好きって言って



「はぁ……」

「おっ、尾白、おはよ!朝から溜息ついてどしたん?悩み事か?」

「おはよう上鳴。うーん、悩みってほどじゃないんだけど……」

「オイラ見てたぞ!彼女とラブラブ登校してたくせに!溜息なんかついてんなよこのヤロー!」

「別にラブラブはしてないけど……」

「あー……例の『好きって言ってくれない彼女ちゃん』か。」


俺は毎朝彼女である統司 真と登校している。まだ付き合い始めてそんなに長くはないけれど、彼女に部活がある日は一緒に帰ることもあるし、何度か遊びに行ったり一緒に課題をしたこともあって、関係は良好。彼女はとても可愛い子で、もちろん性格もとびきり良い子だしなんの不満もない。ただ、上鳴が言った『好きって言ってくれない』、この一点を除いて。


「真、付き合ってから一度も俺に好きって言ってくれたことないんだよね...」

「話聞いた限りだと好きでもないような男と付き合うような子には思えねぇけどなぁ。」

「彼女がいるだけマシだろ!!贅沢な悩みだぞこのヤロー!」


普段の真は控えめだけど明るく元気で、しかしかなり恥ずかしがり屋な面も持つ、本当に誰が見ても可愛いと思われる子だ。それから、自分というものをしっかり持っていて誠実で真面目で……上鳴の言う通り、好きでもないような男と付き合うような子ではないだろう。だけど、やっぱり好きな女の子から『好き』と言ってもらえないのは不安になってしまうし、自分に自信がなくなってしまう。


「どっちから告白して付き合ったんだ?」

「俺だよ。初めて見た時からキミが好きだ、俺と付き合ってほしい、って。」

「返事は?」

「わたしでよければ、って。」

「なるほどなぁ。確かに『好き』とは言われてないよなぁ。」

「そんなに気になるなら本人に聞いてみろよ!クソォ!リア充爆発しろ!」


本人に聞く。もちろん試したに決まってる。彼女はもじもじとしどろもどろになりなってしまい、再三俺のこと好き?と聞いたら、林檎みたいに真っ赤になった顔を首が取れるんじゃないかってくらい大きく縦に振っていたのを覚えている。あの反応を見れば誰だって彼女が自分を本当に好いてくれていることはよくわかる。だけど贅沢な望みではあるものの、やっぱり『好き』という言葉が欲しい。


「そういえば、俺よく話は聞くけど実際に尾白の彼女ちゃん見たことなくね?」

「確かに……真といる時に上鳴と会ったことないよな。」

「マジかよ!今朝見たけど尾白の彼女、スッゲー可愛いぞ!尾白には勿体無ェくらい!」

「し、失礼だな……いや、まぁ確かに勿体無いくらい可愛い子だけど……」

「へぇ〜、そりゃちょっと気になるなぁ。んじゃ、尾白の悩みを解決するためにもその子の人柄とか知りてぇし?昼にでも会わせてくんね?」

「D組だな!オイラも行きてーけど日直だから行けねーや!上鳴、あとは頼む!」


上鳴はとても友達思いで良いやつだ。峰田も口では爆発しろだのなんだの言うけど決して悪いやつじゃない。二人とも俺の話を聞いてくれて、あーすればこーすればとアドバイスをくれたけど、どれもパッとしなくて。結局、真の人柄を知ってみて作戦を立てようってことになって、昼休みに上鳴とD組の教室に行くことになった。





食堂で早めに昼食を済ませて、上鳴と二人でD組の教室へ。教室の廊下側一番後ろの席に上鳴と同中の男子がいて、上鳴を見るなり、おーっす、チャラ鳴、元気かー?と声をかけてきた。


「おっ、久々じゃん!つーかチャラ鳴はやめろよな!」

「わりーわりー!でも普通科に来んの珍しいな、何か用事でもあんの?」

「いやー、友達の彼女ちゃんを見に来たんだよ、真ちゃんって子なんだけど……」

「……統司さんに彼氏!?わー……男子のダメージヤバそうだな……あ、統司さんなら、あの3人組の一番小さい子だよ。こっちに背を向けてる子ね。」


やはり誰から見ても真が可愛いというのは今の彼の反応で良くわかった。さて、当の本人は友達と楽しそうに話しながらお弁当をつついていた。せっかく友達と楽しい時間を過ごしているのに声をかけるのは野暮ではないかと思い、近付こうとする上鳴を制止した。


