あなたの特別に
なれた日



約束通り、苑辺野中の卒業式の翌日、わたしは尾白くんに連絡を入れて、雄英高校の合否発表の3日後に会う約束をした。ちなみに雄英高校には、尾白くんはヒーロー科、わたしと2人の親友は普通科に合格することができた。


そして今日は待ちに待った尾白くんと会う日。先日のお礼にお気に入りのお店でケーキをご馳走しようと思う。でも彼は女の子に奢らせるのは悪いなんて言う紳士的な人だから、お会計は意地でも出させないよう工夫しなければと気合が入る。時計を見るとまだ少し余裕があったけど、なんとなく彼は時間より早く来るタイプだと思った私は少し早めに家を出た。


尾白くんは待ち合わせの時間の10分前にやって来た。慌てて駆け寄って来てくれた彼に私は小さく手を振った。嬉しくて顔がニヤニヤしちゃうのが止められなくて恥ずかしい。


「待たせてごめん!」

「大丈夫、今来たばっかりだよ。」

「そっか、それならいいんだけど……」

「うん!じゃ、行こっか!」


尾白くんがかっこよすぎて、わたしなんかが隣を歩いていいのかなって恥ずかしくなって、道案内をする程で彼の前を歩いた。大好きなお店に着いて、顔馴染みの店員さんに案内してもらったんだけど、お店の中の男女の組はわたしたちだけでちょっぴり恥ずかしかった。席に着いてふたりで一緒にメニューを見たんだけれど、やっぱりどれも美味しそうで目移りしてしまう。


「どれにしようかなあ……あっ、おすすめはチーズケーキと季節のタルトと苺のショートケーキと……」

「それ、ほとんど全部じゃない?」

「そんなこと……あるかもしれない。」


食いしん坊さんだと思われたかなって恥ずかしくなって思わず両手を頬に当てた。わたしは一番好きな苺のショートケーキに決めた。すると尾白くんも同じものを指していて、お揃いなのがちょっぴり嬉しかった。注文するときは、この前のお礼も込めてちょっとしたサプライズを考えていたから、わたしは席を立って顔馴染みの店員さんのところに行った。


「あの、昨日お電話した件なんですけど……」

「統司様、いつもありがとうございます。お電話通り、準備しておりますよ。」

「良かった!ありがとうございます!それと、お会計をお先に済ませてもいいですか?あの、席から見えないように……」

「構いませんよ。ではこちらへ。」


こうしてわたしは自分の用事を済ませて席へ戻った。サプライズ、と言っても文字を書いたチョコプレートを添えるだけのささやかなものなんだけど。彼には注文を済ませたとだけ伝えて、ケーキが来るまでふたりで楽しくお話した。


「統司さんはどうして雄英に?」

「家から歩いて通えるし、親友の2人も雄英受けるって言ってたからかなあ。」

「勉強とか大変だった?」

「うーん、数学以外は大丈夫だったよ!」

「あ、数学苦手なんだ。」

「うん……よく計算間違えたり、解き方を忘れちゃったりするんだあ。高校はもっと難しくなるんだろうなあ……」


そう、わたしは数学が大の苦手。平方根だの相似だのって難しいことは置いといて、必要最低限の計算ができれば良いじゃないか、っていつも思う。けれども、もちろん雄英高校でも数学の授業はあるわけで。数学のない学校にすればよかったかなってぼそっと呟いたら、そんなところある?って言われちゃって、あるの?って聞き返してしまった。尾白くんは小さく、くくっ、と笑い声をもらしていた。尾白くんの笑顔はとてもキラキラして見えた。


やがて店員さんが来てくれて、苺のショートケーキを2つ並べてくれた。尾白くんのケーキには『合格おめでとう!』と書かれたチョコプレートが添えてある。彼は目を丸くしてわたしを見てきたから、サプライズだよと言ったのだけど、嬉しそうに笑ってくれた。喜んでくれて良かった。


やっぱりここのケーキは本当に美味しくて、尾白くんも満足してくれたみたい。紳士的な彼はやっぱりお会計を出そうとしてきたから、席を立った時に済ませた旨を伝えたら、ちょっと驚いていた。お店を出て、まだ一緒にいたいなあって思ったから、今から本屋さんに行こうって誘ってみることにした。隣の尾白くんを見上げるとちょうどこっちを向いてくれてぱちっと目があった。


「ん?どうかした?」

「えっと、尾白くん、今日はまだお時間は大丈夫?」

「うん。大丈夫だけど。」

「あのね、本屋さんに行きたいんだけど良かったら一緒に行かない?」

「本屋?いいよ、行こうか。」


それから、ふたりで本屋に向かって歩いている間は中学の部活のことや受験のこと、他にもいろんなお話をした。少しずつ彼のことを知れていくのがとても嬉しいし、なんとなく彼も嬉しいと思ってくれているように見えた。


本屋に着いた時、わたしは今日発売したばかりのあの本を目掛けて一直線に歩いて行った。そして目的の『今すぐ身長を伸ばす方法大全U』を手にしたのだけれど、後ろで尾白くんが吹き出して笑ったのが聞こえて、じとっと睨んでしまった。


