初めて過ごす
最後の夜



猿夫くんのお家には何度か来たことはある。いつもはお邪魔しますと言って上がらせてもらうんだけど、今日だけはふたりで一緒にただいまと言ってお家に入った。靴を脱ごうと玄関に座ったら、猿夫くんにキスをされた。びっくりして目をぱちぱちさせたら、ただいまのチューだよ、だって。朝の仕返しかな?って聞いたら、お顔を赤くして黙って頷いてた。


夕飯は適当に買いにでも行こうと思ってたらしいけど、折角だから一緒に何か簡単なものを作ろうってことになった。お菓子作りは下手だけど、両親がいない日もちょこちょこあるからご飯を作るのはそれなりに慣れていて良かったと思う。冷蔵庫の中を見て、何作ろうかって話したらふたり同時にカレーライスって答えてしまって。また同じだねってクスクス笑い合ったら、猿夫くんにそっと抱きしめられた。


「俺さ、真の笑顔を見ると気持ちが安らぐんだ。だから、ずっとずっと一緒に笑っていたい。」

「猿夫くん……」


少し泣きそうになったけど、ぐっと堪えてニッと笑顔を作って、顔を隠すようにむぎゅっと抱きしめ返した。笑顔見せて、って言われたけど、恥ずかしいからだーめって返して、またふたりでクスクス笑い合った。実は笑って誤魔化しただけで、わたしもずっと一緒にいたいって言えなかったのは秘密。


ふたりで一緒にカレーライスを作って、いただきますをしてたくさんお話をしながら食べた。猿夫くんはおかわりしてて、やっぱり男の子だなあって感じがした。ごちそうさまをした後はすぐにお皿を洗って、ふたりで一緒にテレビを見た。クイズ番組があってふたりで勝負をしたんだけど、僅差でわたしが勝った時は猿夫くんが本気で悔しがっていた。勝ったからご褒美頂戴って言ってキスをしたら、悔しがってたはずのお顔は一瞬でふにゃりとした笑顔に変わった。猿夫くんの細い目は笑った時にもっと細くなって、それがすごく可愛くて大好きだなあっていつも思う。


お風呂のお湯をためている間、冗談のつもりで一緒に入る?って聞いたら猿夫くんが固まってしまった。冗談だよって言ったら、本気で悩んでしまったって頭を抱える猿夫くんは面白かった。どっちが先に入るかはジャンケンで決めて、猿夫くんが先に入ることになった。スマホを見るとお兄ちゃんから連絡が入ってて、明日わからないことがあったらすぐ電話してねって書いてあった。今まで思い出さないようにしていたのに、あと数時間で猿夫くんと離れなきゃいけないって思ったら目に涙が溜まってきた。でも、泣かないって決めてたから、ハンカチで抑えて頑張って止めた。


わたしもお風呂を済ませて、ふたりで歯磨きをして猿夫くんのお部屋に行った。猿夫くんはお布団を敷こうとしてくれたんだけど、一緒に寝たいなってお願いしたら真っ赤になりながら頷いてくれた。寝るにはまだ早い時間だったから少し読書がしたくて本棚を見せてもらうことにした。そこでわたしは思っていることをぽつりと呟いた。


「なんか、夢みたい。」

「何が?」

「こうして猿夫くんと1日一緒にいられて、一緒に寝るのが。」

「……真、ちょっとこっち来て。」


本棚を見ながら話してたら手招きをされて、わたしはすぐ隣に座った。そしたら、両手を握られて真剣な眼差しでじっと見据えられた。目を、って言われたから、軽く頷いてめいいっぱい目を大きく開けた。


「これから先、いろんなことがあると思う。喧嘩するかもしれないし、忙しくてあんまり会えなくなるかもしれない、他にも色々……でも、俺は真とずっと一緒にいたい。一緒に寝て起きて、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って……そんな生活を安心して当たり前にできるようにするためにも、必ず立派なヒーローになる。」

