猿夫くんにイタズラをしたら、今度はわたしが押し倒されてしまった。頭の後ろに猿夫くんの手があって、猿夫くんのお顔はすぐ隣にある。
「真、ごめん。頭打ってない?」
「大丈夫だよ。ありがとう。わたしこそ、ふざけてごめんなさい。」
「…………」
「猿夫くん?」
もしかして怒ってしまったんだろうか。何も言ってくれないから、どうしようかと思っていたら、猿夫くんはわたしの頭から手を離して、身体を少し起こしてわたしをじっと見下ろした。
「……悪いことしたの?」
「えっ?……うん、たぶん?」
「そっか。じゃあ、悪い子にはお仕置きしなきゃね。」
「お、お仕置き……?」
まさか本当に怒らせてしまったのだろうか、猿夫くんは擽られるのが怒る程苦手なのだろうか、どうしよう、嫌われたくない……そんな風にぐるぐる考えてたら、猿夫くんはくつくつと笑って、悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべた。
「大丈夫、痛いこととかしないから。ただ、怖いとかやめてとか思ったらすぐ教えて。」
「えっ、何す……んむっ。」
何するのって聞こうと思ったら猿夫くんの顔が近づいて口を塞がれてしまった。顔が離れないまま唇を擦り合わせてキスをするのは、ちょっぴり大人なキスをする合図。わたしはそっと猿夫くんの首に腕を回した。……これは、お仕置きというよりご褒美な気がする。
ちゅっ……ちゅる……
「はぁっ…………んむぅ……」
「ん……真……」
熱っぽい目で見つめられて、掠れた声で名前を呼ばれてなんだかぞくぞくしちゃう。舌が絡み合って生じる水音が耳に響く度に何も考えられなくなってしまう。やっとのことで唇を離されて、お互い酸素を取り込もうと息が荒くなる。ぼーっとしていたら今度は触れるだけのキスを2,3回されて、猿夫くんがペロリと舌を出して唇を舐めたのがひどく印象的だった。わたしはこれから彼に捕食されてしまうのだろうか。
「……食べられ、ちゃう?」
「まさか。そんなことしないよ。」
「お仕置き、って……」
「……キス、したいなって思ったからさ。でも、嫌だったらちゃんと言うんだよ。」
「……そんなわけないよ。」
「うん?」
「わたし、猿夫くんなら……何されても……嫌じゃないよ……」
猿夫くんをじっと見上げると、暗い倉庫でもわかるほど、彼が真っ赤になっているのがわかる。同様にわたしの頬もとても熱くなっている。猿夫くんはわたしを抱き起こして、向き合うように座らせてくれて、掌をそっとわたしの右頬に添えた。ひんやりした感覚が気持ち良くて目を細めたら、ゆっくり触れるだけのキスをされた。
「真……俺、もう、限界だ……」
「猿夫くん……?」
「嫌だったら、突き飛ばしてくれて構わない。やめてって言われたら絶対やめる。だから、もう少し、もう少しだけ、触れてもいいかな……?」
「……うん。たくさん、触って?」
「ッ……!真っ……!」
「んっ……」
猿夫くんは尻尾でわたしを抱き寄せてキスをすると、わたしの制服のボタンを外し始めた。シャツをはだけさせられて、首筋や鎖骨にキスをされるとなんだか擽ったい。鎖骨に軽く歯を当てられたのにびっくりして、あっ、と声を漏らしたら、彼の動きは電池が切れたロボットのようにぴたっと止まってしまった。一体どうしたんだろう。
「猿夫くん?」
「…………」
「大丈夫?」
「……可愛すぎる。そんな声、他の人の前で絶対出さないでね。」
「わ、わかった。」
シーンとして動かない猿夫くんの様子を窺うと、どうやら彼の視線はわたしの肌に当てられているみたい。暗い上に、下着もキャミソールも着ているのに、なんだか裸を見られているような気がして恥ずかしさが止まらない。しばらく沈黙が続いて、恥ずかしくなったわたしはこれ以上見られるのが無理だと思って猿夫くんの首に腕を回してギュッと自分の身体に押し付けた。すると、猿夫くんの顔がわたしの胸に埋まってしまって、わたしは慌てて肩を押して離した。
