夏は夜。



「なぁなぁ尾白!夏休みどーだった?」

「どうって、何が?」

「は?期末の後、俺らが渡しただろ、コ……」

「ッ……!?上鳴!バカ!声がデカい!」


入寮早々この男は何を言ってくれるんだ。俺と真が初めて夜を共にしたあの甘い一日の前日、あろうことか学校でコイツは俺に、その、避妊具を、渡してきた。すぐ後ろに真がいたにもかかわらず。


「バカとは何だバカとは!真ちゃんとひと夏の甘〜い思い出を作ってもらいたいと思ってだなぁ……なぁ、峰田。」

「オイラ達の気遣いだよ、気遣い!わかんねェお前がバカだ!で、どーだった!?やっぱ気持ち良かったのか!?」

「使ってないよ!!」

「はぁ!?バ、バカヤロー!お前まさか生で……!?」

「ち、ち、違うから!二人が思ってるようなことしてないから!」


なんて下品な会話だ。昼間っから話すことじゃない、というか何時でも話すようなことじゃない。男子棟で女子がいないからといってもこんな不健全な話を高校生がしていいわけがない。なんとか話を逸らそうと考えを巡らせても良い案は思いつかず、峰田がまたしても下品な質問をしてきたのだが。


「統司ちゃんのオッパイ触るくらいはしたのか?」

「えっ、えーと……」

「お前お前お前お前お前ェ!!その反応はまさか……!?そうか!?そうなんだなチクショオオオオオ!?」

「ち、ちち、違う!決してそんな……!」


そう、違う。触るなんてもんじゃない。彼女の胸を弄り揉みしだいたどころか、しゃぶりついて思う存分舐めたり吸ったりしてめちゃくちゃ可愛がってやりました、なんて言えるわけがない。とにかくここは必死に弁解に努めて、早いところ二人を追い返そう。


「と、とにかく、俺と真はそんな不健全なことはしないから!ちゃんと大人になって、責任取れるようになるまでは我慢するって決めてるから!」

「うわー……やっぱ真面目だなお前。」

「煩悩が足りねえぞ……」

「真を怖がらせたり辛い思いさせたりしたくないからね。」

「せっかく統司ちゃんのあーんな姿やこーんな姿の話聞けると思ったのによ。」

「人の彼女なんだと思ってんだよ……」

「あのオッパイだぞ!?そりゃ気にもなるだろ!八百万のヤオヨロッパイよりもレベル高ェんだぞ!」


全くなんて下品なんだ。あろうことかクラスメイトをそんな目で見ているとは。彼女達には悪いが、自分が女子じゃなくて良かったとつくづく思う。


そんなこんなで話をしていたら、上鳴の提案でコンビニにアイスでも買いに行こうということになった。三人で近所のコンビニに入ったら、そこにはまさに噂をしていた俺の可愛い彼女が真剣な顔で雑誌コーナーに立っていた。声をかけようとしたけど上鳴に口を塞がれてしまい、三人で静かに近寄ることになってしまった。彼女が立っていたのは明らかに青年向け雑誌の、その、内容が少し不謹慎な感じのコーナーで。驚きのあまり俺は尻尾を動かして床をパチンと叩いてしまい、その音に反応して彼女はビクッと身体を跳ねさせてこちらを振り向いた。


「ま、猿夫くんっ?猿夫くんたちも、お買い物?」

「あ、う、うん……」


シーンと気まずい中、口を開いた勇者は峰田だった。


「なぁ統司ちゃん。何見てたんだ?そこ、オイラの御用達のコーナーなんだけど。」

「えっ……!?う、嬉しい!峰田くんもファンなんだね!」

「は?ファン?グラビアアイドルの?」

「バッ、バカ!峰田!真がそんなのに興味あるわけないだろ!」


真がもじもじしながら差し出した本には『今すぐ身長を伸ばす方法大全〜夏の特別増刊号〜』というものだった。タイトルを見た俺は吹き出してしまって、彼女から軽くお叱りを受けてしまった。峰田は、これ効果あるのか!?なんて食いついているけど、彼女の体格を見れば効果がなさそうなのは明白だ。上鳴もそれを察してか笑いを堪えられていない。様子を見ていると、明るく話しかけてくる彼女に峰田は本当にデリカシーのない言葉を投げつけてしまった。


「峰田くん、一緒に頑張ろう!大きくなろう!」

「……統司ちゃんは身長じゃなくてオッパイに効果出てんじゃね?」

「え゛っ……!?や、やだ……!!」


真は顔が真っ赤になって頬を両手でおさえた。しかし峰田の爆弾発言は止まらない。


「あっ、それとも尾白に揉まれまくってデカくなってんのか?」

「ま、ま、猿夫くん!?しゃ、喋ったの!?さ、さ、最低!!」

「えっ!?俺は何も……!!」

「えっ、マジ?」

「チクショオオオ!!やっぱり触ったんじゃねーか!!」

「い、い、いやあああああ!!もうきらい!!」


真っ赤な顔で綺麗な瞳に涙を溜めた真は本を置いて一目散にコンビニを出て行った。上鳴が峰田を捕まえて、早く行けと合図してきたから俺も急いで彼女の後を追いかけて学校へ走った。相変わらず彼女の足は速すぎて尻尾を使って跳躍して追いかけてるのに一向に距離は縮まらない。





学校に着いた時ようやく彼女に追いついて、俺は後ろから真の小さな身体を抱き竦めた。彼女はいやいやと身を捩って俺から逃げようとするけど、ただただ可愛らしいだけで。


「俺のこと、嫌い?」

「……だいすき。」

「こっち、向いてくれる?」

「うん……きらいって言ってごめんなさい。」

「いいんだよ、俺も、というか、峰田がごめんね。」


こっちを向いてくれた真は幸い泣いていないようで、でも今にも泣きそうな困った顔をしていたから、手を引いて木陰に連れて行って目を閉じさせてそっと唇を重ねたら、彼女は林檎っ面でふにゃりと笑ってくれた。なんて可愛いんだろう。けれども、この笑顔を見るとあの日の夜を思い出してしまって、邪な加虐心というものが湧いてしまったわけで。


「嫌いって言われたの、やっぱりショックだったな……」

「えっ、ごめんなさい!す、すき、だよ、本当だよ!」

「悪い子には、お仕置き、しなきゃね。」

「えっ、えっ…?そ、それって……」

「夜、連絡するから俺の部屋においで。お仕置きして……たっぷり可愛がってあげるから。」

「…………ばか。」





この後に及んでまたそんなことを言うのか、と軽く額を指で突いてやったら、彼女は真っ赤な顔でえへへと笑った。そして小さい声で、いっぱい愛してください、なんて言うもんで、夏の暑さも相まって頭がクラッとして気が遠くなってしまった。





夏は夜。




「ま、猿夫くん!?また鼻血出てるよ!大丈夫!?」

「慣れないことするもんじゃないよね……俺かっこ悪いな……」

「そ、そんなことないよ!世界で一番かっこいいよ!で、でも、しばらく、そういうのは我慢しよ?心配だよ……」

「お気遣いありがとうございます……」





その夜、俺は宣言通り真を部屋に招き入れて、あの日よりもう少しソフトな甘い一夜を共にした。目が覚めて、あの日と違って幸せそうに眠る彼女の寝顔を見た俺は、一生懸けてこの子を守り抜こうと決めて眠る彼女の瞼に誓いのキスをした。







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