あれから10日、雄英の入試は無事に終わっていた。わたしは数学以外の科目はよくできたから多分大丈夫だと思う。一緒に受験した2人の親友も多分大丈夫だって言ってたから後は合格通知を待つだけ。ただ、心残りはもう明日には卒業式を控えているのに大切なものを失くしたままでいること。あの日から何回か公園を見に行ったけどやっぱり見つからなかった。でも、明日はどうしても親友の持つゴリラとチンパンジーのマスコットと並べて写真を撮りたくって。チャンスは今日しかないと思って、大きな白いコートを着て、これまた白いマフラーを巻いて外に出た。それと、なんとなく尻尾のヒーローにも会えるような気がした。


もう3月になったというのに外はまだ突き刺さるような寒さで、吐いた息が白く見える。早く公園に行ってさっさと帰ろうと思って、軽く走り出した。


公園に着くとあの大きな木の下に尻尾のヒーローがいてすごくびっくりした。本当に会えるなんて。彼が振り向いてぱちっと目があってどきどきしてしまって、寒いねえ、なんてありきたりなことを言ってしまった。お喋りするのは苦手じゃないわたしがこんなにも言葉が出てこないなんて初めてで。こんなふうになってしまう理由なんてきっと猿でもわかる、それは恋をしてしまったから。


彼も寒いと感じているのかお耳やお鼻が赤くなっていた。そういえば彼はわたしの落とし物を見てないかなあって気になったから、緊張がバレないようにゆっくり話しかけてみた。


「ねえねえ、この前さ、ここに、落とし物なかった？」

「……あっ、えーと、これのこと？」


彼は下げていた鞄からわたしの大切なものを取り出してわたしに差し出してくれた。


「あーっ！それ！よかったあ、尻尾のヒーローくんが拾ってくれてたんだあ……！」

「もしかして毎日ここに探しに来てた？勝手に持ち帰ってごめん。」

「んーん、入試もあったし、なんだかんだ忙しくて今日初めて来たの。むしろありがとうだよ！失くなっちゃうかもしれなかったもん！」

「そうだったんだ。そう思ってくれたなら俺もありがたいよ。」


本当は毎日探しに来ていたけど、折角拾ってくれていたのに自分のせいで見つからなかった、なんて思わせたくないからウソをついちゃった。手元に帰ってきてくれたのが本当に嬉しくて、おかえりー、と言ってマスコットにちゅっと口付けた。なんだかマスコットも帰ってこられて嬉しい！って言ってくれているような気がした。改めてお礼を言おうと彼の方を向いたらちょうど彼が口を開いた。


「あのさ、俺、舞木戸中の尾白 猿夫っていうんだ。良かったらキミの名前、教えてよ。」

「あっ、名前教えてなかったねえ。わたし、統司 真だよ。学校は苑辺野中学校だよ。」

「苑辺野中はもう卒業式は終わった？」

「ううん、うちは明日だよ〜。卒業式までにどうしてもこの子を見つけたくて、今日ここに来たんだ！」

「そうなんだ。写真とか撮るため？」

「うん！仲良しのお友達とお揃いなんだ〜。だから、今日尾白くんが来てくれて良かった！」


大切なものも見つかったし、尾白くんにも会えて嬉しかったから満面の笑みを浮かべてしまった。恥ずかしいなあって思いながらちらっと尾白くんを見たらなんだか寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。どうしたんだろうって思って、あまり気は進まなかったけど個性を使うために目を大きく開けて彼の目をじいっと見つめて質問してみることにした。


「入試、うまくいかなかった？」

「え？いや、入試は多分大丈夫……多分。」

「……うーん、じゃあなんでそんな顔してるの？」

「うーん……なんでかな？」

「えっ、うーん……舞木戸中はもう卒業式終わっちゃって寂しいから？」

「そうかもね。」

「……ううん、やっぱり違う気がする。」


視界から色が失くなったから、尾白くんは別のことで困っているみたい。目が疲れたから少し細くして、考えてみたけどやっぱりわからなくって。ちなみにわたしは、もう尾白くんには会えなくなっちゃうのかな、って思ったらすごく寂しいなって思ったから、自分が思っていることを彼にも聞いてみることにした。目を大きく開けて彼をじいっと見つめる。


「もう会えない、なんて思った？」

「えっ、いや、そんなことは……」


視界から色が失くなった、つまり、わたしと同じで会えなくなるのが寂しいって思ってるんだ。


「……そっかあ。でも、大丈夫だよ！わたしも入試よくできたと思うから、きっと同じ高校に通えるよ！」

「そ、そうだといいね。」


視界にふわっと色が戻った、つまり、尾白くんも同じ高校に通えるって思っているってこと。せっかくお名前も聞いたんだし、ついでに連絡先も聞いちゃおうと思って、わたしは白いコートのポケットから水色のスマホを取り出した。


「ね、尾白くん、スマホ持ってる？」

「あ、うん、あるよ。」

「良かったら、連絡先交換しようよ！」

「……あ、俺で良ければ、ぜひ。」

「えっと、このアプリでいいかな？」


快く了承してくれた彼とお互いのスマホを近づけて、連絡先を交換した。友達リストに「尾白 猿夫」という名前が入ったのを確認したら、なんだかスマホが眩しく見えた。それから、わたしはあの日救けてもらったことのお礼をちゃんとしていないのを思い出して、尾白くんの方を向いて口を開いた。


「でも良かったあ、わたし尻尾の……じゃない、尾白くんに会いたかったんだあ。」

「えっ、どうして？」

「だって、わたし、救けてもらったのにちゃんとお礼とかしてなかったもん。」

「そんなこと気にしなくていいよ。」

「ダメだよ！わたしが気にするよ！」


何かお礼がしたい、気にしなくていい、というやりとりを何度か繰り返したら、尾白くんの方が折れてくれて次に会う約束をすることができた。でもお礼って何しようって思って結局また彼に質問をすることに。もちろん目は大きく開けて。


「何か欲しいものとかない？」

「……ある。」

「あ！良かった！何が欲しいの？」

「……時間。またキミに会う時間が欲しい。」

「えっ……そんなのでいいの？」

「それが、いいんだよ。」


正直、メッセージや電話で呼んでくれればいつでも会うのになあ、そんなんでいいのかなあって思った。何かプレゼントするとかの方がいいんじゃないのかなあとか、でもこれが彼の本音みたいだしなあとか、色々悩んでたら彼がちょっぴり困ったような顔をしていた。困らせたくなくって、素直に彼のお願いを叶えたいと思ったから、わたしは後日改めて連絡する旨を伝えてその場を走り去ってしまった。これ以上一緒にいると、彼のことを好きになっちゃったのがバレてしまう気がして恥ずかしかったから。


家に帰ったわたしを見るなりお母さんが駆け寄ってきた。どうしたのって聞いたら、わたしの顔があまりにも真っ赤でインフルエンザでももらってきたんじゃないかって心配してくれたみたい。そうじゃないよお母さん、顔が真っ赤なのは……





恋をしてしまったから




「明日卒業式よ？大丈夫なの？」

「うん、今日すっごく寒かったから顔がこんな真っ赤になっちゃっただけ！」