優しい愛



きっと何度でも恋をすると思う。記憶を失っても、はなればなれになっても、世界にたった1人しかいない運命の人に。わたしはこの、太陽の光が反射してキラキラ光る綺麗な金髪と、太くて大きな尻尾を持った、とても真面目で優しくて、強くてかっこいい、最高のヒーローに。





行き先なんて言わなくてもわかる。わたしたちの全てが始まったあの場所。あの公園の大きな木の下。尾白くんはそこでわたしをそっと降ろしてくれた。わたしはリュックから小さな箱を取り出して、両手でそっと握って、大好きな彼の細い目をじーっと見上げた。すると、いつも通り、彼は少し屈んでわたしに目線を合わせてくれた。


言いたいことがたくさんありすぎて言葉が中々出てこず、あの、とか、えっと、とかを繰り返してしまう。それでも彼はわたしが言葉を紡ぐまで黙って待っていてくれた。彼の瞳にはわたしだけが映っている。わたしは、ゆっくり深呼吸して、意を決して口を開いた。


「初めて、あなたを見た時から、それと、救けてくれた時から、あなたのことがすきです。記憶が、なくても、はなればなれに、なっても、ずっと、ずっ、と、尾白くんが、だいすっんむっ!」


話していたらぼろぼろ涙がこぼれてきて、それでも頑張って言葉を紡いだけれど、彼の優しいキスで飲み込まれてしまった。ちゅっと音を立てて唇を離されて、今度はぎゅっと抱きしめられて彼の胸にわたしの顔が押し付けられてしまった。彼は何度も何度もわたしの名前を呼んで、会いたかったとか俺も好きだよとか、他にもたくさん愛の言葉を囁いてくれた。


しばらくして、ふたりで木に寄っかかって身体をぴとっとくっつけて座った。手を繋ごうとされたけど、わたしが箱を持っていて。彼はその箱をそっと手に取って開けると嬉しそうに笑ってくれた。そして、大事にしてくれてありがとう、と言って、わたしの髪を手に取ってバレッタをいつもの場所に付けてくれた。それから指を絡めて手を繋いだ。久しぶりの尾白くんの大きな掌と温度にすごく安心する。


「ね、尾白くん。」

「うん?」

「えっと、勝手にいなくなってごめんなさい。」

「……俺がどれだけ心配して、落ち込んだかわかる?」

「ご、ごめんなさい。」


優しい口調だし、指を絡めて手を優しく繋いでくれているから、怒っているわけじゃないのはよくわかる。けど、尾白くんのお顔はぶすっとしている。


「それと、その呼び方なに?」

「え、えっと、お別れ、しちゃったから、馴れ馴れしいのは嫌かな、って……」

「俺は別れたつもりないよ。真の彼氏は俺。この座は誰にも譲らない。」

「ご、ごめんなさい……」

「名前。」

「……うん?」

「名前で呼んでくれたら、もう、いいよ。全部許してあげる。だからさ、これからもずっと、真の可愛い声で、俺の名前呼んで。」


ああ、やっぱり彼はどこまでもどこまでも優しいひとだ。わたしの、大好きな、猿夫くん。


「……猿夫くんっ!」

「あっ、ほら、ここで抱きつかない!」


ごちっ


「あっ……ごめんなさい……」

「痛っつ〜!前も言ったよ!……くくっ。」

「ごめんね、猿夫くん……えへへ。」

「ほら、おいで。」

「うん!」


ふたりでクスクス笑い合ったら、なんだか全部どうでも良くなってしまって。おいでって腕を広げてもらって、今度はそっと猿夫くんに抱きついた。それから触れるだけのキスをした。ちゅっちゅと触れるだけのキスを何度も何度も繰り返した。それから、ここがお外だと思い出して、慌てて猿夫くんから離れたら、前と同じだってくつくつ笑われた。前と同じ、といえば、彼はどうして駅にいたんだろう。彼に会いに行くことは誰にも言ってないはずなのに。


