大きいと困るもの



今日は部活が早く終わった。まだ猿夫くんが学校にいたら一緒に帰ろうって誘いたくて、わたしはたくさんの荷物をリュックに素早く詰め込んで、A組まで早足で行った。だけど、その足はA組のドアを開ける前にピタッと止まってしまった。


「やっぱさぁ、邪魔になるしデカけりゃいいってもんじゃねェよな!」

「まぁ、あんまり大きいとな。」

「そうか?オイラはデカけりゃデカいほどいいと思うけどな!」


聞こえてきたのは上鳴くんと猿夫くん、それに峰田くんの声。お話の邪魔をしちゃダメだと思って、終わるまでドアの外で様子を窺うことにした。


「でも尾白はデケェ方が好きなんだろ?」

「え、なんで?」

「真ちゃんの、いつも持ちてーって言ってんじゃん。」


ん?わたし?わたしの大きいもの?何だろう。そっとドアに耳を近づけたら会話の内容がより鮮明に耳に入ってきた。


「ああ、真は身体が小さいから余計に大きく見えるんだよな……」

「わかるぜ尾白!統司ちゃんのくらいデカいといいよな!」


身体が小さいわたしの大きなもので持てるもの……も、も、もしかして、む、胸?胸の話してるの?峰田くんは大きい方がいいって言ってるし、絶対そうだとしか思えない。じっと自分の胸を凝視してみたけど、確かにわたしは身長の割に胸が大きい気がする。中学の水泳の授業ではよく女子から羨ましいって言われてたけど自分ではそんなに意識したことなくて。……猿夫くんは触りたいとか思ってるんだろうか、なんて考えていると続きの会話が始まったから再び耳を澄ませた。


「真ちゃんに頼んでみたらいいんじゃね?持たせてくれーって。」

「いや、さすがにそれは頼むことじゃないだろ……」

「オマエら身長差あるし、こう、ヒョイっといけないのか?オイラで練習するか?」

「あ、それいいんじゃね?ほら、こう、峰田が台に乗ってさ……」


教室の中は見えないから何が起きてるかはわからない。けど、峰田くんで胸を触る練習をしようとしているのは察することができた。こんな状況でドアを開けるなんて絶対無理だと思ったわたしは足音を立てないようそっとA組を後にした。


1人で帰ろうと思ったら昇降口のところで師匠が靴を履き替えていた。話しかけたら、帰り道に製菓材料を買いに行くとのことで、一緒に行ってもいい?って聞いたら快くOKしてくれた。部活帰り、しかも急いでいたからかわたしのリュックはパンパンで。師匠はそれ貸しな、と言って軽々とわたしのリュックを肩に掛けた。さすがレスラーみたいな体格だ、と尊敬しちゃう。師匠と歩きながら授業のことやお菓子のことを話していたら、猿夫くんのお話になった。


「一緒に来るってことは、尾白に何か作ってやるのか?」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど……」

「なんだ?何か悩み事でもあんのか?」

「……師匠、猿夫くんには秘密にしてくれる?」

「えらく真剣だな……わかった。約束する。」

「あのね…………」


わたしはさっきのお話を包み隠さず師匠に伝えた。そしたら師匠はわたしをじっと見て、少し顔を赤くしながら、なるほどな、と納得してくれたようで。


「やっぱり猿夫くんもそういうこと、考えるのかな。」

「まぁ、男だからなぁ。好きな女子に触りたいって思っちまうのは普通なんじゃねぇか?俺にはわかんねぇけどよ。」

「そうなのかなあ……わたしから触る?ってお誘いしてあげた方がいいのかな?」

「……いいんじゃねぇか?尾白だし。」


師匠は少しニヤニヤしていたけど、わたしの考えに賛成してくれた。明日は一緒に宿題をして探偵アニメのDVDを見る約束をしてるし、勇気を出して言ってみようと思う。





翌日、予定通り、わたしの部屋で猿夫くんと一緒に宿題を終えた。リビングでお菓子でも摘みながらDVDを見ることになってふたりで一緒に大きなフカフカのソファに座った。ちなみに両親は仕事の都合で明日の朝までは帰ってこないから、家には猿夫くんとふたりきり。お菓子とジュースを出して、DVDをつけようとリモコンに手を伸ばしたら猿夫くんと手が触れ合った。ふたりして顔を見合わせて、お互いに顔が赤くなった。


