キミのためなら



漢字ふりがな最近、女学生が不審な男に切りつけられる事件が連続で起きている。警察やプロヒーロー達が一刻も早く犯人を捕まえようとしているが、今朝のニュースでついに四回目の事件を知った。教室でも一連の事件の話題が飛び交っている。


「なぁ尾白、事件が起きてるのってお前の通学路の近くだろ?大丈夫なん?」

「うーん、どうだろう。でも俺は大丈夫だよ。」

「そりゃお前はな!俺は小さくて可愛らしい真ちゃんの心配をしてんの!」

「ああ、心配ありがとう。事件があった日からは毎日一緒に登下校してるよ。」


上鳴の言う通り、真は女子の中でも背が低い方だ。そして一連の事件の被害者たちは背が低いという共通点があるため、心配してくれるのも頷ける。もちろん俺も真が心配だから最近は登校だけじゃなく下校も毎日一緒にしているのだが。それに地域の人たちが安心して過ごせないことも心配で。一刻も早く犯人が捕まるのを祈ることしかできない自分が情けなく感じてしまう。


「でもなんで背が低い子ばかり狙われんだろうな〜。」

「うーん……単純にか弱く見えるからじゃない?」

「クソォ!オイラも狙われるんじゃねえか!?うおおお!上鳴!今日一緒に帰ろうぜぇ!!」

「なんでそーなるんだよ!!」

「ッ……くくっ。」

「クソォ!笑うなよリア充このヤロー!」


二人のやりとりを見てると笑いが我慢できなかった。ごめん、峰田。しかし背の低い女の子ばかりが被害にあっているのもたまたまかもしれない。事件が終息するまで俺も気を引き締めなければ。そう決意して今日も一日を乗り切った。





7限が終わってD組の教室へ真を迎えに行くと、どうやら本を読んでいたようで、俺が教室のドアを開けたら本を机にしまい、リュックを背負ってぱたぱたとこっちに駆け寄ってきた。


「猿夫くん!今日もお疲れ様!」

「ありがとう、真もお疲れ様。待たせてごめんね。帰ろうか。」


学校の外に出て、信号の長いあの横断歩道からは手を繋ぐのが俺達の暗黙の了解になっている。真は相変わらず林檎のように顔を赤くして。いつもならこのままずっと一緒に歩いていたいと思うが、事件のことを考えたらそんな気にはなれないわけで。お互い今日一日にあった出来事を話しながら少し早足で歩き、無事真を家に送り届けた。


俺も無事に帰宅し、すぐにニュースをつけたがどうやら今日は事件は起きていないようだ。少しほっとして、いつものように夕食をとり課題を片付けて、少しうとうとしていたら突然スマホが音をたてた。画面を見ると峰田からの電話だとわかる。


「もしもし?峰田、どうした?」

「オイオイ尾白!今、一人で外走ってく彼女ちゃん見たぞ!」

「はぁ!?こんな時間に!?人違いじゃないのか!?」

「上鳴が間違いねえって言ってたしオイラも見た!上鳴が追っかけてっけど、一応お前にも伝えとこうと思って!」

「すぐに行く!場所は!?」

「学校に向かってると思うぞ!」

「わかった!ありがとう!」


なんでこんな時間に、しかも一人で外に出るなんて危険極まりない。頼むから無事でいてくれ、と強く願いながら俺は家を飛び出した。





***



「本のしおりに明日提出のプリントなんて挟むんじゃなかった……。」


真はポツリと呟いた。放課後読んでいた本に、親のサインが必要なプリントを挟んでしまっており、それを取りにこんな時間に学校へ赴いたのだ。そして無事に忘れ物は回収できた。彼女は小さな体躯にもかかわらず結構足が速い。そのためぱっと行ってぱっと帰ればいいだろうと甘く考えていた。


いつもの横断歩道は運悪く赤信号で、彼女は立ち止まって息を整えた。


「ここ、本当に長いなぁ……」


そう呟いた時だった。彼女の背後から誰かが駆け寄って来た。足音に気づいた彼女は咄嗟に身を翻し、足音の主である小柄な男がぶつかってくるのを回避した。


「ウオオオオ!!」

「ひゃわあああああ!?」


男は獣のような悲鳴を上げながらギラリと光るナイフを振り回しながら再び彼女に向かって突進してきた。彼女はパニックになりながらも再度避けたが背中にドンッと衝撃を感じた。気づけば壁に追い詰められていた。





***



「真!!返事をしてくれ!真!」


尻尾を使って住宅街の屋根を跳び、生茂る木々を抜け、全速力で学校へ向かう。身体のあちこちに小さな擦り傷や切り傷ができているが、真のためならそんなことはどうでもよくて。何度電話しても彼女の応答はなく、最悪の場合ばかりを想像してしまう。


「どこだ……どこにいるんだ……」


一度足を止め、耳を澄まして目を凝らして辺りを見回す。するといつもの横断歩道の赤いランプが目に入った、と同時に、ギラリと光るものが動くのが見えた。尻尾の毛がザワッと逆立つ感覚がして、まさかと思い俺は全速力で駆け出した。


獣のような男の大声と聞き慣れた女の子の悲鳴が辺りに轟いた。間違いない、真がそこにいる!


