目を覚ましたら一夜明けていて、世間は騒然としていた。親友からは心配の連絡が何件も入っていて、そのまま寝ちゃってたと返信したらいつも通りゴリラやチンパンジーのスタンプが返って来た。
新聞を見るとオールマイトの正体という記事があって、絶対に倒れない平和の象徴はいなくなってしまったんだと改めて痛感した。わたしはヒーローの大ファンとかではないけれど、少なくとも日常を安心して過ごせるのはオールマイトを始めとしたたくさんのヒーローのおかげだと思っている。そして、その多くのヒーローが大打撃を受けた、神野の悪夢と呼ばれた事件、これに雄英高校が関わっていると思うと思わず身震いしてしまった。
あれから数日、もうこっちに来てから3週間近く経ったなんて嘘みたい。ヒーロー科のお友達は合宿後も大変だろうから敢えてこちらから連絡はいれていない。上鳴くんから合宿中に透ちゃんとジローさんが敵のガスを吸って意識を失ってしまったことや爆豪くんが攫われてしまったこととか改めて詳しく連絡をしてくれた。ジローさんはよく知らないけど、彼女も透ちゃんも爆豪くんもすごく心配だったから、落ち着いたらその旨を伝えてほしいとお願いしたら快諾してくれた。上鳴くんが連絡してきたのはきっと尾白くんは無事だよと伝えたかったからだと思う。上鳴くんも本当に優しいひとだから、なんとなくそう思う。
こうして普通に文章でのやりとりができるようになっていたのもあってか、時間がひとを癒してくれるというのは本当なのだろうと思う。現に、わたしはちょっとずつだけど外に出れる様になっていた。お母さんとはそろそろ新しい学校を決めなきゃという話をしていて、いくつか学校のパンフレットを眺めていた。パンフレットに載っている学生の写真の中に虎や犬の尻尾を生やしているひとがいるのを見ると自然と涙がこぼれ落ちた。
きっと、大好きな彼の尻尾を思い出してしまったから。白くて、力強くて、先っぽがふわふわで、いつも優しく抱き寄せてくれた、あの尻尾。わたしを守ってくれる時、必ず尻尾を使って闘ってくれたっけ。武闘ヒーロー、テイルマン。彼にぴったりの名前。
「ただいま、真はいるかい?」
「お父さん、お帰りなさい。どうしたの?」
大好きな彼に想いを馳せていたら、お父さんが出張から帰って来た。今回は東京って言ってたっけ。ちょっとおいで、と言われてお父さんと一緒にわたしの部屋に行った。見慣れない部屋にもそろそろ慣れて来たけれど、やっぱり前の部屋が恋しくなる。お部屋に入ったら向き合って座る様に促されて、お父さんは目を大きく開けてわたしの目をじいっと見つめた。お父さんの個性はわたしとほぼ同じ。ただし、全く同じじゃなくて、完全に上位互換。『目を合わせた相手に本当のことを言わせる』というもの。
「真は雄英高校が好きかい?」
「……正直、怖いと思ってる。お父さん、個性、使わなくていいよ、わたし、ウソつかないよ。」
「いや、真は優しい子だからね、私やお母さんに気を遣うんじゃないかと思ってね。うん、わかったよ。」
お父さんは目を細めてニコッと笑ってくれた。ほっとしてわたしもふにゃりと笑ったら、わたしが笑ったことを喜んでくれた。こういう時、優しいお父さんもお母さんも大好きだなあと思う。もちろんお兄ちゃんも。少し間が空いたと思ったら、わたしのスマホが音を立てて震えた。とても驚いたけど話してる途中にスマホを出すのは失礼だから、画面も見ずに適当にタップして音と振動を止めた。それを皮切りにお父さんがひとつ咳払いをして口を開いた。
「単刀直入に言おう。真、家族と一緒にこっちに住んで新しい学校に通うか、一人でも雄英高校に通うか、選びなさい。」
「うん……?えっ……?」
「先日の、神野の悪夢という事件については知っているね?」
「う、うん。それが、関係あるの?」
お父さんはとても詳しく話してくれた。要約すると先日の事件も含めてこれまで何度か雄英生と
「私は正直反対だよ。いくら別科とは言え、あんなことがあって大切な娘を預けるのは、っていうのが本音。」
「うん、わたしもそれは怖いと思った。」
「じゃあ、こっちにいる?」
「……少し、考えたい。」
「わかった。あまり猶予はないからね。根津校長先生や担任の先生とは話してある。決めたらすぐ私に教えてくれるね?」
「うん、わかった。」
お父さんは優しくわたしの頭を撫でてから部屋を出て行った。ベッドに横になって、大きな猿のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、自分がどうしたいのか、ゆっくりゆっくり考えた。大好きな友達に会いたい、けれど、確かに雄英にいるのは怖い、お父さんやお母さんと離れるのも寂しい、それに、彼に合わせる顔がない。意気地なしのわたしはお手紙で勝手にお別れを告げて、挨拶もせずに勝手に彼の前から姿を消してしまったのだ。全部全部わたしの自分勝手ばかりで、最後の最後まで迷惑をかけてしまった。もう連絡も来なくなってしまって、きっと彼はわたしのことなんて嫌いになってしまったはずなのに。なのに、わたしは毎日毎日どんどん彼への想いを募らせるばかり。どれだけ離れていても、どれだけ考えないようにしても、毎日毎日頭も心も全部全部、彼、尻尾のヒーロー、尾白猿夫のことで支配されてしまうのだ。
考えるまでもないじゃないか。
わたしの心は決まっている。
「うぅ……尾白くんに、会い、たい……」
「尾白くん……ぐすっ……すき…………」
「うう……尾白くん……だいすきだよ……会いたいよう…………」
「うっ、ぐすっ……たすけて……尻尾の……ヒーロー……」
ぽつりぽつりと漏らした本音は誰に届くこともなく広い部屋に溶けて消えた。抱きしめた猿のぬいぐるみにこぼした涙が吸い込まれて、この子も泣いているように見えたのがひどく悲しく思えてしまった。
お父さんと話す前に震えたスマホのことなど忘れていたわたしはそのままベッドですやすやと眠りについてしまっていた。
スマホは通話中になっていて、その相手は大好きなヒーローだったことにわたしが気づくことはなかった。
ヒーロー
真が泣いてる
早く、行かなきゃ
キミのためならいつだってどこだって駆けつけるよ
俺はキミのヒーローだから