尻尾のヒーロー



突き刺さるようなとても寒い冬のある日のこと。入試まで残すところあと1週間、わたしは受験予定の雄英高校の下見に来ていた。身体が仰反るくらい首を上に向けなきゃ校舎のてっぺんが見えないくらいとても大きな学校だった。


「大きいな……」

「でかいな……」

「「えっ」」


あまりの大きさに思わず声が出てしまった時、すぐ隣から同じように驚いてる人の声が聞こえた。顔を向けると、太陽の光でキラキラ光る金髪が綺麗な、尻尾の生えた男の子がいた。目が合って、なんだかどこかで見たことあるような気がすると思ってじーっと見つめてしまったら、しーんとした空気になってて、何か言わなきゃと思って口を開いた。


「あなたも、ここ、受けるの?」

「……えっ、あっ、うん。そう。ヒーロー科を。」

「そうなんだあ。わたしは普通科を受けるんだ。お互い頑張ろうね!またね!」

「う、うん。頑張ろう。またね。」


わたしは別れの挨拶をして、来た道を走って帰った。なんだかあのひとのお顔を見ているとすごくどきどきして頬がちょっぴり赤くなったのが自分でわかった。しばらく走って行って、大きな木のある公園の横を通り過ぎようとしたら、男の子の叫び声が聞こえた。なんだろうと思って木の下まで駆けて行ったら男の子が木に登ろうとして落っこちているのが見えた。


「ぼく、どうしたの?」

「じーちゃんからもらった帽子、ちょっと投げちゃったら風で飛んでさ!見てよあれ!」

「うわあ!すごく高いねえ……」

「でしょ!?死んだじーちゃんがくれた宝物なんだ……どうしよう……」

「宝物……」


昔、わたしもここで宝物をもらったことがある。もし自分の宝物が、って考えたら、帽子を絶対とってあげたいって思って、わたしはすぐに木に登り始めた。男の子は最初は頑張れって応援してくれてたけど、高い位置に行くにつれて心配の声の方が増えてきた。地面からの距離がとても遠くてすごく怖かったけど、男の子を不安にしたくなくて、頑張って怖くないフリをして登り続けた。


「お姉ちゃん!もういいよ!」

「おじいちゃんからもらった大事な帽子なんでしょ?お姉ちゃんに任せて!」

「でも、お姉ちゃんがケガしちゃう!!」

「大丈夫大丈夫!ほら!もうちょっとだから!」


手足はとても震えていたけどなんとか帽子をとることができた。下は絶対見ないように目線は上にしながら、大きな声で男の子に帽子が取れたことを伝えた。


「ほらほら!とれたよ〜!」

「ありがとう!!でもお姉ちゃん危ないよ!」

「大丈夫大丈夫〜!今から降りるよ〜!」


決して下は見ないようにして、少しずつ動き始めた。上だけを見て、地面からの距離は考えないようにして、枝をしっかり掴んで、片足ずつ確実にかけて、少しずつ少しずつ。


「よいしょ……」


でも、右手で掴んでいた枝がバキッと良い音をたてて折れてしまい、わたしの身体は重力に従って地面へ真っ逆さま。


「ひゃわあああああ!?」


ギュッと目をつぶって衝撃を待っていたら、空中なのに誰かにガシッと身体を捕まえられた。目を開けると目の前にはさっきの綺麗な金髪の、あの尻尾の生えた男の子が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。救けてもらったって理解するまで少しかかって、大丈夫?どこか痛くない?って聞かれて、安心したら涙が溢れてきた。


「…………こ、こ、怖かったよお〜!!」


尻尾の彼はわたしが泣き出したのに驚いたのか、目をまんまるにしてわたしの顔をじっと見て固まってしまっていたけど、横から帽子の男の子に声をかけられてビクッと動いた。


お礼を言って尻尾の彼からそっと離れて、両手で握りしめていた帽子を男の子に返してあげた。


「おれの帽子とってくれてありがとう!」

「どういたしまして!」

「尻尾の兄ちゃんもありがとう!」

「うん、どういたしまして。もう投げて遊んじゃダメだぞ。」

「はーい!じゃーねー!」


男の子は帽子を頭に被って、手を振りながら走って行った。男の子を見送って尻尾の彼を見上げるとぱちっと目があったから、なんだか恥ずかしくて口早に木に登った経緯を説明した。わたしを救けてくれた彼はまるでテレビでよく見るプロヒーローやおとぎ話の王子様みたいにかっこよくって、お顔を見ると心臓がすごくどきどきして恥ずかしくなって逃げ出したくなっちゃって、慌てて言葉を続けた。


「あなた、ヒーロー科受けるんだよね?」

「うん、そうだけど。」

「絶対、絶対合格できるよ!!」

「えっ、どうしたの急に。」


わたしが急に大きな声を出してしまったからか、尻尾の彼は少し驚いちゃったみたい。すごく恥ずかしくなっちゃって、思わず熱くなった頬に両手を当ててしまう。


「だって、あんなにかっこよく救けてくれたんだよ、絶対ヒーローに……ううん、もうヒーローだよお……」

「あ、ありがとう……」


ほんのり頬を赤くした彼があまりにもかっこよくて、わたしの頬はもっと熱くなった。わたしがあまりにも恥ずかしがっているからか、なんだか彼も少し恥ずかしそうにしているように見えた。それからまたしーんとした空気になったから、何か言わなきゃと思って慌てて彼の方を見て言葉を続けた。


「雄英、絶対受かろうね!」

「ああ、お互い頑張ろう。」

「絶対、絶対また会おうね!」

「うん、また会おう。」


他愛のない会話でも彼は優しくお返事を返してくれて、優しいなあって思ったらもっともっとどきどきして頬が燃えちゃうんじゃないかってくらい熱くなった。目がぱちっとあって、思わずにやーっとしてしまった。だらしない顔を見られてしまった、と恥ずかしくなってしまい、早急に立ち去ることにした。


「それじゃ、わたし、帰るね!早く帰らないと、お母さんに怒られちゃう!」

「あっ、ちょっと……」

「またね!尻尾のヒーローくん!」


わたしは身体は小さいけど、こう見えてもリレーではいつもアンカーを任されるくらい足は速い。少し走ってから、そういえばお名前聞いてなかったなあって思ったけど、同じ高校に行くならきっとまた会えるって思ってそのまま家まで走って帰った。


家に帰って鞄を下ろしたら、いつも鞄に付いているはずの黄色いリボンと鈴のついたサルのマスコットが失くなっていることに気がついた。びっくりして大きな声を出したら、うるさいよってお母さんに怒られてしまった。探しに行きたいと思ったけど空はもう暗くって。しかたがないから明日から学校帰りにあの公園に寄って覗いてみるしかないかあって思って肩を落とした。でも、また尻尾のヒーローに会えるかもしれないって思ったら少しだけ気持ちが楽になった気がした。





尻尾のヒーロー




木から落ちてしまったと思ったら
恋に落ちてしまっていた女の子のおはなし





back
lollipop