何度でもキミに
恋をする



雄英は国立高校だが授業は週6日制、だから今日が土曜日でもヒーロー科は6限、他学科は4限まで授業がある。結局昨日はあまり眠れず、今日も眠い目を擦りながら登校した。もちろん隣に真はいない。


A組の教室に入って真っ先に目を遣ったのは俺の後ろの上鳴の席。まだ来てないな、と思った矢先に後ろから肩をとんとんと叩かれた。振り向くといつもの様にへらりとした笑顔を浮かべている上鳴がいた。


「上鳴!昨日休んでたけどもう大丈夫なのか?」

「おう!つーかさあ、俺なんかのことよりもっと気にすることあんだろ?」

「……真のこと?」

「おう、まだホームルームまで時間あるし、ちょっと付き合えよ。」

「わかった。」


こうして俺と上鳴は前後の席に着き、荷物を素早く整理して向き合って話をはじめた。俺が昨日あの3人から聞いた話を簡潔に伝えると、上鳴は昨日なぜ休んでいたのかを話してくれた。彼は真の家へ行っていたらしい。





***



「それで、上鳴くん、お話って?」

「……真ちゃんに渡さなきゃなんねーもんがある。」

「わたしに……?」

「これ、見覚えない?」

「わたしの……バレッタ……」


上鳴が真に渡したものは俺が彼女にプレゼントした林檎の髪留めだった。実は真が記憶を失くした日に上鳴が外で拾っていたらしい。俺に伝えなかったのは、真が不意に落としたのか、あるいは例のサッカー部の彼が意図的に捨てたのかを確定してからにしようと思ったからだとか。どうやら上鳴はサッカー部の彼の想いに気がついていたようだ。


「そう、これ、これをずっと探していたの。」

「そうなの?」

「うん、鏡を見るたび、ここに何かが足りないような気がして……」


彼女は側頭部を軽くおさえながら考え込むような仕草をとって、大きな目を上鳴に向けてこう尋ねた。


「ねえ、上鳴くん、これをくれたのはあなた?」

「……俺じゃないよ。」

「うん、そうだね。じゃあ誰?あなたが知ってるひと?」

「……それは、答えは、自分で見つけてほしい。俺が教えたんじゃ、意味がない。」

「……うん、わかった。これ、届けてくれて本当にありが…………あれ?」

「真ちゃん?」

「やだ……涙……なんで……」





***



「……っつーわけ。あ、あとそのために学校休んだわけじゃないぞ!実は寝坊して起きたら朝10時過ぎてた!」


上鳴は頭をかきながらへらりと笑っていた。本当に寝坊をしたのかどうかは怪しいが、ひとまず真を送り届けてくれた件と髪留めの件について改めてお礼を伝えると、礼は真と仲直りしていつものラブラブっぷりを見せつけてくれ、とのこと。本当に頭が上がらない。ちなみに彼によると真は元気そうではあったが、今日も休んでいるとのことだった。


上鳴の話を聞けたのは良かったものの、結局俺がどうするのかは定まらなかった。真が自分から思い出してくれるまで待つ方がいいのか、それとも俺の方から彼女に近づいてもいいのかがわからない。上鳴も一緒に頭を捻ってくれているが答えは一向に出ない。なんとなく俺と上鳴の様子を見て真絡みだと察したのか、砂藤、峰田、葉隠さんも声をかけてくれた。軽く内容を話したけどやはり彼らも頭を捻ってくれるものの答えは出ず。


どうしたもんかと溜息を吐いたら突然誰かに胸ぐらを掴まれた。こんなことをするのはもちろんあいつ、爆豪勝己だ。


「おい!!尻尾!!てめェ、毎日毎日溜息吐いてンじゃねェ!!ジメジメした空気出されっと俺の爆破の勢いが湿気るだろーが!!」

「そ、それは悪かった。ごめん。」

「ごめんじゃねェ!!!」


一体どうしろと言うのか。というか何故俺は爆豪に絡まれているのか。助けを求めるかのように上鳴達を見ても彼らは困ったような顔でこちらを見ているだけで。再び爆豪に目を向けると、彼はいつも緑谷に向けるような敵意溢れる表情ではなく軽くしかめっ面で、言い方はぶっきらぼうではあるが、意外な激励の言葉を口にした。


「……俺ァ、てめェの女とてめェの間に何があったかなんざ興味はねェ。」

「あ、あぁ……」

「だが、これだけは言っておく。てめェがやってンのはただの逃げだ!!一度首突っ込んだなら責任持って最後まで守り殺せや!!」

「爆豪……ありがとう。」

「オラ!!湿気るつってんだろが!!わーったら早よ行け!!」


そう言って爆豪は俺の荷物を乱暴に俺の鞄に詰めて廊下に放って、俺を廊下に蹴り出した。すると、上鳴がドアから顔を出してちょいちょいと手招きをして来た。


「先生には体調不良っつっとく。授業の内容も俺と峰田、葉隠、砂藤でなんとかしてやっからお前は気にせず真ちゃんのとこ行ってこい!」

「……ありがとう!」

「おう!次は2人揃って来いよ!」


上鳴と軽く拳を突き合わせてから俺は鞄を肩にかけて走り出した。向かう先は真の家。


真の家に着いて呼び鈴を鳴らしたけど誰も出なかった。真が行きそうなところといえば学校、あとはあのお気に入りの店や本屋のある通りとあの公園くらいしか思いつかない。学校からここに来るまでには見かけなかった、ということはあの通りにいる。確証はないけどなんとなくそう思った俺は向きを変えてまた全力で走り出した。


思った通り、彼女はこの通りにいた。頭には林檎の髪留めがあって、何やら考え込んだ様子で歩道橋の上を歩いていた。とりあえずこちら側に降りて来たら声をかけようと思って待っていたが、先日壊れたという手摺りが入れ替えのためすべて外されており、下り階段に差し掛かったところで彼女は突然バランスを崩した。


「ひゃわああああ!!」


考えるよりも先に身体は動いていて。落ちてきた彼女を決して落とさないよう両腕でしっかり受け止めた、いわゆるお姫様抱っこで。彼女を見ると大きな目をぱちぱちさせて俺の顔を凝視している。これはまるであの木から落ちてきたときの様で。


「大丈夫?どこか痛くない?」

「…………こ、こ、怖かったよお〜!!」


彼女は綺麗な目から大粒の涙をぼろぼろとこぼした。その涙が宝石の様にキラキラして泣き顔までも綺麗だと感じてしまって彼女に見惚れてしまう、これもあの日と全く同じで。


彼女はありがとう、と言って俺の腕からそっと離れようとしたけど、俺は彼女を姫抱きにしたまま立ち上がった。あの日と違って彼女が俺から離れようとするのを許さなかった。


「あの、えっと……おじろ、くん?」

「そのまま動かないでね。走るから。」

「えっ………きゃっ!」


真が林檎の様な真っ赤な顔で俺の顔を覗き込んできたけど、もう俺に余裕なんて全くなくて。俺が彼女を抱えて走ってる間に彼女が俺の首に腕を回して来た時には、彼女の世界から俺が消えた日に鼻腔を擽ったあの甘くて優しい香りがあの日よりも確かに強く香ったのを感じた。


きっと俺は、林檎の様に真っ赤な可愛い顔をした、丸くて大きい綺麗な目を、そして、誰よりも優しく美しい心を持ったキミに何度だって恋に落ちてしまうのだろう、なんてキザったらしいことを思いながらあの公園を目指して走った。





何度でもキミに恋をする




わたし、前にもこんなふうに救けてもらった気がする…………尻尾の……ヒーロー……?






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