映るよう固定した。準備は万全だ、と意気込んだものの、あっと言う間に彼は敗北した。本当にあっと言う間で、プレゼントマイク先生も瞬殺、と二度と叫んだ程。開始直後に塩崎さんにチャラチャラ話しかけているのも見ていたために、すぐにやられた時は正直いい気味だなんて思ってしまった。どうしてこんなことを思ったのか、考えたってわからないけれど……
結局、選手宣誓を担ったあの非常識そうな男子生徒の優勝で幕を閉じた。所謂フラグ回収というやつだ。無事に閉会式も終えて、みんなとわいわい話しながらゆっくり教室へ戻った。話題はやっぱり経営科らしいものばかりだったけれど、少し離れたところから彼の名前が飛び出したのを私は聞き逃さなかった。
「……わかる〜!確か上鳴電気くんだよね!」
「ヒーロー科で軽薄そうな人って珍しいもんね〜、でも腐っても雄英、将来は安定してそうだよねー。」
「けどさー、上鳴くんって不誠実っていうか、スキャンダルとか多そうだよね、浮気とか不倫とか〜……」
「あ、わかる〜、でも彼くらいイケメンだったら遊ばれてもいいかも、なーんて……」
なんだか胃の中がかっと熱くなった。確かに上鳴君は外見も中身もチャラチャラしてる部分はあるけれど、決して人の気持ちを弄ぶような人じゃない。この1ヶ月弱、付き合いは短いかもしれないけれど、私は彼という人間を見てきたのだ。少なくとも彼女達よりは彼の人柄をよく知っているはずだ。気がつけば私は彼女達の前に立っていた。目の前には三人の女の子。きょとんとした顔で怪訝そうな顔をしている。
「貴女達……上鳴君のこと、そんな風に言うのはやめてくれる?」
「えっ?」
「あ、あんた誰よ……」
「彼の……友達よ。」
「いや、ウチら悪口言ってたわけじゃ……」
「腐っても、とか、不誠実とか、遊ばれてもいい、とか……そう、悪口じゃなかったのね。私は友達をバカにされてるような気がして不愉快だったけれど……解釈違いだったのなら謝るわ。ごめんなさいね。」
私が冷たくぴしゃりと言い放ったからか、三人はバツが悪そうにそそくさと逃げて行った。なんだか私も居心地が悪くなって、直ぐにJ組の仲間達のところへ戻った。どうやら私が彼女達に啖呵を切っていたのを見られていたようで、姫尋さんかっこよかった!ヒーローみたい!だなんて持て囃されてしまった。
長い長いホームルームを終えて、制服に着替えた私は薄手のカーディガンを羽織り、腰まで位置を下げたリュックを背負って教室を出た。J組のホームルームが長かったためか、他のクラスの人はもうほとんど残っていない。明日と明後日は振替休日だと言われたし、みんな休むなり遊ぶなりの計画があるのだろうけれど私は特に予定もない。何をしようか考えながらゆっくり帰ろうと校舎を出たところで、正門のところでこちらに手を振る人がいることに気がついた。あの金髪、上鳴君だ。早足で近づいて、およそ1メートルと少し距離をとったところで私は足を止めた。
「さっちゃん、遅いよ!俺、待ちくたびれちゃった!」
「……一緒に帰る約束してたかしら?」
「いや、俺が待ってただけ!」
「何か用事?」
「えっ!?ひっでー!デートしてくれんじゃなかったの!?」
「それ、頑張ったらの話だったわよね。」
「……えっ!?えぇっ!?俺、個人戦まで残ったよね!?頑張ったじゃん!マジ!?」
上鳴君は両手を頭に当てて俯いてぶつぶつと何か言っている。塩崎さんに瞬殺されておきながら何を言ってるんだ、と思ったのも事実だけれど、確かに個人戦まで残れたのは立派なことだ。約束は果たすべきだろう。
「冗談よ。そうね、明日か明後日なら予定がないからいいわ。デートしましょ?」
