待ちはしない



照りつける日光が眩しい暑い夏の日。季節は変わってもわたしと猿夫くんは変わらず手を繋いで学校へ行く。楽しく話しながら歩いていたら、後ろからガチャンと音がした。


「ねぇ、これ落としたよ。」


声をかけてきたのは体育祭の障害物競走でわたし達普通科から唯一騎馬戦に勝ち進んだ有名なひと、心操くんだった。彼の掌にはわたしのリュックについていたキーホルダーが乗っていた。さっきの音はきっとこれが落ちた音。拾ってくれたみたいだから、お礼を言おうとしたのだけど。


「あ、ありが……むぐっ!んんー!」

「真、答えちゃダメ。」

「……俺、そんなつもりないんだけど。」


猿夫くんに尻尾で口を塞がれた。お礼を言うだけなのにどうしてこんなことするんだろう、って思ったけど、そういえばこのひとの個性で猿夫くんはすごく傷ついたって言ってたっけ。チラッと目の前のひとを見ると、少し悲しそうな顔をしていた。でも、親切にしてもらったことには変わりないから、わたしはすぐにスマホを出して素早く文字を打ち込んで、キーホルダーを受け取ってそのままスマホを彼に見せた。



拾ってくれてありがとう!
猿夫くんにはちゃんと話しておきます(・x・)ゞ



スマホを見た彼は少し優しい顔になって、もう落とすなよ、って言って歩いて行った。猿夫くんが尻尾を離してくれたから、わたしはすぐ猿夫くんに注意した。


「猿夫くん、さっきのはただ親切にしてくれただけだよ!すごく失礼だよ!ちゃんと謝らなきゃダメだよ!」

「……ごめん、心操と話すとなったら変に構えちゃって。確かに真の言う通りだね。俺、謝ってくるよ。」


そう言って猿夫くんは心操くんを追いかけて行ったから、わたしも早足で追いかけた。猿夫くんが心操くんに頭を下げて謝ったら、心操くんは別に気にしてないといったような様子で、少しだけ笑ってくれていた。


「ところでその子、あんたの彼女?」

「あ、ああ、そうだけど……」


心操くんの質問に答えた猿夫くんの動きが一瞬ぴくっと止まった。それから心操くんが猿夫くんにデコピンをした。バチッと大きな音がしてすごく痛そうで、猿夫くんはその場にしゃがんでとても痛がっていた。心操くんは、さっきのお返し、これでチャラにしてやるよ、と一言呟いて去って行った。


「い、痛ってぇ……」

「わあ……」


額が赤くなってて本当に痛そうだった。……猿夫くんがしゃがんでるからわたしよりも低い位置にいる。周りをきょろきょろ見渡してみたけど、今は誰もいなくって。わたしは猿夫くんの両頬をそっと掌で包んで額にキスをした。猿夫くんはさっき心操くんの洗脳にかかっていた時みたいにぼーっとしていた。


「いたいのいたいのとんで……った?」

「……まだ痛い。」

「そ、そんなあ……」

「だから、もう一回。」

「……えっ!?う、うん……」


周りに誰もいないのを確認して、もう一度猿夫くんの額にキスをした。


「もう大丈夫?」

「ん、全然痛くなくなったよ、ありがとう。」

「ど、どういたしまして……さ、先に行くね!」

「えっ!?真!?ちょ、待って!」


我ながら大胆なことをしてしまったなあと思ったら急に恥ずかしくなってしまって、わたしは猿夫くんを置いて学校へ走り出してしまった。後ろから猿夫くんが追いかけてくるけど、わたしの方が速度が速いみたいでチラッ振り返ってみると、どんどん距離は離れていってた。そしたらどんっと誰かにぶつかった。このタイミングでぶつかるひとなんてたった一人、先に前を歩いて行った心操くんだ。