現場が見える距離に入ると、壁を背にした真にじりじりと迫る男が見えた。俺は無我夢中で跳び、男に尻尾を叩きつけた。


「真から離れろ!!」


男は壁に激突したが、よろよろと立ち上がった。真を一瞥すると、丸くて大きい綺麗な目から大粒の涙をぼろぼろこぼしている。見たところケガはなさそうだ。先に逃してあげたいが、泣いて怖がる彼女をひとりにするなんて俺にはできない。


「グルル……ウオオオオ!!」


男はナイフを拾うと真の方を向いて走り出した。真が危ない!俺は咄嗟に彼女と男の間に飛び出した。


「ッ……!!」

「ま、ま、猿夫くん!やだ!やだ!猿夫くん!」

「大丈夫!」


男のナイフが俺の脇腹を掠めた。服が切り裂かれたが、身体は無事だ。男は一旦俺から距離を取り、互いに睨み合って動けないでいる。後ろに真がいるので絶対に負けられない。


先手必勝、と俺が男に殴りかかったのを皮切りに近接戦が始まった。男のナイフ攻撃はただ振り回してるだけの様なものだから集中していれば当たることはない。なんとか一撃入れる隙を窺っていると、男の背後に真の名前を呼びながら走ってくる上鳴の姿が見えた。男は上鳴の声に気を取られて一瞬動きを止めた。それを見逃さなかった俺はすかさず尻尾で全力の一撃を叩き込み、再び男を壁に激突させた。男はそのまま気絶したようなので、俺が羽織ってたシャツをナイフで切り裂き、男の両手と両足を縛り上げた。


「真ちゃん!それに尾白!大丈夫か!?」

「猿夫くん!こんなにいっぱいケガして……」

「俺は大丈夫、それより真!ケガしてない?」

「えっ、う、うん……」

「良かった!真が無事で本当に良かった……」

「…………ま、ま、猿夫くんっ!!こ、こ、怖かったよお〜!!」


真は俺にしがみついてわんわん声を上げて泣いた。俺が彼女を宥めている間に上鳴が警察に通報してくれた。真を一刻も早く家に帰してあげたいし、警察にあれこれ聞かれるのは面倒だと思った俺達は峰田のいる場所に向かうことにした。犯人が捕まるところは近くに隠れて見届けたのでひとまず安心していいだろう。


峰田と合流し、起きたことを簡潔に説明した。峰田は、やっぱりオイラも狙われてたかもしれねぇ!と騒いでいたが、上鳴が峰田を引きずるようにしてその場を後にした。俺も、帰ろうか、と真に声をかけて、震える彼女の手を引いて帰路に就いた。


「真、どうして学校に行こうとしたの?」

「……あ、明日までのプリントが……」

「それなら俺を呼んでよ……」

「ス、スマホも学校の机の中にあって……」

「うーん……真、机の中の物は毎日全部持って帰りなよ。」

「今度からそうする……」


歩きながら会話をしているうちに真の手の震えは止まってきた。少しでも安心させることができたなら何よりだ。そう思っていたら、急に彼女が歩みを止めた。


「どうしたの?」

「猿夫くん……わたしのせいでそんなにたくさんケガさせちゃってごめんなさい……」

「ああ、そんなこと。大丈夫だからさ、気にしないでよ。」

「でも………」


真と目線を合わせて話していると、彼女の丸くて大きい綺麗な目に涙が溜まってきたのがわかる。泣かせてしまっているのは喜ばしいことではないが、俺のために泣いてくれているのかと思うと嬉しく感じてしまう。


「俺は、真が無事ならそれでいい。でも、夜遅くにひとりで外に出たことは良くないよ。」

「ごめん……なさい……」

「うん、だから、次からは絶対俺を呼んで。いいね?」

「……いいの?」

「ッ……くくっ、良いに決まってるじゃない、むしろ呼んでほしいよ俺は。」


いいね?って問いかけてるのに、いいの?って聞き返してくるものだから思わず笑ってしまった。


「わたし、猿夫くんに迷惑かけてばっかりになっちゃう……」

「迷惑なんかじゃないよ。俺は嬉しいよ。」

「……嬉しいの?」

「うん、だってさ……」





キミのためなら




「大好きなキミに頼ってもらえるなんて、最高に誇らしいことだからね。」

「ま、ま、猿夫くん……!」

「キミのためならいつだってどこにだって駆けつけるよ。」

「お、王子様だあ……」





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