「真……」

「猿夫くん……」


同時に名前を呼び合って、お互い引き寄せられるように顔を近づけて、ちゅっ、と触れるだけのキスをした。やっぱり何度しても恥ずかしいね、って笑い合った。そのまま空気はシーンとして、今なら言い出せる気がすると思ったわたしは猿夫くんをじいっと見つめて緊張しながらゆっくり口を開いた。


「……猿夫くん。」

「ん?なに?」

「……胸、触りたい?」

「……えっ!?えぇ!?な、なな、何言ってるんだよ!ど、どうしたの!?」


猿夫くんはすぐわたしの額に手を当てて、熱はないな、なんて言ってる。そんな真っ赤な顔して、むしろ熱がありそうなのは猿夫くんだよ……なんて思うと少し緊張が解れた。


「猿夫くんなら、いいよ。も、持ち上げても。」

「も、も、持ち上げ……!?そ、そそ、そんな……お、俺、我慢できなくなるって!それは本当にヤバい!」


猿夫くんは今まで見たことないくらい動揺してて、わたしに背を向けてしまった。なんだか申し訳ないことをしたような気がして、ぼそぼそと自分の思っていたことを白状することにした。


「わたし、昨日聞いちゃって……猿夫くんが、わたしの胸、持ちたい、って……」

「昨日……アレか!?真いたの!?って、違う!アレは通学カバンの話だよ!」

「えっ?カバン?」

「峰田はデカいやつが欲しいって言ってて、上鳴はデカいと電車とかで邪魔だからデカすぎるのもなぁ、って。」

「じゃ、じゃあ猿夫くんは?わたしの持ちたいって……」

「真、そんな小柄なのに大きなリュックいつもパンパンに詰めて背負ってるでしょ?持ってあげたいけど、前でベルトつけてしっかり留めてるから中々言い出せなくて……」


そこでわたしはハッとした。確かに師匠も昨日の帰り道でわたしのリュックを重そうだから持ってやる、貸しなって言ってた。つまり、わたしの勘違いで。恥ずかしくて自分の部屋に逃げちゃおうとしたら猿夫くんに後ろからギュッと抱きしめられた。それから、猿夫くんはわたしの耳元で低い声で囁いた。


「真……あんなこと、簡単に言っちゃダメだよ。俺も男だから。好きな女の子にあんなこと言われたら、さすがに耐えられなくなる。」

「ご、ごめんなさい……」

「ん、わかればいいよ。じゃ、DVD見ようか。」


そう言って、猿夫くんは尻尾でリモコンを取って、わたしを自分の脚の間に座らせて後ろから抱きしめたまま、手でリモコンを操作し始めて。わたしは猿夫くんの大きな身体にすっぽり閉じ込められたままDVDを見る羽目になって、ドキドキしっぱなしで全然映画の内容が頭に入って来なくて困ってしまった。





大きいと困るもの




リュックのベルトが真の胸の下を締め付けてて、胸がすごく大きく見えて毎朝目のやり場に困る。おまけに真は可愛いから、たまに道行く男が凝視してくることもあって。しかも、そんな立派なものを触りたいかなんて言われたら男としては触りたいのが本音で。ちょっとずるいけど、DVDを見る前に真の胸の下に腕を回してみたらそれはズッシリと重くて、本当に大きいんだなと実感した。そして、明日からは真のためにも俺のためにもリュックを持ってあげようと決めたのだった。






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