「ご、ごご、ごめんなさい!」

「……落ち着きなよ。」

「だ、大丈夫?本当にごめんなさい……」

「別に。何ともないよ。それよりさ……」

「なに?」


わたしは目を大きく開けて、心操くんの目をじっと見つめた。寝不足なのかな、隈が見える。心操くんもわたしをじーっと見て、ゆっくり言葉を続けた。


「フツー構えるんだけどな、俺と話す人は……」

「……心操くんは誰でも洗脳するの?」

「まさか。そんなことないよ。」

「……うん、そうだよね。だから、構える必要なんてないのにね。失礼しちゃうよね、本当。」

「何の話だ?」

「お互いの個性の話。体育祭のこと、知ってるよ。心操くん、ヒーロー科目指してるんでしょ?わたしも普通科だから。普通科の星、応援してるよ!」

「お互い……?あんたもそれ系の個性か……?」


わたしも小さい頃は、真ちゃんと話すのは怖いとか、目玉オバケに嘘つきにされるとか、言われてたから全く同じではないにしろ心操くんの気持ちは少しだけわかる。わたしは自分の個性を心操くんに教えると、彼は納得したような反応を示してくれた。


「わたしは、ひとを疑うよりも信じていたい。だから、嘘を見抜くっていうよりは、相手のことを信じているからこそ、本当のことを言えないときに味方になってあげられるよう、個性を使いたいって思う。」

「……俺は、立派なヒーローになって、俺の個性を人のために使いたい。」

「うん!いいと思う!頑張れ、普通科の星!ヒーロー科の星になる日が待ちきれないや!」

「……どうも。」


心操くんはちょっぴり嬉しそうな顔をしてくれたと思う。こうして話してたら猿夫くんに追いつかれたみたいで、後ろから腕を掴まれた。


「捕まえた。」

「……捕まっちゃった。」

「何話してたの?」

「えーと……お互い大変だねって話!ね、心操くん!」

「ま、そんな感じ。」


心操くんはちょっとダルそうに首の後ろに手を当てて答えた。猿夫くんはやきもちを妬いているのか、きゅっとわたしの手を握ってきた。


「あんた、真面目そうに見えるけどそんな所もあるんだな。」

「……いいだろ別に。」


心操くんの言葉に猿夫くんはちょっとバツが悪そうにお返事した。心なしか頬がちょっと赤い気がする。


「……猿のくせに。」

「はぁ?何だよそれ。」

「別に。」


心操くんが言った猿のくせにって言葉の意味はよくわからなかったけど、心操くんと猿夫くんが自然に話をすることができていたから嬉しいなって思えた。心操くんは少し満足そうに口角を上げて、振り返って再び学校に向かって歩みを進めた。


「心操くん、いいひとだよ。」

「まぁ……ヒーロー目指してるんだし、そうなんじゃない?」

「そういうことじゃなくて……うーん、まぁいいや、いつかわかるよ!今は普通科の星だけど、きっとヒーロー科の星になるのも遅くはない、待ちきれないね、うん!」

「……真、ちょっと心操のこと気に入ってない?」

「え?同じ普通科だし普通に応援してるけど。時間は待ってはくれないよ、きっとすぐにでもヒーロー科に入ってくるよ!猿夫くんも負けちゃダメだよ!頑張ってね!」

「……あいつには絶対負けない。」


猿夫くんに握られてる手にギュッと力が込められた。ちょっと痛くて、痛いよ、って言ったら手の甲にちゅっと軽いキスをされた。いたいのいたいのとんでった?と聞かれて、恥ずかしくなったわたしは猿夫くんの手を振り払ってやっぱり走って逃げてしまった。





待ちはしない




「真!?また!?ちょっと待って!」

「は、恥ずかしいから待たない!」

「ええ!?真の方が先に……」

「うわあああ!ダメ!ダメだよそんなこと言っちゃ!」


やっぱりわたしの方が足が速くて前にいる心操くんをびゅんっと追い越してわたしは学校目指して駆け抜けて行った。心操くんとすれ違ったとき、笑いながら何か言ってたような気がした。


「あの猿め……尻尾でも洗って待ってろよ。」







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