「……笑ったな。」

「笑ってないよ。…………くくっ。」

「笑った!今また笑ったよ!」


笑われたことに怒ったわけじゃないのだけれど、恥ずかしくなってちょっぴり強く言ってしまった。けど尾白くんはニコニコしながらお話を続けてくれた。


「ごめんごめん。……それ2巻なの?」

「そうだよ?」

「1巻は?」

「持ってるよ?」

「…………くくっ。」

「なんで笑うのお!?」


わたしは女子の中でも身長が低い方だから、藁にもすがる思いでこの本を読んでいるのに、尾白くんは目から涙が出そうなくらい笑っていてちょっぴり悔しい。けれども彼が笑ってくれるならいいか、と思ってしまう自分もいた。ここで本を買うのは少し恥ずかしくて棚に戻したら、買わないの?って聞かれて、今買ったらもっと笑われるからいい!ってまた強く言っちゃったけど、それでも尾白くんはニコニコしていた。本屋の外に出て歩き始めた頃にはもう笑いは落ち着いたみたいで、尾白くんが話しかけてくれた。


「統司さんって、面白いね。」

「何も面白いことはしてないよ!尾白くんが1人で面白くなってるんだよ!」

「ごめんごめん、で、あの本は今度買うの?」

「……た、たぶん買わない……たぶん。」

「っ……くくっ。」

「も、もう!この話は終わり!恥ずかしいから!……ふふふっ。」


また笑われちゃったのがなんだか面白くなって、つられてわたしも笑ってしまった。今日は本当に楽しかったなあって思って、改めてお礼を言うために、あの公園へ行こうって誘ったら彼は快諾してくれて、公園に着いてからあの木の下でお話をした。


「今日は付き合ってくれてありがとう!」

「いやいや、俺の方こそ。あ、そうだ、これ、統司さんに。」

「わたしに?」


尾白くんは小さな可愛い箱を差し出してきた。


「うん、今日ご馳走してもらうのなんだか悪いなって思ってて。」

「え、いいよお!わたしこそ、お礼のつもりだったのに……」

「じゃ、俺からの合格祝いってことで。受け取ってくれる?」

「……うん、わかった!ありがとう!」


尾白くんはプレゼントをそっとわたしの掌に置いてくれた。好きなひとからプレゼントを貰えたのが嬉しくて、わたしはそれをまじまじと見つめた。そしたら尾白くんは少し悲しそうに話しかけてきた。


「科は違うけど、入学してからも学校で会えるといいね。」


学校で……?つまり、もうお外では会えないってこと?純粋にそう思ったから彼に尋ねてみた。


「……学校の外では会えないの?」

「……えっ。」


尾白くんはとまどっていたけど、今しかないと思ったわたしはちゃんと自分の気持ちを伝えることにした。


「わたしは、尾白くんと、またこんなふうにお出かけしたいなあ。」


わたしは目を大きく開けて尾白くんの目をじいっと見つめた。尾白くんの目にはわたしの姿がはっきり映っていた。じーっと見つめあっていると、彼は一度深呼吸をして、すごく真剣な顔になって口を開いた。


「統司さん。」

「なに?」

「初めて……初めて、キミを見た時から、キミのことが好きだ。」


一瞬、時が止まった。


えっ……えっ、うそ!?えっ、視界!色!ある!ってことは冗談じゃなくて本当!?はやくお返事しなきゃ!


「俺と、付き合ってほしい。もちろん今すぐじゃ……」

「わ、わ、わ、わたしで、よければ!」

「……は?」


尾白くんが喋ってる途中なのに遮ってお返事をしてしまった。そしたら彼は素っ頓狂な声を出していて。現実なんだって思ったら火がついた様に顔が熱くなった。隠すように両手を当てたけどどんどん熱くなる一方で、恥ずかしくって尾白くんの方を中々見ることができない。そして彼はぼそっと呟いた。


「……いいの?」

「う、うん!わ、わたし、救けてもらった時、尾白くんのこと、かっこいいなあって、王子様みたいだなあって思ってて、あの、でも、恥ずかしくて、前もその前もすぐ帰っちゃって、あの……」

「わ、わかったから、ちょっと待って。恥ずかしくて死ぬ。」


わたしが興奮して捲し立てるように喋ってしまったら、彼は下を向いて頭に手を当てて難しい顔をした。なんてかっこいいんだろうとか、こんなに素敵なひとと両想いなんだって思ったら本当に顔から火が出ちゃう気がして両手で顔を覆い隠してしまった。それからやっと口を開いた彼の台詞は本当に夢のようなもので。


「えっと……付き合ってくれる?」


もう言葉を出すのが難しくって、何度も何度も首を縦に振ってしまった。勢いで身体も揺れたせいか、わたしの鞄に付いていたサルのマスコットの首にある、昔誰かからもらった大切な鈴の綺麗な音が何度も響き渡った。





あなたの特別になれた日




どうしてかわからないけど、昔ここで誰かがくれた鈴が「おめでとう」って言ってくれているような気がした。







back
lollipop