昨日、峰田が急にこんなことを言ってきた。
「クソォ!オイラはヒーローよりも尾白になりてェ!」
「はぁ?何言ってんだよ。」
「オマエには統司ちゃんがいるだろ!?小さくて可愛いし、オッパイはデケェし、おまけに性格も良い!あんな彼女と毎朝手ェ繋いでイチャイチャ登校してみてェしあわよくば抱きついて……!!」
「オッ……!?お前なぁ、女子をそんな目で見るなよ……」
「うるせェ!クソォォ!リア充にはわかんねーだろ!」
ヒーローよりも、ってヤバイだろと爆笑する砂藤と上鳴だったけど俺は気が気じゃなかった。なんとなくこれから良くないことが起こる気がする、そんな予兆がしたからだ。そしてその予兆は気のせいなんかじゃなくて。
今朝、真は用事があるから先に行くとのことで俺は1人で通学していたのだが、学校の近くの曲がり角で躓いてしまい、ちょうど勢いよく走ってきた峰田と思い切り頭をぶつけた。
「ってェな!なんだよ尾白かよ!」
「ッ……悪い、みね……………」
「は?何………オ、オオ、オイラ!?」
「お、お、俺!?」
互いに自分の身体が目の前にある。つまりこれは。
「「入れ替わって……!?」」
「ウオオオオ!イヤッホー!デケェ身体だ!尾白だ!やったぜェ!」
「う、嘘だろ!?こんなこと、あり得ないだろ!」
峰田……もとい俺の身体は学校へ一直線。俺も慌てて追いかけた。教室に入ると峰田、というか俺の姿はなくて。隣の席の青山に、尾白はどこに行った?と聞くと、鞄を置いてすぐに出て行ったとのことだった。昨日のあの流れだと行き着く先はひとつしかない。
D組の教室に着くと、公衆の面前だというのに真を抱きしめている俺の姿があった。真は相変わらず林檎のように顔を赤くしているけど、なんだか俺の身体を引き剥がそうとしているように見えた。俺が峰田の身体で自分の名前を呼んで近づくと俺らしくない邪悪な顔で舌打ちをされた。その瞬間、真はびくっと肩を震わせた。それから俺を見下ろしてじっと目を合わせて、口を開いた。
「……峰田くん?」
「あ……お、おはよう。」
「…………ね、峰田くん、昨日帰りに食べてたチョコアイス美味しかった?」
「え?俺はバナナアイスを……あっ。」
「やっぱり!猿夫くん!やだっ、離してっ!」
真は俺の身体を突き飛ばすと、峰田の身体の俺に腕を伸ばして思い切り抱きついてきた。真の小柄な割に大きな胸に勢いよく顔が埋まって少し息苦しい。それを見た教室の人たちが、統司さんが浮気か!?なんて騒いでる。真は一旦俺から身体を離すと再び俺の目をじっと見つめてきた。
「真……俺がわかるの?」
「当たり前だよ!猿夫くんは人前であんなっ……わたしの嫌がることは絶対しないもん!」
真はどこからどう見ても峰田でしかない俺を優しく抱きしめてくれた。けれども彼女の様子はおかしかった。身体が小さく震えていて、丸くて大きい綺麗な瞳には涙が溜まって、何かに怯えている顔をしている。俺はちょっとごめんね、と真の腕を優しく外すと、彼女と俺の身体の間に手を広げて立ち、思い切り言葉を投げた。
「峰田!お前、真に何したんだ!」
「なんだよ、ちょっとくらいいーだろ!オマエが普段やってそーなことだよ!」
「何だよそれ!説明しろ!」
「猿夫くん……大きい声出しちゃやだ……」
「ご、ごめん。」
峰田よりも今は真だ。目の前で大きな声を出してしまったためか、彼女はひどく萎縮していた。しかし、何かひどいことをされたのかと聞くと、顔を赤らめて小さな声で囁いた。
「胸……触られて……」
「……はぁ!?」
「や、やだって言ったんだけど、抱きしめられて、どさくさに紛れてって感じで、その、恥ずかしくて、目を見てお話しても色が戻らないし、怖くって……そしたら峰田くん……の姿の猿夫くんが来てくれて……」
「……おい、峰田、どういうことだ。」
「いーだろ少しぐらい!どーせオマエいつも統司ちゃんのデケェオッ……」
「みなまで言うな!それに俺は真の胸を触ったことはない!」
俺は俺の身体の足を踏んづけて言葉を遮った。痛ェ!なんて言ってるけど知ったこっちゃない。腕組みをして俺の身体を見上げると、なぜか真がくすくすと笑っている。
「真?どうしたの?」
「んーん、昔と同じだな、って。」
「え?」
「ほら、あの公園でさ、猿夫くん、いじめっ子からわたしを守ってくれたでしょ?あの時もそうやって前に立って、腕組みしてたな、って……」
「そうだっけ……」
「うん!やっぱり猿夫くんだなあって感じした!……すきだなあ。」
目の前にいるのは峰田の身体のはずなのに、真はいつものように林檎っ面に両手を当てて、蕩けたような瞳で俺を見つめている。彼女はやっぱりどこまでも純粋で心優しい子で、確かに俺は愛されているんだということを改めて痛感した。早く自分の身体に戻ってその腕で彼女を抱きしめたい。そう思った俺は俺の身体の尻尾を力一杯引っ張って職員室まで峰田を引きずって行った。元の身体に戻ったら覚えておけと心の中で何度も唱えた。
職員室で相澤先生に相談したら、もう一度頭をぶつけてみればいいのではと言われ、峰田がそんな無茶なと言おうとしたところで俺が思い切りジャンプして頭をぶつけてやったらなんとあっさり元に戻った。
真を怖がらせた峰田を冷たく睨むと許してくれと土下座して謝ってきた。相当俺が怖かったのか少し涙ぐんでいて、思わず笑ってしまった。峰田のことだ、彼女を怖がらせたくてやったわけではないだろうと思った俺は少し説教はしたものの許してやることにした。後で真のところにも謝らせに行ったけど、彼女はやっぱり優しく笑って許してやっていた。そしてとても嬉しい言葉をかけてくれた。
「見た目もすきだけど、猿夫くんの心がだいすきだから、たとえ動物になってしまってもすぐにわかっちゃうと思うんだ!」
心があれば
「真、いつから気付いてたの?」
「おかしいなって思ったのは、愛してる!って言われた時かなあ。猿夫くんならいつも好きって言葉だもん。」
「……さすがだね。」
「クソォ!そんだけでバレちまったのかよォ!」
「それだけじゃないよ。峰田くん、思ってもないことばっかり言い過ぎだよ。どんどん色が抜けてってさ、わたし困っちゃったよ。」
「色が?抜ける?……どういうことだ?」
「ああ、真の個性ね、相手の言ってること、本音かどうか見破れる個性なんだよ。」
「はっ、反則だろそれ!そんなん入れ替わっても意味ねーじゃん!クソォ!やっぱここは地獄だ!!」