手を繋いで



猿夫くんはかっこいい。いつもニコニコしてて、優しくて強くて努力家で、そのうえ頭も良い。太陽の光が反射してキラキラ光る綺麗な金髪も、太くてムキムキの尻尾も、全部全部本当にかっこいい。そんな猿夫くんとお付き合いしてるなんて夢みたいで、この毎日が大好き。でもひとつだけ、悩んでいることがある。


「真ちゃん、おはよ!」

「お、おはよう!えっと……上鳴くん?」

「お!覚えてくれてんだ!ところで今日は尾白は?一緒じゃないん?」

「猿夫くん、昨日学校に宿題忘れちゃったからって朝一で登校してるみたいなの。」

「そうなんだ!じゃ、今日は俺と一緒に行かね?」

「うん、いいよ!」


上鳴くんは猿夫くんのお友達で、友達思いのすごく良い人だってよく聞いてる。もしかしたら、上鳴くんだったらいいアドバイスしてくれるかもしれない。


「ね、上鳴くん、ちょっと相談事してもいい?」

「ん?どしたん?」

「あのね、わたし、猿夫くんと、手、繋ぎたいの。でも、恥ずかしくて、言えなくてね……」

「んー?付き合ってんだし普通に繋ごうって言ってみたらいーんじゃ?」

「む、む、無理だよお!猿夫くんかっこよすぎて、わたし、猿夫くんのお顔を見るだけでも顔が熱くなっちゃって……!」


猿夫くんの笑顔を思い出して顔に熱が集まるのがわかって思わず両手を頬に当ててしまう。上鳴くんは歩みを止めて口を開けてぽかんとした様子でわたしを見ている。


「真ちゃんって本当尾白のこと大好きなんだね……羨ましいわ。」

「うん!猿夫くんだいすき!早く会いたいなあ。」


登校中、上鳴くんにたくさんお話を聞いてもらった。上鳴くんは、猿夫くんから言ってくれるのを待ってたら?って言ってくれたけど、猿夫くんがわたしと手を繋ぎたいって思ってくれているのかがわからないから言ってくれるとは限らない。でもせっかくお話を聞いてもらったんだし、勇気を出してわたしから猿夫くんにお願いしてみるって上鳴くんに決意表明して、今日は猿夫くんに一緒に帰ろうって誘うことにした。


学校に着いて、上鳴くんと一緒にA組の教室に行くと、猿夫くんはちょうど席に着いたところだった。今日も猿夫くんはかっこいい。


「ま、猿夫くんっ、おはよう!」

「真、おはよう。今朝一緒に行けなくてごめんね。」

「んーん、大丈夫!宿題は終わった?」

「うん、ばっちり。それより、今日は会えないって思ってたから会えて嬉しいよ。来てくれてありがとう。」

「えっ、そ、そんな!わ、わたしも、嬉しいよ!えっと、ありがとう!」

「クソォ!朝から見せつけやがって!何なんだよコレェ!」


猿夫くんがかっこよすぎて本題を忘れてしまいそうだったけど、葡萄みたいな頭の男の子の声でハッと我に返った。危ない危ない。


「猿夫くん、今日、一緒に帰っちゃダメ……?」

「え、もちろん大歓迎だけど、今日は部活ない日でしょ?俺7限まであるから待たせちゃうよ?いいの?」

「大丈夫! D組の教室で宿題でもしながら待ってるよ!」

「そっか……ありがとう、じゃあ放課後迎えに行くよ。」

「うん!今日も頑張ってね!」

「うん、真もね。」


猿夫くんとバイバイしてA組の教室を出るときにチラッと上鳴くんを見ると、親指を立ててニコッと笑ってくれた。そしてすぐにその指先を猿夫くんの素敵な尻尾に向けた。目で追うと、彼の尻尾はこの前みたいに赤くなっていた。猿夫くんはかっこいいだけじゃなくて可愛かったりもする、そんなところも大好きだ。





今日は猿夫くんと一緒に帰れるって思ったら苦手な数学の授業も楽しいお昼休みもあっという間に過ぎてしまって、気付けば放課後になっていた。クラスのみんなが次々に教室を後にする中、わたしは席に着いて宿題にとりかかり始めた。


宿題を終えて時計を見上げるともう1時間くらい経っていた。そろそろ7限も終わる頃。荷物を鞄に入れていると教室のドアが開いた。猿夫くんかなと思って顔を上げると、サッカーのユニフォームを着た男の子が立っていた。体育の授業で何度か見たことがある、多分E組のひと。


