部活が少し長引いてしまった。急いでみんなで片付けをして、わたしは猿夫くんにラインで連絡をした。
部活終わった!門のところに行きます(・x・)ゞ
猿夫くんはお友達と宿題しながら待っててくれてるはずだから、校門で待ち合わせることにした。スマホをリュックにいれて、背負おうとしたとき、部室の鏡が視界に入った。そしていつもあるはずのものがないことに気がついた。
「バレッタがない!?……あっ!」
先程、片付けの後に軽く倉庫の掃除をした時にバレッタを外して棚に置いたのを思い出した。わたしは荷物をそのままに倉庫へ急いで走った。
バレッタは倉庫の一番奥の棚にちょこんと置かれていた。良かった、早く荷物を取りに行って校門へ行こう。倉庫を出ようと一歩踏み出したその時。
「あっ!」
落ちていた雑巾を踏んで、足を滑らせて転んでしまった。しかもそばにあった脚立を倒してしまい、倉庫に置いてあった用具が音を立てて連鎖して倒れていく。砂埃が舞って、けほけほと咳が出る。音と砂埃が落ち着くまでに結構な時間がかかり、やっとのことで立ち上がろうとした時に右足に違和感を感じた。
「えい!むぬっ!……はさまってる。」
倒れてきた用具の隙間に運悪く右足がはさまってびくともしない。幸い痛みはなく怪我はしていない。でも、下手に力づくで抜け出せばまた物が倒れてくるかもしれない。腕時計を見ると部室を出てから20分以上経っていた。どうしよう、誰か、誰か救けて、そう思った時、やっぱり救けに来てくれるのは綺麗な金髪の、尻尾のヒーローで。
「真?ここにいる?」
「猿夫くん!わたし、ここにいるよ!」
倉庫のドアが開いたと同時にすぐに猿夫くんの声がして、わたしも大きな声で返事をした。猿夫くんはわたしのいる一番奥まで一目散に走って来てくれた。崩れた用具の側でぺたんと座り込んでいるわたしを見て、いつものお決まりのセリフが飛び出した。
「何だよこれ……って、大丈夫!?どこか痛くない!?」
「大丈夫、痛いところはないよ。でも、足がはさまって動けないの。」
「ケガはないんだね?良かった……」
猿夫くんは胸に手を当ててほっと一息ついた。それから、用具を上から一つ一つ丁寧に退かせてくれて、わたしは足を動かせるようになった。
「猿夫くん、ありがとう!」
「いくら電話しても出ないし、部室に行ったら荷物があるだけで真はいないしで焦ったよ……」
「よくここにいるのわかったね。」
「部室にあった放課後の掃除当番表を見たら倉庫って書いてあったからね。」
「うわあ……猿夫くん頭良いね……」
猿夫くんの機転の良さには舌を巻いてしまう。とりあえず早くここから出ようと、猿夫くんに手を引いてもらって歩き出した時だった。
ガチャリ
今の音、もしかしなくても。
「えっ、うそ!?……鍵、閉められちゃった。」
「えっ!?」
鍵の閉まる音がして、猿夫くんを置いて入り口に走って行って確認したらやっぱり鍵は閉まってた。猿夫くんも驚いている。ドアを叩いて、誰かいませんかー!と言っても返事はない。完全に閉じ込められてしまった。
「……閉じ込められちゃったね。」
「そ、そうみたいだね……」
猿夫くんのスマホで助けを呼ぼうともしたんだけど、運悪く電池が切れてしまっていた。とりあえず陸上部が使う高飛び用のマットの上にふたりで座って、どうしたもんかと話し合った。その結果、ドアを壊して外に出るのは最終手段として、ひとまず見回りの人が来ることを祈ってここで待つことにした。
それから、ふたりでいろんな話をした。友達の話、勉強の話、夏の予定の話、そして、わたし達ふたりの話……わたしは猿夫くんとこれからもずっとずっと一緒にいたい。目の前のこのひとと離れ離れになる日なんて考えられないし、いつまでもふたりで一緒に笑い合っていたい。でも、わたしはいつも迷惑をかけてばかりで。今日もわたしのせいで迷惑をかけてしまって、申し訳なさでいっぱいになって、わたしは涙をこぼしてしまった。それを見た猿夫くんは慌ててわたしに問いかけた。
「真!?やっぱりどこかケガしたの!?大丈夫!?」
「あ、ち、ちがうの。えっと……」
わたしは自分の気持ちを猿夫くんの目を見て真っ直ぐ伝えた。猿夫くんは真剣に聞いてくれて、わたしのお話が終わったら、おいで、と軽く腕を広げてくれた。ぴとっと猿夫くんにくっついたら、後ろからふわっと抱きしめてくれた。猿夫くんの体温といい匂いが心地良くて思わず顔が綻ぶ。猿夫くんはわたしの名前を呼んで、言葉を続けてくれた。
「迷惑なんかじゃないよ。前も言ったけど、俺は嬉しいよ。真に頼ってもらえるような自分を誇らしく感じる。」
「猿夫くん……」
顔を猿夫くんに向けるとぱちっと目があって、猿夫くんはふにゃりと笑ってくれた。彼の笑顔を見ると、胸がきゅんとしてドキドキ高鳴るのが抑えられなくなる。頬が熱くなってきて両手を当てようとしたけど、猿夫くんに抱きしめられてて掌を顔に当てられない。猿夫くんと見つめあっていたら顔にどんどん熱が集まって来るのがわかって恥ずかしさを感じていたら、猿夫くんがくくっと吹き出して笑った。
「真、本当に林檎みたい。可愛い。」
「だ、だって……」
可愛い、なんて言われたらもっと恥ずかしくなってしまう。言葉に詰まっていたら猿夫くんの掌がそっとわたしの頬に添えられた。わたしにはわかる、これはキスをするときの合図。そっと目を閉じたら、猿夫くんの柔らかい唇がわたしのそれと重なって、ちゅっと音を立てて離れた。
「……学校なのに。」
「ごめん、あんまり可愛くてつい我慢できなかった。」
またそんなことを言う。可愛い可愛いと頭をたくさん撫でられて、なんだか子ども扱いされているようで頬を膨らませたくなる。しかし、余裕たっぷりなのかニコニコしてる猿夫くんを見てると少し仕返ししてやりたいな、なんて思ってしまって。わたしは猿夫くんに勢いよく抱きついてどさっと押し倒してやった。
「うわっ!真?どうしたの?」
「……お返しだっ!」
可愛いイタズラ
「猿夫くんなんか、こうしてやるー!」
「うわっ、ははっ、ちょっ、やめ、あはははは!」
「どうだ!まいったかー!」
「あははは!ちょ、本当だめだって!あはは!こら、真!」
「きゃあっ!」
「あっ、危ない!」
あまりにも擽ってしまったせいか、猿夫くんに尻尾で軽く振り払われて、倒れてしまいそうになった。けど、猿夫くんがすぐ助けてくれて、今度はわたしが押し倒されるかたちになった。これって、今度はわたしが仕返しされる番……?