「うん……」

「だから、これはその約束の印。安物だけど……受け取ってもらえますか?」


猿夫くんはわたしの目の前に林檎のモチーフの可愛い指輪を出した。何も言えないでいると、今日雑貨屋さんで戻ったのはこれを見かけてわたしにピッタリだと思ってプレゼントしたいと思ったから、だって。わたしは2,3度ぱちぱちと瞬きをして、熱い顔を何度も縦に振った。猿夫くんはわたしの右手を手に取って、指輪を薬指につけてくれた。その後、左手の薬指に軽くキスをされて、本物はいつかここに、って王子様みたいな笑顔で言われてすごくドキドキした。わたし何も用意してなくてごめんねって言ったら、くくっと笑われて、真が笑ってそばにいてくれたら何もいらないよ、だって。いつもならすごく嬉しいはずなのに、今日はすごく切なくて苦しかった。


それからすぐ電気を消してベッドに一緒に横になった。明日は学校だけど制服持ってきてたっけ?って聞かれて、朝着替えに家に寄るよってウソをついてしまった。猿夫くんは笑顔で、じゃあ少し早く出なきゃね、なんて。そうだね、とは言えなくて、誤魔化すようにむぎゅっと抱きついた。それからしばらく無言の時間が続いた。その間、これで最後なんだとか、もっと一緒にいたいとか、いろんなことを考えたけど、やっぱり口にはできなくて。抱きしめる力を強くしたら、猿夫くんはわたしの様子がおかしいことに気付いたみたいで、優しく名前を呼んでくれた。


「真……?今日はいつもより甘えん坊だね。」

「うん……もっと甘えたい……」

「ん、いくらでもどうぞ。」

「ね、猿夫くん……」


わたしは、自分の持てる最大限の勇気を振り絞って、か細い声でそっとささやいた。




「抱いて、ください……」




猿夫くんは心底驚いたのかわたしをべりっと引き剥がすと、すぐ額に手を当ててきて、熱はない!?とか、どこでそんな言葉覚えたの!?とか、意味わかってる!?とか。親友に猿夫くんとの最後の思い出が欲しいって相談した時に、そう言えば男にはすぐ伝わるって言われたからそのまま言っただけなんだけど。でも猿夫くんにそんなこと言えなくて、そのままの意味だよって言って誤魔化すことにしたら、ベッドに座って両手で頭を抱えて、あーとかうーとか唸り出した。


「……だめ?」

「いや、だめというか、むしろ俺も……じゃなくて、さすがに早すぎるっていうか……いや、でも……」

「猿夫くん……?」

「あーーー!!どうすればいいんだ!」

「わっ!」

猿夫くんが大きな声を出すものだからわたしもびっくりして身体を起こしてしまった。チラッと隣を見たら、悩ましげな猿夫くんと目があった。大丈夫かな、と思って首を傾げたら、猿夫くんは頭を打たないよう手を添えながらそっとわたしをベッドに押し倒した。


「……最後まではしないって約束する。責任取れるようになるまでは我慢する。」

「えっ、えっと……」

「怖いとか嫌だとか思ったらすぐ言って。俺、自分からは止まれないと思うから。」

「あっ、う、うん、わかった。」


さすがのわたしもこの雰囲気だとこれから何が起きるのかはわかるわけで。猿夫くんが切なそうな苦しそうな、でも、少し嬉しそうな顔でわたしを見下ろしている。わたしが猿夫くんの首に腕を回したら、彼は優しく唇をすり合わせるキスをしてくれた。それがわたしと猿夫くんの初めて過ごす最後の夜の始まりだった。





初めて過ごす最後の夜




猿夫くんの熱が、匂いがとても心地良くて

触れられる度に心も身体も熱くなって

このままふたりで溶け合っちゃって

ずっとずっとこのまま一緒にいられたらいいのにって思ってたら

つーっと涙が流れ出た

チラッと時計を見たら12時を過ぎていた

もう、泣いていいんだよね……







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