「統司さん、まだ帰らないの?」

「う、うん。えっと、あなたは……?」

「あ、突然ごめん!E組の教室に忘れ物取りに来たら統司さんがいるのが見えたからつい……」


そう言うと彼はD組の教室に入り、わたしの1つ前の席に座った。


「オレ、授業とか部活とかで統司さんを見かけたらいつも可愛いなーって思ってて……」

「え。」

「つまり、好きなんだ。統司さんのこと。」


猿夫くん以外のひとから好きだと言われるだなんて思ってもいなかったわたしは、とても驚いてしまって少しも声が出なかった。でも、わたしには大好きな猿夫くんがいるって言わなきゃ。そう思って口を開こうとした瞬間、ちょうど猿夫くんがお迎えにやって来た。


「真!待たせてごめん!……その人は?」

「えーと、隣のクラスのひとでね……」

「えっと、統司さんって、彼氏いたの……?」

「うん。わたし、このひとのこと、だいすきなの。だから、ごめんなさい。」

「そっか、そうだよな。うん。オレの話、聞いてくれてありがとう!それじゃ!」


そう言って彼はそそくさと教室を出て行った。恐る恐る猿夫くんのお顔を見たけど、やっぱり彼は優しく笑ってくれていた。ちらりと尻尾を見るとほんのり赤くなっていた。猿夫くんは机にかかっていたわたしのリュックをひょいと持つと、帰ろうか、と声をかけてくれた。





さっきの男の子のことがあって少し気恥ずかしかったけれど、いつも通り、今日一日のことを話しながら、一緒に学校を出た。少し歩いて行くと横断歩道が見えて、青信号のランプが0になりかけていた。


「ここの信号長いから急いで渡っちゃおうか。」


そう言った猿夫くんが少し早足になろうとしたから、わたしは猿夫くんの左袖を少し強く引っ張った。猿夫くんは振り向いて、ごめん、早すぎた?って気遣ってくれる。


「あのね、猿夫くん、お願いが、あるの。」

「ん?どうしたの?」


猿夫くんが目線をわたしに合わせてくれて、優しく微笑んでくれた。王子様みたいな笑顔にすごくどきどきしちゃう。


「わたし……猿夫くんと、……て、手を、繋ぎたいの。」

「……え!?て、手!?……お、俺でよければ、い、いくらでもドウゾ……」


猿夫くんはいつも照れたわたしに林檎みたいって言うけど、今日は猿夫くんがお顔も尻尾も林檎みたいに真っ赤になってて。言葉が片言になって、ギクシャクした動きで左手を差し出してくれた。いつも冷静な猿夫くんとのギャップがすごくて、とても可愛い。


猿夫くんの大きな左手にわたしの右手をちょんと乗せると、彼は尻尾をぴんっと伸ばしてもっと赤くなった。わたしも恥ずかしくて、ごまかすように彼の手をぎゅうっと握った。


「ま、猿夫くんの手、おっきくて、あったかくて、す、すきだなぁ。」

「真の手も、あの、ち、小さくて、柔らかくて、か、可愛い、よ……」


お付き合いしてから初めて手を繋いで、すごくどきどきして、すごく幸せで。横断歩道の赤信号がずっと変わらなければ良いのにって思ってしまう。赤信号のランプが0に近づいて、ふと猿夫くんを見上げると赤いお顔の彼と目があった。それから同時に林檎みたいだねって笑い合った。





幸せな時間はあっという間に過ぎて、気が付けばもうわたしの家の前に着いてしまっていた。


「送ってくれてありがとう!」

「ううん、俺の方こそ。待っててくれてありがとう。」

「……ね、猿夫くん、また、手、繋いでくれる?」

「うん、もちろん。……明日、手繋いで学校行こうか。」

「いいの!?やったあ!楽しみにしてるね!」

「うん、俺も。じゃ、また明日ね。」


そう言って猿夫くんはお家に向かって歩いて行った。後ろ姿を見ていたら曲がり角で振り返ってくれて、お互いに手を振った。今バイバイしたばっかりだけど、早く会いたいなあ、早く明日にならないかなあ、なんて思いながらお家に入った。





手を繋いで



「お二人さん、おはよー!お、朝から仲が良いことで!ちゃんとお互いの願い事叶って良かったな!」

「おはよう上鳴くん!……うん?お互い?」

「尾白もな、真ちゃんと手繋ぎてぇって言ってたんだぜ!」

「ま、ま、猿夫くん!そ、そうなの!?」

「お、おい上鳴!!」







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