キミの世界に僕が帰ってきた日



きっと何度でも恋に落ちるのだろう。記憶を失っていようとも、世界にたった1人しかいない運命の人に。俺はこの林檎の様に真っ赤な可愛い顔をした、丸くて大きい綺麗な瞳を、そして、誰よりも優しく美しい心を持った少女に。





公園に着いて、大きな木の下で真を降ろした。途端に彼女はこの木を見上げて瞳を潤ませながら呟き始めた。


「わたし……前にもここで……救けてもらった……尻尾の、ヒーローに……それから、わたし、ずっとあのひとのこと探して……」


俺は彼女の頭から林檎の髪留めを外し、あの日と同じようにそっと彼女の掌に置いた。彼女が瞳を大きく見開いたとき、溜まっていた涙がぽろっとこぼれ落ちた。彼女はそのまま俺を見上げた。丸くて大きい綺麗な瞳に映っているのは俺の姿だけ。あの日と同様、俺は一度深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して、意を決して口を開いた。


「初めて……初めて、キミを見た時から、キミのことが好きだ。……たとえキミが俺のことを忘れてしまったとしても、俺がキミのことを忘れてしまったとしても、何度でもキミに、キミだけに、恋に落ちるよ。」

「……まし……ら……お……くん……」

「真。」

「ましら、お、くん。」

「……真。」

「……猿夫くんっ!!」

「うわっ!」

「ご、ご、ご、ごめんなさい!!わ、わた、わたし、う、うう、うわあああああああん!!!」


俺のことを思い出してくれたのだろう、真は俺の名前を叫んで思いっきり飛びついて来た。突然の衝撃に体勢を崩して尻餅をついてしまったが彼女の小さな身体はしっかりと抱き留めた。彼女は俺の腕の中で子どものように泣きじゃくった。何度も何度もごめんなさいと口にしながら。


「真、大丈夫、大丈夫だから。」

「ごめっ、なさっ、わた、わたし、ま、猿夫くんのことっ、わす、忘れ、き、傷つけ……」

「もう、いいから。ね、ほら、目開けて。こっち、見て。」

「うっ、ぐすっ、うう……」


真を俺の前にぺたんと座らせると、彼女は真っ赤な瞳を出来る限り大きく開いて俺の目を見てくれた。彼女と目を合わせて、もう一度好きだと伝えると彼女の瞳から大粒の涙が更に溢れぼろぼろとこぼれ落ちて、俺も自分の目から涙が溢れ出てくるのがわかった。もう俺達に言葉は要らなかった。涙が流れるのもそのままに俺達はどちらからともなくそっと唇を重ねた。初めてのキスはレモンの味なんかじゃなくてしょっぱい涙の味だった。


唇を離すと困ったような照れたような表情の真がいて、小さく手を動かしたかと思うと、人差し指で1を指していた。もう一回、ということだろうか。お安い御用だ、ともう一度唇を重ねた。ちゅっと心地よいリップ音とともに唇を離すと、今度は真から唇を重ねてきた。再び、ちゅっと音がする。そしてまたどちらからともなく唇を重ねる。それは何度も繰り返された。何度も、何度も何度も。





どのくらいこうしていただろうか。気付けばお互い涙は止まっていて、俺は真を膝に乗せて、離れていた時間を埋めるように尻尾と腕を使って彼女の小さな身体をギュッと抱きしめていた。彼女も俺の首に腕を回してくれていたけれど、突然ハッとしたように、ここお外だよ!と慌て出したので、名残惜しいけど彼女の身体を解放した。