「猿夫くん、質問、してもいい?」

「ん?いいよ?」

「あのね、どうして、駅にいたの?」

「真を探しに行こうとしてたから。」

「え?」

「大変だったよ、親を説得するの。でも父さんが後押ししてくれてさ、それで福岡まで行こうとしてた。残りの夏休み全部使って真を探しに行こうとしてた。」

「……どうして?」

「泣いてたから。言ったでしょ、キミのためならいつだってどこだって駆けつけるって。それに……好き、だからね。」

「でも、わたし、勝手に、お別れして、いなくなっんぐっ!?むぐうー!!」


猿夫くんはわたしの口をしゅるっと尻尾で塞いでしまった。もふもふの毛が擽ったくて目を細めたら、猿夫くんはくくっと声を出して笑っていた。


「もうその話はいいから。これからもずっと一緒にいてくれるんでしょ?でも、また勝手にいなくなっても絶対探しに行くけど。」

「もう勝手なことはしないよ……って、待って。わたしが泣いてたの、知ってるの?」


確かに泣いてばかりいた。少し考えればわかることなのかもしれないけれど、何だか確信めいた言い方をされたのが気になる。目を開けてじいっと見つめて、もう一度同じ質問をしたら、なんとなく、と言われて、でも色が抜けたからそれは違うわけで。


「ウソついてもわかるよ。」

「……白状します。」


顔を赤くした猿夫くんから、昨日スマホが震えたのは猿夫くんからの通話で、それは偶然繋がってしまって、お父さんとの会話やわたしが泣きながら彼への想いを綴っていたことを聞いてしまった、と話されて、今度はわたしが真っ赤になって思わず両手を頬に当てた。そしたら猿夫くんは満面の笑みになって、やっぱり真は林檎みたいに赤くなってる時が一番可愛いよって言ってくれて、わたしの顔はもっと熱くなってしまった。


たくさんお話して、少し気持ちが落ち着いた。本当はもっとたくさんキスしたり抱きしめてもらいたいって思っていたら、猿夫くんも同じ気持ちだったみたいで、これからまたいっぱいしようねって言ったら尻尾を嬉しそうに振っていてすごく可愛かった。


お兄ちゃんのところにも行かなきゃいけないし、とりあえず駅に戻ろうかなと思って立ち上がろうとしたのだけれど、猿夫くんに引っ張られて彼の腕の中に閉じ込められてしまった。


「どこ行くの。」

「お、お兄ちゃんに会わなきゃいけなくて……」


顔が熱い。久々に大好きな猿夫くんの体温や匂いで包まれて、どきどきしてしかたなかった。けれど、身体に絡まる太くてかっこいい腕はするっと離れてしまって、なんだか名残惜しくてちらっと猿夫くんを見たら、まるで体育祭の時のようにぼーっとしてて。周りを見て誰もいないのを確認してから、彼の唇にちゅっと触れるだけのキスをしたら、ハッと気が付いたみたいで。


「真……お兄さんがいるの?」

「いるよ?」

「初耳だよ?」

「そうだっけ?」

「……どんな人?」

「ちょっとシスコン入ってて、厄介な個性持ち。顔はかっこいいと思うけどうるさいからプラマイゼロって感じ。黙っとけばイケメンなのに。」


そう説明すると猿夫くんは頭を抱えて、俺大丈夫かな、とか、ご家族から真を奪ってしまったのだろうか、とかぶつぶつ言い出した。


「うるさいっ!」

「んむっ!……真、愛してるよ。」

「えへへ、わたしも、あいしてるよ。」


猿夫くんの両頬にぺちっと手を当ててちゅっとキスして口を塞いでやったら、ふにゃりと嬉しそうに笑ってくれた。それから、右手を取られて、あの日と同じように指輪をつけてくれて左手の薬指にキスをされた。目を、って言われたから、すぐ大きく目を開けて彼の細い目をじっと見つめた。





「統司 真さん。ずっとずっと愛しています。これからもずっと笑ってそばにいてください。」





「尾白 猿夫くん。わたしも、ずっとずっとあいしています。これからも優しい愛をたくさんください。」





「喜んで……」





それ以上、言葉は要らなくて。

わたしたちはどちらからともなくそっと唇を重ねた。

風が吹いて、わたしのリュックについている大切な思い出の鈴の綺麗な音が響き渡った。





優しい愛




結局僕らは離れられない

あなたに

キミに

優しい愛を一生誓うよ






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