「声はかけなくてもいいんじゃない?」

「まぁ、確かに。自然な様子を知りたいしなー。ちょっとここから見とくか。」


上鳴の友達と三人でお互いのクラスのことや中学の時の上鳴のことを話しつつ、俺達は真達の話に耳を傾けていた。どうやら校内で誰がかっこいいかという話で真の正面にいる二人の女子が盛り上がっているようだ。


「やっぱりA組の轟くんじゃない?クールなイケメン!最高よねー!」

「A組といえば飯田くんも素敵よ!この前、荷物運ぶの手伝ってくれたし親切な人って良いよね〜。」

「えー!轟くんの方がイケメンじゃん!真はどう思う?」

「えっと、う、うん、二人とも、かっこいいよねえ。」


自分の彼女が他の男をかっこいいと言っているのが悔しくないはずがない。俺は彼女に相応しくないんじゃないか、やっぱり彼女は優しいから俺と一緒にいてくれてるだけなんじゃないのか、そんな不安に襲われる。しかし、その不安はすぐに解消されることになった。


「で、でも、わたし……」

「はいはい、いつもの『猿夫くん』でしょー?」

「う、うん!そう!猿夫くんが、絶対いちばんかっこいいよ!」



「おい、尾白!聞いたか今の!」


……?俺の聞き間違いか?上鳴が小声で何が言ってくれているけれど全然頭に入らない。顔と尻尾が熱くなってきたような気がする。


「本人に言ってあげなよ!」

「む、む、無理だよお!かっこよすぎて、いつも何話したらいいかわからなくなっちゃうもん!でも、わたしこんななのに猿夫くん全然怒らないし、いつもニコニコしてて優しくてね、強くて、それからね……」

「はいはい!もー毎日聞いてるから!」

「えへへ……恥ずかしい……」

「よく言うわ……」


聞き間違いじゃない。彼女が自分のことをそんな風に思ってくれてたことが嬉しくて、だけど、恥ずかしくもあって、尻尾の先まで熱が集まっていくのがわかる。


「……あんたってさ、本当に彼氏くんのこと大好きだよね。」

「うん、だいすき!早く明日にならないかなあ、猿夫くんに会いたいなあ……今日は朝しか会えない日だから寂しくて……」

「……その噂の猿夫くんって、尻尾があるんだっけ?もしかして、あっちにいる赤い尻尾の子?」

「えっ?猿夫くんは白い尻尾の……………」


彼女はゆっくりこちらを振り向き、丸くて大きい綺麗な目をさらに大きく見開いてぱちぱちと瞬きをすると、林檎のような真っ赤な顔になって固まった。そしてちょっと間を開けて、ハッと我に返ったようでガタッと音を立てて勢いよく立ち上がった。


「ま、ままま、猿夫くん!?なんで!?どうして!?いつから!?い、いい、今の、聞いて……!?」

「あ、えっと、うん。聞こえちゃった。」


すると女子達は俺に彼女をぐいぐいと押し付けてきて、あとはおふたりでごゆっくりー、なんて。上鳴の方を見ると、自分は久々の友達と次の遊びの予定立てるからーって、結局ふたりきりにされてしまい、この際だからもう一度聞いてみることにした。


「あのさ、前から聞きたかったんだけど。」

「ひゃ、ひゃい!なんでしょう!?」


林檎っ面で視線をきょろきょろ泳がせて慌てる彼女がとても可愛い。ちょっぴり意地悪したくもなってしまうけれど、困らせるようなことはしたくない。


「俺も、真のこと、大好きだよ。いつも笑顔でそばにいてくれて嬉しいな。」

「えっ、あっ、ありがとう…!わたしも、嬉しい!えへへ……」

「俺、真から好きって言ってもらえたらもっと嬉しいんだけどな……」

「えっ、えっと、えっと……」

「ね、俺のこと、好き?」

「あ、あぅ……う、うん……」

「好き?」

「ん……」


彼女は一度深呼吸をして、泳がせていた視線をまっすぐ俺に向けて林檎のような真っ赤な顔を綻ばせた。彼女は今まで見た中でも一番可愛い笑顔で俺の贅沢な望みを叶えてくれたのだった。


「猿夫くんのこと、出会った時からずーっと、いちばん、だいすきだよ!」





好きって言って




「ところで上鳴の友達って赤い尻尾なのに尾白って名前なの?」

「普段は白いんだけどなー。照れてんじゃね?」

「わかりやすくていいねー。」






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