「猿夫くん……」
「ん?真、どうしたの?」
綺麗な瞳を潤ませて物憂げな表情で俺を見つめる真。儚げで少しドキッとしてしまう。
「前に、授業中、裸の女の子と2人で一緒にいたって、峰田くんから昨日聞いたんだけど……うそだよね?」
「え!?そっ、それ葉隠さんのこと!?」
峰田!?アイツなんてことを……
彼女の悲しむ顔を拝むなんて御免だと思い、すぐに葉隠 透というクラスメイトのことを説明しようとしたのだけれど。
「師匠から聞いたことある名前……ふぅん……否定しないんだ。」
「真?ちょっと待って!?俺の話聞い……」
「猿夫くんのえっち!もう知らないっ!」
まずい。非常にまずい。初めて真を怒らせてしまった。泣かれると思ったら、頬を膨らませて睨みつけてきた後に大きな声で叫んで、持ち前の足の速さで脱兎のように走り去って行ってしまった。どうしたもんか、と溜息を吐くと後ろからトントンと肩を叩かれた。この仕草は、言わずもがな俺の友人である上鳴だ。
「尾白、おはよ!真ちゃんは?」
「……逃げられた。」
「は?また何かあったのか?」
「毎度毎度ごめん……」
「今更だろ、遠慮すんなって。今度は何だ?」
「……葉隠さんのこと。」
「……は?葉隠?」
「うん、実は……」
俺が真から聞いた話をそのまま上鳴に伝えたら、彼はゲラゲラ声を上げて笑い出した。透明人間だなんて説明しても説得力がないから、本人を連れて会いに行けばいいじゃないか、と言われ、確かにそれはそうだと納得する。そういうわけで、教室で葉隠さんに事情を説明すると即了承を得ることができ、昼休みに早めに昼食を済ませて2人で真のいるD組へ向かった。
D組の教室の窓側一番後ろの席の上鳴の友人に頼んで真を呼び出してもらった。怒って来てくれないんじゃないかと不安だったが、思いの外あっさり来てくれた。それどころか不安気なのは真の方で、彼女には少し大きめな制服の両手の袖をギュッと握り、綺麗な瞳を潤ませながら俺をじーっと見上げていた。
「……真?」
「猿夫くん……ごめんなさい……」
「えっ?」
「ちゃんとお話聞けばよかったのに、わたし、走って行っちゃって……うっ、うう……き、嫌いに……ならないで……」
「なっ、ならないならない!なるわけない!だから泣かないで!」
「ほんと……?」
「ほら、目開けて!ね?俺、真のこと大好きだよ!」
真としっかり目を合わせて個性を使えるように誘導して、俺は後ろに葉隠さんがいるのもよそに大きめの声で真に大好きだと伝えた。真は赤くなった瞳に溜まった涙をハンカチで拭うと、今度は頬を赤く染めて両手を当てた。
「やきもち、やいちゃったの。」
「……葉隠さんに?」
「うん……裸って聞いて、なんだか、悔しくて……」
「……はい?」
「猿夫くんに、他の女のひとの裸、見てほしくないなあって……」
なんて可愛いんだ、ここが学校じゃなければ今すぐ抱きしめているところだ。彼女は真っ赤な頬に両手を当てて、恥ずかしい!なんて言いながらもじもじしている。彼女のあまりの可愛らしさに俺も少々ぼんやりとしていたのだが、突然後ろにいた葉隠さんが咳払いをしたことでハッとした。真も驚いたようでビクッと肩を跳ねらせた。
「真ちゃん可愛い〜!尾白くん超ラブラブじゃん!いいな〜!」
「きゃっ!だ、だれ?……制服が喋ってる?」
「……それ、葉隠さんだよ。」
「……えっ!?」
真は大きな目をぱちぱちさせながら葉隠さんを見た。困惑している様子だったけど葉隠さんが真に抱きついて、触られた感覚でここに本当に人がいるということを受け入れたようだった。
「私、葉隠透!個性は透明化!前も勝手に真ちゃんを見に来ちゃったりして、すっごく可愛いなーって思って、友達になりたいなーって思ってたの!」
「そ、そうなの?」
「そうなの!ね、友達になってくれる?」
「う、うん!えっと、透ちゃん……って呼んでいい?」
「わあ!嬉しい〜!真ちゃん、よろしくね〜!」
「えへへ、透ちゃん、よろしくね!」
葉隠さんの明るい性格のおかげか、真もすんなり葉隠さんを受け入れて、もう名前で呼び合って談笑し始めていた。ついでに峰田が言っていた裸の件についても、葉隠さんから真に説明してもらった。真は俺と葉隠さんに頭を下げて、ごめんなさい!と謝って来たけど、俺はもちろん、葉隠さんも全く気にしていなかった。むしろ真の可愛らしい一面を見ることができたり、俺が愛されている自覚を持つことができたりして、少し良かったと思ってしまったのは秘密だ。
真はすっかり葉隠さんを気に入ったみたいで、今度2人で遊びに行く約束をしたらしい。放課後は、真はいつもの親友2人組と3人で買い物をして帰るとのことで先に学校を出ていたため、俺は上鳴と葉隠さん、そして峰田の4人で帰路に就いた。
「もー!峰田くんのせいで尾白くんが真ちゃんにフラれてたらどーすんのさ!」
「わ、悪い!オイラ、軽い冗談のつもりだったんだよ!これからは気をつけるから許してくれ!」
葉隠さんが強めに叱ったのもあって、さすがに峰田も反省したようでかなり本気で謝って来た。最初はかなり焦ったけど、悪いことばかりじゃなかったので今回は目を瞑ることにした。
「……今回はいいけど、2度と真に変なこと吹き込まないでくれよ。」
「うおお!サンキュー尾白!気をつける!」
「つーか尾白と真ちゃんを別れさせんのは俺がテストで100点取るより難しいと思うぞ……」
「あっ、それいえてるー!もー私も思わず真っ赤になっちゃったくらいこの2人アツアツでさー!」
「いや、葉隠が赤くなっても見えねーよ!」
あまりにも必死な峰田や上鳴と葉隠さんの面白いやりとりに声を出して笑ってしまったら、彼らも満足気に一緒に笑ってくれた。途中からは全員通学方向がバラバラで、それぞれ別れて俺は1人で歩き出した。
しばらく歩くとスマホが震えて、画面には真からのメッセージで、『まだ帰ってない?もし公園の近くにいたら木の下に来てほしいな』と表示されていた。幸いそんなに遠くない場所にいた俺は早足で公園に向かった。
公園に着いた頃には空は少し暗くなっていた。真は木の下でスマホを触っていて、声をかけると、嬉しそうに近寄って来た。
「真、どうしたの?」
「猿夫くんっ!あのね……お話が、あるの。」
「ん?何?」
俺は真が話しやすくなるよう少し屈んで目を合わせた。すると真はきょろきょろと辺りを見回してから、俺の首にするりと腕を回して真っ赤な顔を近づけて来た。
ちゅっ
可愛らしいリップ音と共に唇を離した真は悪戯が成功したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
仲直りのちゅー
「えへへ、仲直りのちゅーだよ!」
「…………」
「……猿夫くん?」
ぐいっ
「きゃっ……んむっ。」
ちゅっ
「……仲直りのちゅー…………」
「……猿夫くんっ!だいすき!」