「猿夫くん、あのね、たくさん傷つけてごめ……んむっ。」


この期に及んで真が謝ろうとするもんだから尻尾で口を塞いでやった。尻尾の毛が擽ったかったのか、彼女は目を細めて少しだけ笑ってくれた。


「謝らないで。何も悪いことされてないから。それより、俺の方こそごめんよ。」

「えっ、な、何が?」

「真のマスコット、壊しちゃったこととか、大事な時に側にいてやれなかったこととか、守ってやれなくて、色々……」

「う、ううん!そんなことない!猿夫くんは、いつだってわたしの王子様で……わたしのヒーローだよ!昔からずっと!」

「……昔から?」

「あっ、えっと、こ、こっちの話!気にしないで!」


真はいつものように林檎の如く真っ赤に染まった頬に両手を当てた。なんだかとても気になることを言われたような気がするけど、ひとまず今は彼女の記憶が戻った喜びを噛み締めることにした。けれども、真は突然何かに気がついた様に声を上げた。


「あっ……」

「ん?どうしたの?」

「猿夫くん!なんでここにいるの!?学校は!?」

「あー……うん、まぁ、色々あって。」

「だ、だ、だめだよ!ヒーロー科はただでさえ授業も多くて大変なのに!」


林檎の様に赤く染まっていた頬はいつの間にかいつもの雪の様な白い肌に戻っていた。少し膨らんだ頬が愛らしくて、思わずつつきたくなるがここはふざけていい場面じゃない気がする。


「……ぐうの音も出ません。」

「は、早く学校行かなきゃ!わ、わたしも学校行こうと思って制服着てたのに!」

「あれ?今日休みって上鳴から聞いてたよ?」

「えっ、わたし朝病院に寄って、途中から行くって昨日……」

「…………あいつら。」

「えっ?えっ?どういうこと?」

「真は知らなくていいよ……」


なんてことだ。まんまと一杯食わされた、とはまさにこのことか。上鳴のやつ、全部わかってたのか。





***



「爆豪、無茶な頼みして悪かった。あんがとな。」

「ケッ!毎度毎度溜息吐かれンのもドアんとこにモブが集まンのも目障りだっただけだ!勘違いすんな!!」

「そう言うなって〜。帰りに駅前の店で激辛坦々うどん奢ってやっからさ!」

「…………大盛り。」

「おう!任せとけ!……尾白、うまくやれよ。」





***



「猿夫くん……?」

「いや、なんでもないよ。……今からだと3限から出席する方がいいかな。」

「そうそう、ちゃんと学校は行かなきゃだめだよ〜。」

「……昨日上鳴休んでたんだけど。」


そうだ、まさか上鳴は俺たちのために昨日1日授業を無駄にしてしまったのではないないだろうか。そうだとしたら本当に申し訳ないどころじゃない。けれどもそれは杞憂に終わった。


「上鳴くん、最初は寝坊したって言ってたんだけど、本当はジローってひとから借りた限定物のCD割っちゃって行きづらいって言ってたよ。」

「あいつらしいっちゃあいつらしいけど……」

「実は私も持ってて、間違えて2枚買っちゃってたから1枚あげたんだけど、神様仏様真様〜!なんて言われて笑っちゃったよ!」

「だから今日はあんな早く来てたのか……」


友達のおかしな行動にふたりしてぷっと吹き出して笑い合った。それから真の頭に髪留めを付けてあげて、手を繋いで学校まで行って、お互い何事もなかったかの様に自分のクラスの授業に出席したのだった。





キミの世界に僕が帰ってきた日




「おい、尾白!どうだった?」

「ん、もう大丈夫。上鳴も爆豪も、峰田、砂藤、葉隠さんもありがとう!」

「ケッ!興味ねェわ!」

「クソォ!また朝から見せつけられる地獄の毎日が始まるのかよォ!!」

「峰田よォ、地獄は失礼だろ……」

「尾白くん、良かったねー!」



***



「真、あんた大丈夫なの!?今日来ないと、思って……」

「真ちゃん、それ……」

「へへ、猿夫くんに付けてもらったんだ!」

「猿夫くん、ってあんた……!良かった!!」

「真ちゃん……良かったね!」

「うん!2人とも、ありがとう!」


ずっと忘れてたと思ってたあの黄色いリボンと鈴のことも思い出しちゃった。


えへへ……あの時のヒーローくんは猿夫くんだったんだ……






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