あなただけのわたしで



「アイドルになりませんか!?」

「……わたし?」

「はい!貴女です!あ、私こういう者で……」


学校帰りに親友2人と一緒にカフェのテラス席でタピオカジュースを飲んでいたら突然スーツの女のひとに話しかけられた。何も言ってないのにずっとぺらぺら話しかけてきているけれど内容がよくわからない。2人はキャーキャー言いながらやってみなよって言ってくるし、どうしたらいいかわからなくて、ひとまず女のひとの名刺だけもらってこの場はお引き取りしてもらった。


「真、すごいじゃん!あんた可愛いし良いと思うよ!」

「真ちゃんはどうしたい?よく考えて決めた方が良いと思う!でも憧れちゃうな〜!」

「ふ、2人とも……うーん、困ったなあ。」

「アイドルだよ!アイドル!有名ヒーローとか芸能人とか、知り合いになれるかもだよ!」


ヒーロー……わたしのヒーローはいつだって猿夫くんがいちばんだから正直他のヒーローにそんなに興味がない。芸能人もテレビで見れればいいかなとしか思わなくって。でも、親友のこの言葉にわたしはぴくっと反応してしまった。


「アイドルになったら、ますます彼氏くんも真に惚れ直すんじゃない?」


猿夫くんが、わたしのことをもっと好きになってくれる……そう思ったら少しやる気が出てきてしまって我ながらちょろいなあって思う。思い立ったが吉日ってやつで、さっきの名刺の番号に電話をかけたら、すぐにさっきのひとが戻って来た。それから車で事務所に連れて行かれて、偉いひとに挨拶をさせられたりたくさん書類を書かされたり、最後はわたしの家に送ってもらって家族に事情を説明して……くたくたになって1日が終わった。今日が土曜で本当に良かったと思う。


翌日は早朝から昨日の事務所に足を運んだ。ちなみに、家族は事務所の話をよく聞いた上で、わたしの好きにしなさいって言ってくれた。正直アイドルに興味がなくて気は進まないのが本音だけど、猿夫くんにもっと好きになってもらいたい。そう思ったらどんなことでも頑張れる。


たくさん写真を撮られたり偉いひととお話をしたりしてとても疲れた。昨日の女のひとが車の中で今後は学校をお休みしてもらう日も出てくると言って来たことにはいちばん驚いた。アイドルって学校休まなきゃいけないの?


それから数日、わたしは学校を休むことはなかったけど放課後は毎日事務所に寄っててとても身体がしんどくて。猿夫くんからは毎朝大丈夫?って聞かれて心配かけちゃっててなんだか本末転倒な気がして。そして、毎日慣れないお仕事を繰り返していたわたしはついに学校で倒れてしまった。





「……ここ、どこ…………?」

「真!大丈夫?どこか痛くない?……俺のこと、わかる……?」

「……痛くないよ、猿夫くん。」

「良かった……」


目が覚めたら見覚えのある白い天井と猿夫くんが視界に入った。ここは保健室だ。身体を起こしたらすぐに猿夫くんが優しく支えてくれた。猿夫くんの手は少し震えていて、多分、前みたいに記憶が失くなってないか心配だったんだと思う。猿夫くんは困ったような泣きそうな顔をしながら言葉を続けた。


「真、最近とても疲れてるけど、何かしてるの?」

「えっと、えーと……」

「俺に、言えないこと?」


アイドルのことは秘密って言われてる。でも、猿夫くんを困らせるウソをついたり、悲しい顔をさせたりするくらいならわたしが怒られてもいいやって思って正直に全部話した。


「……その事務所ってどこ?」

「え?」

「真がアイドルやりたいなら俺は応援するよ。でも真が倒れるまで働かせるなら俺は絶対やってほしくない。」

「猿夫くん……」

「部外者が口を挟むことじゃないのはわかってる。でも、アイドル以前に真は俺の……俺の、大切な彼女だから。守りたいんだ。」


あの控えめで真面目な猿夫くんが、俺の、なんて言ってくれたことがすごく嬉しくって、顔がぼんっと沸騰したように熱くなったのがわかる。猿夫くんに迷惑をかけたくなくて、わたしはすぐに事務所に電話した。あの女のひとが出て、わたしはすぐに契約を切りたい旨を伝えた。理由をすごく聞かれて、彼氏に心配かけたくない、って言ったら、アイドルは恋愛禁止で、彼氏がいるかを確認しなかった此方に非があります、って謝ってくれた。ちょっぴり申し訳なかった。


「真、その……ごめん。アイドルやりたかったんでしょ?」

「んーん、あんまり。」

「えっ?」

「友達が、猿夫くんが惚れ直してくれるかも、って言ってたから、つい……えへへ。」


猿夫くんはぽかんとしていて、焦ったー、なんて言って肩の力を抜いていた。そしてふにゃりと笑ってくれた。


「猿夫くんは、わたしがアイドルするの嫌?」

「嫌ってわけじゃないけど……」

「けど?」


猿夫くんが口籠ったから、わたしは目を大きく開いて彼の目をじいっと見つめた。そしたら顔と尻尾を赤くして、小さな声で、わかったよ、と言ってわたしの肩に手を乗せて言葉を続けた。


「真の好きにして良いんだよ。でも、真が他の男に取られちゃうかもって心配した。アイドルってヒーローや芸能人とも会うみたいだし。俺なんかより……」

「わ、わたしのヒーローは昔から猿夫くんだよ!それにっ、わたし他の男の子なんて興味ないよ!」


色が抜けないから本当のこと言ってくれてるって思ったら嬉しくなって、思わず言葉を遮って興奮して喋ってしまった。猿夫くんはもっと赤くなって、素敵な笑顔で、ありがとう、って言ってくれた。猿夫くんに心配かけたくなかったから、わたしも思っていることをちゃんと言葉にした。


「猿夫くん、わたし、猿夫くんだけのわたしでいたい。もっと可愛くなりたいし、もっとすきになってもらえるよう頑張る!」

「……すでに死にそうなくらい可愛いのに、これ以上好きになったら俺どうなるんだ……」

「猿夫くんっ、だいすきだよ!」

「……俺も大好き。ほら、おいで。」

「うんっ!」


猿夫くんが両腕を広げてくれたから、わたしは思い切りぎゅうっと抱きついた。ベッドの周りはカーテンで遮られてるから、周りから見られることはないし、たくさん甘えちゃおうって思って、小さな声で、猿夫くんもしたいことなんでも好きにしてね、って言って思い切り身体をくっつけて頬をすりすりしたら猿夫くんはまた鼻血を出してしまっていた。





あなただけのわたしで




「猿夫くんっ!?大丈夫!?」

「俺、もうもたない気がする……本当に……」

「……あの子たち、私がいることを忘れとりゃせんかねえ……青春だねぇ……」






back
lollipop