キミの世界から
僕が消えた日



人と人との関係が拗れるきっかけなんて人それぞれで。まさか自分と真が喧嘩……というよりはただ単に気まずいだけなのだが。原因は3日前に遡る。





***



ちりんちりん。


いつものようにふたりで登校していると背後から危険を知らせるベルの音。後ろを向くと自転車が結構近くまで迫ってきていて、真に当たるかもしれないと思った俺は彼女の腕を引っ張ろうとしたのだけど。


「真、自転車来てる。」

「えっ?きゃっ!」


ぶちっ。


「「あっ」」


真が立ち止まって向きを変えてしまったものだから、俺は彼女の腕ではなく鞄についたサルのマスコットを思い切り引っ張ってしまった。そしてぶちっと音を立てて首の部分で千切れて、首に結んであった黄色いリボンと鈴がぽとりと落ちた。自転車は誰に当たることもなく通り過ぎて行き、シーンとした空気がただただ痛い。


「真!ご、ごめん!」

「…………」

「本当にごめん!」

「……あ、ご、ごめんね!大丈夫!大丈夫、だから……」


震えた声で大丈夫と言われても全く説得力はなく。落ちたリボンと鈴を拾い上げた手は震えていて、恐る恐る顔を見ると大きな目には涙が溜まってた。さらに、まずいと思って口から出た贖罪の言葉は彼女をより一層傷つけることになってしまったようで。


「俺、同じもの買って返すから!本当ごめん!」

「…………ごめんなさい。しばらく、1人にして……」


真は涙をぽろぽろこぼしながら学校へと走り去ってしまった。やってしまった。彼女の大切なものを壊してしまった挙句、傷つけて泣かせてしまうなんて。今日ほど自分を愚かだと思ったことはない。今すぐにでも追いかけて謝りたいけれど、1人にして、と言われたので彼女の方から連絡をくれるまで大人しく待つことを決め、重い足取りで学校へ向かった。





***



「はぁ…………」

「まーた溜息ついてら。また真ちゃん絡みか?」

「……もう3日会ってない。」

「は?マジかよ!別れたのか?」

「ち、違う!……と、思う。」

「まぁ、話してみろよ。」

「実は…………」


というわけで、3日前のことを上鳴に話した。上鳴曰くやはり俺の贖罪の言葉が彼女をひどく傷つけたのは間違いないだろうとのこと。彼女にとって、思い出の詰まったあのマスコットは世界にたった一つのもので、同じものなんて存在しない。それを買って返すなんて言われてしまったことで彼女の心は深く傷ついてしまったのだろう。今はただ待つことしかできないのがただただ歯痒いけれど、こちらから出向いてまた彼女が傷つくくらいなら、と思えば今の距離に落ち着くしかない。


「待つしかないよなぁ……」

「俺もそう思う。」

「俺も。」

「オイラも。」

「私も!」

「だよね……って砂藤、峰田、葉隠さん!いつの間に……」


気づけば俺と上鳴の席の周りに3人が立っていた。どうやら俺の話を聞いていたようだが、峰田ですら茶化してくる様子がないのが事の深刻さを表しているような気がして胃がキリキリする。けれどもこうして心配してくれて一緒に考えてくれる友人に恵まれていることはありがたく、少し気持ちが落ち着いたような気もする。しかし、突然ガラッと大きな音を立てて教室前方のドアが開いたことで俺の身体はビクッと跳ねた。


「真の彼氏君どこ!?来てる!?」


そこには真の親友のうちの1人が立っていた。背が高いショートヘアの女子で、確か轟のファンだったか。ドアの近くの席に座ってる俺に気づくと、ちょっと来て!と言って物凄い力で腕を引っ張ってきた。真を泣かせたことを知って俺を叱りに来たのだろうか。


「もしかして、3日前のこと?」

「無駄話してる暇はないの!いーから来る!ほら!」

「うわっ!せ、せめて用件を……」

「あーもー!真が頭打って気絶した!ほら!わかったらすぐ保健室行く!」

「真が!?それ早く言って!」


俺は真の親友を置いて教室を飛び出した。後ろから上鳴と砂藤が、俺たちも、と言っているのが聞こえたが、立ち止まる余裕などなく俺は保健室まで全力で走った。


「真!大丈夫!?」


保健室のドアを開けると真は頭に包帯を巻いてボーッとした様子でベッドで身体を起こしていた。ひとまず意識があることにほっとしたが、こちらを一瞥しただけですぐに下を向かれてしまったことに胸がズキンと痛む。するとベッドのそばで椅子に腰掛けていたいつか見た気がする男子生徒ともう1人の親友の女子生徒が立ち上がった。


「ごめん!俺が統司さんにボールぶつけちゃって……」

「ごめんなさい、真ちゃん、私を庇って……」


2人は俺に頭を下げるが、ケガをした真ではなく俺に頭を下げる理由がわからない。遅れてショートヘアの女子と上鳴と砂藤が入ってきて、次々に真に声をかけるが、俺の時とは違って、上鳴くん、師匠、といつもの可愛らしい声で彼らの名前を口にした。そして彼女の美しい瞳に俺の顔が映った時、その可愛らしい声で、まるで俺への罰だと言わんばかりの酷烈な言葉を紡いだのだった。





「この尻尾のひと、だれ?」





キミの世界から僕が消えた日




「…………ッ!!」

「あ、おい!待てよ!わりぃ、砂藤、ここ任せた!」

「……あの人、だれ?」

「本当にわかんねーのか?」

「うん、はじめましてだと思うの。」

「そ、そうか…………」








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