やっと会えたね



目が覚めたらもう夜の10時になっていた。スマホの充電が切れていたからコードをさして、リビングに行ったらお父さんが録画したドラマを見ていた。


「お父さん。わたし、決めた。」

「お、早かったね。」

「うん、明日にでも、行きたいんだ。」

「……そうか。それが、真の本当の気持ちなんだね。」

「うん、本当だよ。」


お父さんの、水晶玉のような綺麗な瞳をじいっと見つめると吸い込まれそうだなあっていつも思う。お父さんは目を細めて優しく笑った。


「初めてだね。」

「何が?」

「真が、誰かに聞かずに自分のことを決めたのが。雄英高校も苑辺野中も苑辺野小も親友が受けるから、って周りを見て合わせていただろう。本当は真の兄さんと同じ学校に行きたかったのに言わなかっただろう?」

「知ってたんだ……でも、わたし、今までの学校、後悔してないよ。」

「うん、それはわかってる。でも、私は嬉しいよ。真がちゃんと自分のために自分のことを決めてくれたことが。そうと決まれば明日東京に行くといい。」

「いいの?」

「ふふっ、自分で言ったじゃないか。明日にでも、って。」

「……言った。」


まるで尾白くんと話してるみたいですごく安心した。わたしが質問し返したら笑うところとか特にそっくり。お父さんと話していたらお母さんが帰ってきて、わたしが寮に入りたがってる話をしてくれた。お母さんはすごく反対したけれど、お父さんの後押しもあってしぶしぶ折れてくれた。ひとりで寮に入るなら毎月必ずお兄ちゃんと顔を合わせて無事を報告してほしいとのことだったから、絶対約束するよと言った。


夜遅かったけど親友に電話したら2人とも出てくれた。雄英もあと何日かは夏休みで、2人も入寮の準備はできているから生活用品を買うのを手伝うと言ってくれた。クラスのみどりグループにも2人が書き込んでくれて、みんなわたしが帰ってくるのを待っているよって言ってくれたのが嬉しくて涙がこぼれた。その後、上鳴くんや透ちゃんにもメッセージを送信したらすぐに電話がかかってきた。特に透ちゃんの体調はすごく心配だったけどすっかり元気な様子でほっとした。師匠や峰田くんにも話すって言われたけど、やっぱり尾白くんには言わないでってお願いしたら2人とも受け入れてくれた。2人とも尾白くんの様子を言おうとしてきたけど、敢えて聞かなかった。今度は、ちゃんと自分で直接お話しなきゃって思ったから。明日、東京に着いたら一番に会いに行こうと思う。





入寮準備が終わるまではお兄ちゃんの家にお泊まりさせてもらうことになったから、翌朝、目が覚めてすぐリュックにお泊まりセットを詰めた。リュックには親友とお揃いの猿のマスコットともうひとつ、彼とお揃いのぬいぐるみをつけた。今日着ていく服はあの日と同じ、白いTシャツに肩紐の細いギンガムチェックの膝丈ワンピース。リビングでお母さんが作ってくれたフレンチトーストを綺麗に食べて、お父さんとお母さんにお別れをした。わたしもお母さんもたくさん泣いて、お父さんが一生のお別れとかじゃないんだからって慰めてくれた。お父さんはよく出張で東京に行くから、外出できるならご飯でも行こうって言ってくれたのがすごく嬉しかった。


必要な荷物はお部屋の場所や正確な住所とかがわかったらすぐ送るからってことで、お父さんとお母さんが準備してくれるみたい。それと、実はお父さんは話す前からわたしが入寮したがると思ってたみたいで、すでに手続きを済ませてくれていたらしい。わたしは単身で福岡空港へ行って、今度は涙をこぼさずに飛行機に乗ることができた。席に着いてすぐリュックから小さな箱を取り出して開けた。箱に入っているのは可愛い林檎のバレッタと指輪で。もう嫌われちゃったかもしれないし会いたくなんてないかもしれない、でも、それでも、わたしは尾白くんに会いたい。会っていろんなことを伝えたい。勝手にいなくなってごめんねって、ずっとずっと大好きだって、一緒にいたいって、ちゃんと伝えたい。今度こそ、お顔を見てちゃんとお話したい。


隣の席に人が座ってきた。あら、と言われて顔を上げたら、前にブランケットを貸してくれたおばあさんだった。この前はありがとうございましたって言って、それから離陸するまでちょっとした雑談をした。


朝早かったからか離陸後は眠ってしまって、東京の空港に着くときにおばあさんに起こしてもらった。それから、この前と同じように飴玉をくれた。口に放ると甘酸っぱい林檎の味がしてとても美味しかった。起こしてくれたことと飴玉のお礼を言うと、笑顔の可愛いお嬢さんだこと、と優しく言われたのがすごく恥ずかしかった。でも、自分が自然に笑顔になれていることがすごく嬉しいと思った。


飛行機を降りてからすぐ電車に乗った。お兄ちゃんは朝は用事があるからお迎えには行けないって言ってたからひとりでお家まで行かなきゃいけない。鍵を預かってくるのを忘れてしまったから、先に自分の用事を済ませてしまおうと思って、東京駅で電車を降りてから前のお家の最寄り駅行きの電車に乗り換えた。


駅に着いて電車を降りた。相変わらずここはいつもひとが多くて、身体の小さなわたしはすぐひとの流れに流されてしまう。大きな階段がだんだん近づいてきて、早く左側に寄らなきゃと焦ってしまう。わたしは手すりを掴むために一生懸命左へ左へ行こうとしても、みんな我が道を進んで中々道をあけてくれない。諦めて手すり無しでゆっくり階段を降りようと思ったのだけど。





ドンッ





「ひゃわあああああ!?」





宙に浮く身体。

周りの動きがスローモーションで見える。

流石にこの高さから落ちたらケガでは済まない。





やだ。いやだ。わたし、まだ、しにたくない。





おじろくんに、あいたい。





「誰か救けてえ!!」





ギュッと目を瞑ってそう叫んだ直後、わたしの身体は地面じゃなくて、誰かの腕の中へ。





この温度。この匂い。わたし、知ってる。





だって、これは、わたしの、だいすきな。





目を開けると目の前には綺麗な金髪の、尻尾の生えたヒーローがひどく心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。そして、いつものお決まりのせりふ。





「大丈夫?どこか痛くない?」





やっと会えたね




「こ、こ、ここが痛いよお〜!!」

「えっ!?どこ!?大丈夫!?」


両手で自分の胸をギュッと抑えたあと、わたしをお姫様抱っこしてくれている彼の首に腕を回して、人目も憚らず大声で泣いた。彼もぽろぽろと涙をこぼし始めた。


彼は優しく、そのまま動かないでね、歩くから、と言うとぐすぐす泣くわたしを優しく、けれど決して離さないよう抱いたまま歩き出した。


駅を出てからは走りだして、同時にぽつりと同じ言葉を呟いてしまって、同じだねってふたり同時に涙をこぼしながらクスクス笑った。



『やっと会えたね』








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