明日はいよいよ猿夫くんとの最後の時間。早く猿夫くんに会いたいと思うけど、それはタイムリミットに近づいているということでもある。お父さんとお母さんは仕事の都合で明日の朝には福岡へ向かうらしい。わたしは友達と最後の時間を過ごしたいというわがままを受け入れてもらって、1日遅れて出発することになっている。わたしが彼に向けてのお手紙を書いているとお父さんが部屋に入って来た。
「真、試験お疲れ様。さっきの話だけど、明後日は本当に1人で大丈夫かい?」
「大丈夫。わからなくなったらお兄ちゃんに電話して来てもらうよ。」
「そうだね、じゃあ気をつけてくるんだよ。それと、明日は友達の家に泊まるんだろう?保護者に一言挨拶の電話でも入れようかと……」
「い、いいよ!ほら、いつもの親友だよ!幼稚園の時からの!そ、それに、もう時間も遅いし、わたしから伝えておくよ!」
「それもそうか。お別れの挨拶も先日済ませてしまったしね。じゃあ、真、頼んだよ。くれぐれも失礼のないようにね。」
「うん、おやすみなさい!」
お父さんが出て行った後、わたしはラインで親友に連絡して、万が一お父さんから連絡があったら話を合わせて欲しいと頼んだ。返事はすぐに来て、2人ともあっさりOKしてくれた。実は友達ではなく彼氏で、しかも家に泊まるなんてバレたら大目玉を喰らうに違いない。猿夫くんは、明日は親がいないから少し遅くまで遊べる、と照れながら話していたから、きっと大丈夫なはずだ。明日は絶対泣かずに、猿夫くんとの時間を大切にしようと決めて、逸る気持ちに身を任せて早めに就寝した。
翌日、わたしは持ってる中で一番可愛いと思う服を着て、いつもはバレッタで留めてるだけの髪も可愛く編んで、マニッシュシューズを履いて少し早く待ち合わせの木の下へ向かった。リュックの中にはしっかりお泊りセットとお手紙を入れてきた。問題はどうやって切り出すかなんだけど……と、そうこう考えてる内に猿夫くんがやって来たのが見えた。
「真!待たせて、ごめん…………」
「ううん!今来たばっかり……どうしたの?」
「いや……いつも可愛いけど、今日は特に、その……最高というか……」
「えっ……や、やだもう……」
顔が急激に熱くなっていつも通り頬に両手を当ててしまう。顔を合わせて早々ふたりして真っ赤になって、ぱちっと目を合わせてクスクスと笑い合った。やっぱり猿夫くんと一緒にいると自然と笑顔になれる。今日で最後ということは心の奥にしまって、わたしは周りに誰もいないのを確認して、猿夫くんの首に腕を回して背伸びをしながらちゅっと唇にキスをした。
「おはようのチューだよ!さ、行こう!」
猿夫くんは真っ赤になったままボーッとしてたから、早く行こうと手を繋いで引っ張ったらハッとして慌てて歩き始めた。まず午前中は猿夫くんの林間合宿に必要なものを買いに行くことになっている。何を買うの?と聞いたら、大方家にあるもので間に合うけど寝間着に使えるシャツや短パン、予備のタオルを買うとのことだった。
買い物はあっさり終わって、お昼まで通りを適当に見て回ることになった。歩いていると新しくできた雑貨屋さんがあって、入りたいなあと思っていたら猿夫くんの方から入ろうかと誘ってくれた。お店の中には可愛いプチプラのアクセサリーが置いてあってどれも欲しくて困ってしまった。
「何か欲しいのある?」
「これかなあ、林檎のヘアピン。」
「俺が買ってプレゼントしちゃダメ?」
「だめ、自分のお金は自分のために使わなきゃだよ。」
「真、そういうところ変わんないね……」
猿夫くんは苦笑いしつつもわたしの言うことを受け入れてくれた。お会計を済ませてお外に出たら、猿夫くんはお手洗いを借りてくるからここで待ってて、と言ってお店の中に戻って行った。2,3分で戻って来て、チラッと時計を見るともういい時間だったからお昼ご飯を食べようと親友ともよく行く洋食屋さんに入った。
「何食べる?」