「ご、ごご、ごめんなさい!」
「……あ、いえ、あの、や、柔らかかったです。」
「き、きいてないよ!言わなくていいよ!」
「……真、好きだよ。」
「んむっ……」
慌てるわたしをよそに、猿夫くんは熱っぽい目でわたしを見つめて、再び顔を離さず唇をすり合わせるキスをした。つまり、そういうことで。わたしも再び猿夫くんの首に腕を回して、猿夫くんに応える。舌と舌が絡み合うのがとても気持ち良くて、時折身体がぴくんっと跳ねてしまう。
猿夫くんの尻尾で身体を抱き寄せられて、片手はわたしの頭の後ろ、ではもう片方の手は?そっと目を開けて視線を泳がせたら、猿夫くんの手はわたしの胸にあって。びくっと跳ねて身体を固くしたら、猿夫くんは慌てて胸から手を離した。
「ご、ごめん、嫌だった?」
「ううん、大丈夫。緊張してるだけ……」
「そ、そっか。えっと……」
猿夫くんの手は静止してしまって、どうしたらいいかわからなくなっているみたいで。わたしはそっとその手を取って、自分の左胸に押し当てた。
「真!?な、何して……!?」
「すごく、どきどきしてるの。わかる?」
「えっ、と…………」
「わからない、かな?」
「……ごめん、正直、胸が大きいからか俺が緊張してるからか、心臓の音、わからない。」
「…………そっかあ、えへへっ。」
「…………ごめん、くくっ。」
なんだかおかしくてふたりして吹き出して、クスクス笑い合っていたら、いつものほんわかした空気に戻って、猿夫くんはわたしの制服のボタンを留めてくれた。もうおしまい?って聞いたら、真は良い子だからもうお仕置きはいらないでしょ、だって。やっぱり子ども扱いされてる気がしたけど、もう気にしないことにした。最後にもう一度キスしていい?って聞かれたから、黙って彼の首に腕を回した。
「真……好きだよ……」
「わたしもすき……」
もうちょっとで唇が重なるその時、大きな音を立ててドアが開いた。そこに立っていたのは眼鏡をかけた真面目そうな男の子だった。
「尾白くん!ここに…………は、はは、破廉恥な!!き、きき、キミ達、こんなところでな、な、何を……!?」
どうやらこのひとはA組の委員長さんのようで。猿夫くんと宿題をしてたときに間違えて猿夫くんのテキストを持って帰ろうとしてて、猿夫くんを探し回っていたらしい。ここの前を通ったときに笑い声が聞こえたから、急いで用務員さんに鍵を借りに行って開けてくれたとのことだった。猿夫くんとわたしは委員長さんに正座をさせられて、こんなところで不健全だ、高校生らしく、とくどくどお説教を聞かされた。正座をしてるときに手を後ろで組んでたら、猿夫くんが尻尾をそっとわたしの手に当ててきた。軽く握ってあげたら猿夫くんがチラッとわたしを見てくれたから、わたしもちょっとだけ笑った。委員長さんには悪いけど、ふたり一緒ならお説教されるのも悪くないなあなんて思ってしまった。
可愛いイタズラ
「キミ達!聞いているのか!?何をそんなにニヤニヤと……」
「ごめんなさい、でも、ちゃんと聞いてるよ。それより、救けてくれてありがとう!あなたみたいなヒーローがいたらみんな安心だね!」
「む?そ、そうか……?」
「うん、足も速いって聞いたし、誰かがいなくなったら一番に探しに行ってくれるんでしょ?かっこいいなあ……」
「キ、キミ、なかなかわかっているじゃないか……今日はこのくらいにしておこう、もう暗くなってしまっているしな。」
「やったあ!早く帰ろう!わたし、リュック取りに行かなきゃ!ほら、猿夫くん、ぼーっと座ってないで早く行くよ?」
「真が委員長を手玉に取っている……」