今日は日曜日で学校は休み。俺と真は一緒に宿題をしようということで、いつもは図書館や学校に行くのだけれど、今日は真の希望で彼女の部屋で宿題をすることになった。今この家には俺と真のふたりきり。お互い宿題はそんなに多くなくてすぐに終わってしまい、何処かへ遊びにでも行こうかと誘うつもりだったのだが、今、俺と彼女はベッドの上に座っている。
ちゅっちゅっ……
ちゅっ……
「んっ、んむっ、真、ちょっ、待っ……」
ちゅっ
「えへへ、猿夫くん、だいすきっ。」
ちゅっ
おかしい。昨日の放課後から真の様子が明らかにおかしい。俺を見る目がやけに熱っぽくて、やけに甘えてくるようになった。昨日はヒーロー科の6限が終わるまで待っててくれて、帰る時は彼女から手を繋いできて、別れる前にはキスをねだってきた。本来彼女は恥ずかしがり屋でこんなに自分からくっついてきたことはない。だが、情けない話、嫌われたくないあまり彼女に積極的に接することができないこともあって、今の状況は願ってもない至福の時ではある。
「真、その、今日はやけに積極的だね……」
「えへへ、猿夫くんがかっこいいからつい……ダメ?」
「……ダメなわけ、ないだろ。その、可愛いから、うん。ダメじゃない。」
「……猿夫くんっ!」
「だから待っ、んむっ……」
ちゅっ
唇を離すと真は林檎のように真っ赤な顔をして両手を頬に当てて、目を閉じて俯きながら溜息を吐いて、だいすき猿夫くん……なんて言ってる。嬉しいけどなんだか以前の彼女と違いすぎて少し混乱してしまう。
「真、何か良いことでもあった?」
「……うん、とっても良いこと。」
「俺にも教えてくれる?」
「……だめ!秘密!」
「えっ。」
「えへへ、これはぜーったい秘密。猿夫くんには教えてあげない!」
秘密がとても気になるが、人差し指を口元に立てて、林檎っ面で満面の笑みを浮かべる彼女は最高に可愛くて、再び彼女の笑顔を一番近くで見られる幸せを噛み締めることを優先した。何度かキスをして、真は満足したのか、お外に遊びに行こう!と言ってきたのでふたりで手を繋いで外に出た。
「今日はどこに行くの?」
「んー、お天気がとっても良いから、公園で本読もうかなって。」
「いいね、俺も本持ってきてるし木の下で読もうかな。」
「うん!わたし、今日はこの本読むんだ!」
「……買ったんだ。くくっ。」
「い、いいでしょ!?だって……えへへ……」
真がドヤ顔で突き出してきた本は『今すぐ身長を伸ばす方法大全U』だった。笑いが出るのを我慢しきれず吹き出してしまったが、彼女は片手を赤く染まった頬に当ててぽやーっとした顔で俺を見ていた。昨日も今日も頬を赤く染めて手を当てるこのお決まりの動作とやけに熱っぽい視線がいつもより多く感じる。なんだか俺の方が林檎っ面で照れてしまいそうなほど。
公園の木を背にふたりで身体をくっつけて本を読んでいたら、真が俺の顔をじーっと見つめていることに気がついた。これまで一緒に読書をしたことは何度もあるけれど、彼女が集中できていないのは初めてだ。
「どうかした?」
「猿夫くん……」
「なに?」
「はぁ……かっこいいなぁ。」
「……真?」
「はぁ…………わあ!?猿夫くんっ!?」
「うわっ!びっくりした!」
「あっ、ごめんなさい、えへへ……」
なんなんだ、今日の真は。やけに甘えてきたり、大好きな読書に集中出来ないほど俺に見惚れていたり……まさか、誰かの個性の影響でも受けてるのか?
「真、どうしたの?今日はやけに甘えん坊だけど。」
「……甘えちゃ、だめ?」
「そんなことない。嬉しいよ。でも、いつもと違うから少し気になってね。」
「……やっぱり、話しちゃおうかなあ。」
「ん?何を?」
「……わたしだけの秘密。」
真は両手を真っ赤な頬に当てて、熱っぽい視線を俺に送ってきた。こんな顔されてキスしない方が難しいだろ、なんて思ったけれど、こんな公共の場でそんなことをするわけにはいかないと煩悩を振り払って、真に話をしてくれるよう促した。すると真は鞄から先週俺が壊してしまったサルのマスコットを外して俺の手にそっと握らせた。まじまじと見つめたけど、彼女の友達の仕事は見事なもので千切れた形跡など全く無くなっていた。
「これ、友達とお揃いなんだっけ?」
「うん、サルのマスコットはね。」
「……このリボンと鈴は違うの?」
「そう。これはね、昔、わたしのヒーローくんがくれた大切な宝物なんだ。」
「ヒーローくん?」
「うん、とっても大切な思い出。昨日までぼんやりとしか覚えてなかったんだけど、ここで猿夫くんのこと思い出した時に、一緒に綺麗に思い出したんだ。」
真は両手を真っ赤な頬に当てて、恋焦がれているような表情をしていて、いくら昔の話とはいえ自分以外の男にこんな表情を向けていると思ったら少しばかり悔しくなる。
「わたし、その男の子のこと、好きになっちゃったんだけど、どこの誰だかわからなくって。でも、今ならはっきり思い出せる。」
「そ、そうなんだ……」
少しどころかかなり悔しい。なんて器の小さい男なんだろう、と自分で自分を哀れんでしまう。俺が少し暗い顔をしたからか、真は心配そうな表情を見せたけど、すぐに花が咲いたような笑顔になって、想像だにしない言葉を続けた。
「ね!尻尾の、わたしのヒーローくん!」
「……え?」
「わたしの初恋って猿夫くんだったんだねえ……しかもこの木の下だったんだよ!これって運命ってやつだよねえ……えへへ……」
「…………」
「あれっ、猿夫くん?」
真が俺の目の前で掌を振って呼びかけてくれているけど、頭が全く追いつかない。わたしのヒーローくん?初恋?この木の下?全く身に覚えがない。
「真……その話、詳しくお願いしてもいい?」
「うん、いいよ!じゃあ教えてあげるね。あれは幼稚園の年中さんのときでね……」
キミの初恋
今も昔も同じ男の子を好きになった一途な女の子のおはなし