「……えっ!?ま、ま、マジで!?いいの!?」
「約束だもの。いいわよ。」
「やったー!!さっちゃんサイコー!!って、うわっ!!」
「どさくさに紛れて近寄らないでくれるかしら。」
「あ、相変わらず手厳しい……」
彼が突然大きく一歩踏み出したものだから、私は鞄からさっと定規を取り出して前に突き出した。彼は頬をひくひくさせながらへらりと笑っていた。不覚にも可愛い笑顔だなと感じてしまったのは私だけの秘密にしておこう。言ったところで調子に乗るか、男性に向かって可愛いとは何事だとお叱りを受けるに決まっているもの。
帰り道は二人で並んで歩いて帰った。並んでとは言うものの真横ではない。人二人分、ぽっかり隙間が空いている。なんだかんだあるけれど彼はこのおよそ1メートルの安全な距離を保つことに努めてくれる。やっぱり、良い人、なんだろう。多分。
距離を空けてはいるけれど会話は結構盛り上がっている。どうやら彼は埼玉県から電車を乗り継いで通学しているらしい。谷便第一中学校という男女共学の中学校出身らしいけれど、男女共学の生活なんて全く想像がつかない。保健の授業とか、体育とか、着替えとか、身体測定とか、担任の先生の性別とか、男女の距離とか……とにかく色々と困ることが沢山あるだろう。
「……ってば!さっちゃん!聞いてる?」
「……あっ、ごめんなさい、ちゃんと聞いてるわ。」
「んじゃ、明後日11時にマック集合ね?」
「ええ、楽しみにしてるわね。」
楽しみにしている……自然と口から出た言葉に少しあれっ?と感じてしまったのは私だけじゃないようで、上鳴君はぽかんとした表情だ。しかも足まで止まってしまっている。けど、個性を使い過ぎた時のような間抜けな顔ではない。どうしたの?と声をかけると、ぼーっとしたまま話し始めた。
「……さっちゃんってやっぱ美人だよな……」
「突然何?おだてても何も出ないけど……」
「いや、そんなんじゃなくて……」
「じゃあ何なのよ……」
「ん?普通に?いや、普通っつーか、そのままの意味?」
「……褒め言葉として受け取っておくわ。」
まじまじと見つめられると流石に照れてしまうというか、なんだか顔が熱くなってぷいっと目を逸らしてしまった。まるで林檎ちゃんのような反応だ。彼女も尾白君を見……
…………彼女、も?
ここで、自分の中で時折存在感を放つ、ある感情に対して1つの仮説が浮上した。
いや、その片鱗は多々見られただろうに、私が決して頑なに気付こうとしなかっただけなのだ。
「あ、俺快速じゃ停まらないから次の電車で帰るわ。んじゃ、さっちゃん、また明後日……」
「…………ないわ。」
「えっ?」
「認めないわ!私、まだ認めないからね!」
「えっ!?どういうこと!?」
「さよなら!」
「あ、ちょっと!?あー……明後日11時なー!!」
自分の中に存在しているこの感情の名前なんてもうとっくに気がついている。けれど、どうしても素直になれない私は逃げるように彼の前から走り去って、やってきた快速電車に素早く乗り込んでしまったのだった。
まだ、認めない
「認められるわけ、ないじゃない……あんな、あんなスケベな人……私の個性がもたない……ああ、もう、こんなこと考えてる時点で認めてるようなものなのに……」
心の中でぶつぶつ独り言を呟きながら、ちらっとスマホを覗き見ると林檎ちゃんからメッセージが入っていた。何だろう、とアプリを開いてその文面を確認すると、明後日のデート頑張ってね!というもので。はっと気がついた時には時既に遅しというやつで。明後日どんな顔で彼に会えばいいのやらと、しばらく顔の火照りは冷めることがなかった。