「ここのオススメはオムライスとハンバーグとカルボナーラと…………」
「それ、ほとんど全部じゃない?」
「そんなこと……あるかもしれない。」
食いしん坊だと思われたかなって恥ずかしくなって思わず両手を頬に当てた。確か初めて一緒に出掛けた時も同じ会話をしたねって言われたけれど、あの時も同様の理由で顔が熱くなったのをよく覚えている。わたしがオムライスに決めたら、猿夫くんも同じものを指していて、また同じだねってクスクス笑い合った。
ふわふわとろとろの大きなオムライスがやって来て、ふたりでいただきますをして美味しいねって話しながら綺麗に食べ終えた。お会計の時、デートだから彼氏が払いたいものなの、とちょっと強く言われてしまって今日はわたしが折れることにした。
それからふたりで推理ものの映画を見た。お腹いっぱいで眠くなると思ったけれど、とてもワクワクする内容だったからそんなことはなくて。猿夫くんも驚いたり笑ってたりいろんな表情をしながら映画を楽しんでいた。
「面白かったねー、まさか犯人があのひとだったなんて……」
「本当、俺、あの女の人だと思ってた。」
「わたしも!……あっ。」
「ん?どうかした?」
映画の感想を話し合いながら外を歩いていると、これまた親友とよく行くゲームセンターがあって、わたしが集めている猿のぬいぐるみの新しいシリーズが入荷していたみたいで。
「あれ、取りに行ってもいい?」
「もちろん、行こうか。」
入店してすぐお目当ての猿のぬいぐるみに向かって、わたしは500円玉を投入した。掌サイズの可愛いぬいぐるみで、機体と相性が良かったのか、2個同時に取ることができた。
「はい、1つあげる!」
「いいの?」
「うん!お揃いだから、大事にしてね!」
「わかった、真だと思って大事にする。」
猿夫くんは嬉しそうにぬいぐるみを撫でていた。その後は、わたしがお願いしてふたりでプリクラを撮った。撮影中、ぬいぐるみをくっつけてキスをさせたら猿夫くんが尻尾の先まで真っ赤になって照れていたのが可愛かった。落書き中、これでいい?と猿夫くんを見上げたら唇にちゅっとキスをされて今度はわたしが真っ赤になってしまったのだけれど。
ゲームセンターを出た時、時計は16時前で。猿夫くんはまだ16時かぁって言うけど、わたしにとってはもう16時。タイムリミットはどんどん迫ってくる。そんなわたしをよそに、何かしたいことはある?って聞いてきたから、わたしはとっさにこう答えた。
「あのね、今日、友達の家にお泊まりするって言ってあるの。」
「あ、あの2人の?じゃあ送るよ。まだ一緒にいたいし。」
「ううん……猿夫くんのお家がいい。」
「……え?お、お、俺の!?」
猿夫くんの顔と尻尾は今まで見たことないくらい一番真っ赤になっていて、軽くパニックになっている。それでもわたしは言葉を続けた。
「ダメなら友達のところに行くから大丈夫だよ。」
「ダメじゃないよ!ただ、今日、うちの親いなくてさ……」
「ご両親に許可を得れば大丈夫、ってこと?」
「あ、うちの親はそういうの気にしないから……じゃ、じゃあ、一緒に、帰ろう、か?」
「うん、一緒に、帰る……」
わたしと猿夫くんは指を絡めて手を繋いで、猿夫くんのお家に向かって歩き始めた。歩いている途中、試験のことや夏休みのことを話していたのだけれど、一歩一歩踏み締める度に、早く着いてたくさん甘えたいなという気持ちと、ずっと一緒にいたいからいつまでも着かなければいいのにという気持ちがぐるぐる混ざりあっていて、歩いている間あまりお話に集中することができなかった。
逸る気持ち、迫る時間
同じものを食べて
同じものを見て
同じものを持って
いつまでもいつまでも
ずっとずっとずっと一緒にいたい
繋いでいる手にぎゅっと力を込めたら、そっと優しく、だけど強く握り返してくれた
俺もだよって言ってくれているみたいに感じて、嬉しくて、切なくて、手よりも胸がぎゅっと締め付けられているような気がした