高校に入って初めて寝坊してしまった。まさか目覚ましの電池が切れちゃうなんて。しかもお父さんもお母さんも夜勤でいないのすっかり忘れてて……次からスマホの目覚ましをかけることを決意して、慌てて学校へ行く準備をした。猿夫くんには起きてすぐにみどりで連絡して先に行ってもらった。
いつもの道を1人で走って行くのはなんだか新鮮だった。あとはこの道をまっすぐ行けば横断歩道だ、そう思って足を早めた時、曲がり角から突然自転車が飛び出してきて、びっくりしたわたしは飛び上がって尻餅をついてしまった。
「きゃあ!痛っ!」
「すまない!怪我はないか?」
「だ、大丈夫です。あなたは大丈夫?」
「ああ、問題ない。」
自転車に乗っていたのは雄英の男子生徒で、烏みたいな印象のひとだった。ぶつかる前に彼もわたしも止まったからどちらも怪我をせずに済んでよかった。わたしはごめんなさいと頭を下げて急いで学校に走って行った。
「ん?おい、待て!……行ってしまったか。」
なんとかホームルームには間に合った。自分の足の速さに感謝。親友2人と挨拶を交わして席に着いたら、わたしをじっと見た2人が全く同じことを口にした。
「「あれ?バレッタは?」」
「えっ?……無い!なんで!?どうして!?」
頭に手を当てたら猿夫くんからもらった林檎のバレッタがついてない。家を出る前に確かにつけたはずなのに。きっと、烏のひとと会った時に落としちゃったんだ……
「ど、どうしよう……」
「ちょっと、真、何も泣かなくても……」
「これじゃ猿夫くんに合わせる顔がないよ〜!」
「何か心当たりはないの?」
「……自転車に当たりそうになった時落としたかもしれない。」
2人に詳しく聞かれて、烏のひとのことを話したら、A組の常闇くんではないかと教えてもらった。猿夫くんに知られる前に、何とか常闇くんに会ってバレッタを見てないか聞きに行かなきゃ。
お昼休み、2人が食堂に行って猿夫くんがいるのを確認してみどりで連絡してくれた。わたしはすぐA組の教室に行って、上鳴くんに頼んで常闇くんを呼んでもらった。
「あ、あ、あの、お話が、あって……」
「奇遇だな。俺も話がある。」
「こ、ここじゃちょっと……えっと……」
「……?わかった。」
常闇くんは優しいひとで、理由を言わずともA組から少し離れた階段の踊り場に場所を移してくれた。バレッタのことを相談したら、常闇くんの後ろからひゅんっと影が伸びてきた。少しびっくりしたけど、影はなんだかしょんぼりしてるのかな、ちょっと可愛い。よく見たら影の口元が赤く光ってる……?
「探し物のバレッタとはこれか?悪いな、俺の
「そ、それ!だいすきなひとからもらったすごく大切なものなの!」
「俺の好物が林檎でな。
「ゴメン……」
「ううん、ありがとう。失くしてなくてよかったよ。本当に大切で、だいすきなの。」
「そうか……そう言ってもらえるなら俺も有難い。話は済んだ、戻るぞ。」
「あ、う、うん!えっと、またね!」
「アイヨッ!」
常闇くんはクールなひとだけどとても親切だった。それと、
「あっ、真、どうだった?」
「常闇くんが持っててくれたみたい!返してもらったよ!」
「よかったねー!私、つけてあげるよ。」
「うん!お願い!」
こうして無事にバレッタは戻ってきた。A組って本当に個性的なひとが多いなーって思う。
それから午後の授業はちゃんと集中して、帰りは部活で遅くなったんだけど猿夫くんも自主トレで残ってくれてたから一緒に帰ることができた。でも、帰り道の猿夫くんの様子がなんだかおかしくて。心配になったわたしは思い切って目を大きく開けて質問してみた。
「猿夫くん、どうしたの?」
「いや、なんでもな……」
「ウソついてもわかるよ。」
「……ですよね。」
視界からすっと色が抜けたから、本当は何かあるってすぐわかる。猿夫くんがこうなるときは大抵わたしに気を遣ってるとき。じーっと見つめてたら、少し悲しそうな顔でゆっくり話し始めてくれた。
「真さ、昼休み、常闇と会ってた?」
「え?あ、あ、あ、会ってな……」
「ウソついてもわかるよ。」
「……だよねえ。」
ふたりして同じような会話をしたのが面白くてどちらもぷっと吹き出してしまった。正直に今朝のこととお昼休みのことを話したら、猿夫くんは片手で顔を押さえてその場で立ち止まってしまった。
「黙っててごめんね。」
「いや、いいんだ。髪留め、大事にしてくれてありがとう。それより、自分の器の小ささが本当に情けないよ……」
「そんなことないよ?猿夫くん、いつも優しいし……」
「真。」
「きゃっ……ま、猿夫くん?いきなりどうしたの?」
お外にもかかわらず猿夫くんはわたしをぎゅうっと抱きしめた。いつも外でこんなことしないのに。また峰田くんと入れ替わったのかって一瞬思ったけどそんなことはないだろう。
「今朝、常闇の
「こ、告白!?なにそれ、わたしそんなことしてないよ!」
色が戻ったから猿夫くんの言ってることは本当なのだろう。でも、わたしは常闇くんに告白なんてしてない。なんて告白してたって聞いた?って聞いたら猿夫くんは答えてくれた。
「大切で、大好きなの、って…………」
「そ、それってこのバレッタのことだよ!?だいすきな猿夫くんから初めて……正確には2回目だけど、猿夫くんからもらったものは何だって大切に決まってるよ!」
「え?……つまり、勘違い、ってこと?」
「そうだよ!わたしがすきなのは尾白猿夫くん、ただ1人だよ!今までもこれからもずーっと!」
「あ、ありがとう……うわぁ、俺って……」
猿夫くんはとほほって感じで肩を落としていた。きっと自分で自分に呆れているところだろう。猿夫くんのこういう真面目なところ、わたしはすごく好きだったりする。でも、あんまりにも落胆しててちょっぴりかわいそうだったから、わたしも猿夫くんにぎゅっと抱きついた。
「真?ど、どうしたの?」
「猿夫くんの、そういう真面目なとこ、すっごくすき。誠実だなあって、頼れるなあって、かっこいいなあって思う。本当だよ。」
頭ひとつ分離れてる猿夫くんのお顔を見上げてじーっと見つめてたら、みるみるうちに赤くなっていった。それから尻尾でわたしの顔を胸に押しつけて、恥ずかしいから見ないで、なんて。こんな可愛い猿夫くんも大好きで、結局どんな猿夫くんだって大好きだなあって思った。
どんなあなたも
「でもさ、常闇くん本人に聞けばわかることだったんじゃないの?」
「う、うん、そうだけど、ほら、恥ずかしくて……」
「……ウソ、ついてもわかるからね?」
「つくづく便利な個性ですね……」
髪留めだけじゃなくて真まで持ってかれるかもって心配になって、常闇と口を利いたら尻尾で叩いてしまう自信があって話しかけられませんでした、なんてかっこ悪いこと言えない……