秋は夕暮れ。



秋といえば、文化祭。雄英高校の文化祭で、A組はジローさんを中心にライブ演奏を披露していた。どのひともすごくかっこよくて、キラキラした演出が眩しくて、会場中のみんながとても盛り上がっていた。中でも猿夫くんのダンスは本当にかっこよくて、ずーっと猿夫くんに目も心も奪われてしまっていた。上から落ちてきた男の子を受け止めて、くるりと回ったシーンでは胸がキュンとしてたまらなかった。


演奏が終わったらすぐにD組の教室へ戻った。D組は俗に言うコスプレ喫茶店のような出し物で、女の子はみんなすごく可愛い衣装を着て、男の子はかっこいい衣装を着ていた。でも、わたしは背は低いけど胸が大きいというアンバランスな体格のせいで用意された衣装が中々合わなくて。だから準備の段階で、親友の2人が歳上の女の子をターゲットにして、わたしに男装をさせようと提案してきて、面白そうだから引き受けることにした。胸にキツく巻き物をされたときは息が止まりそうだったけど、大きめの服を着て誤魔化して少し楽になった。それからカラコンとウィッグをつけて、顔もだいぶメイクされて、誰がどこから見ても統司真とはわからない、自分で言うのもおかしいけれどかなりの美少年になることができた。メイクってすごい……


自分のシフトのとき、女の子のお客様からものすごい数の指名をもらってしまったわたしは忙しさのあまりにてんてこまい。席に着くと、あーんしてと言われて食べ物を食べさせられたり、頭を撫でられたり、抱っこされたり。クラスメイトの男子からは、2,3年生のお姉様方に爆発的人気で羨ましいと散々嫉妬されてしまった。そんな風に喋っていると、遠くの席からわたしの大好きな彼とその友達の声が聞こえた。


「真ちゃん、いなくね?」

「おかしいな、この時間って言ってたんだけど……」

「オッパイの大きな女子を呼ぼう!な、いいだろォ!?」

「お前ちょっと黙っとけ!うーん、どうする尾白?」


猿夫くんはわたしに会いに来てくれたんだと思うと嬉しくて。でも、指名が来ないと席にはつけない、どうしようと思いながら彼らの席を見つめていると、猿夫くんとぱちっと目があってしまった。バレるかなと思ったけどすぐに視線は逸らされたから、まだバレてはいないみたい。


「……やばい。」

「ん?何がだよ。」

「お、男にときめいてしまった……」

「……は?」

「いや、奥に物凄い美少年がいて……真くらいの背丈の……」

「え、面白そうじゃん、そいつ呼ぼうぜ!」


なんて会話が繰り広げられたのはつゆ知らず、なぜか上鳴くんから指名が入ったらしく、わたしは彼らの席へ。ちなみに、峰田くんは女の子がいいと別の席に行って、メイド服の女の子にケーキを食べさせてもらっていた。上鳴くんと猿夫くんの前で、サポート科の友達から借りた変声機を使って喋ったけど全然バレてなくて自分でもびっくり。上鳴くんはお前みたいな男子いたっけ、何食ったらそんな美形になれるん、彼女いるん、とかいろんなことを聞いてくる。けど、猿夫くんは全然こっちを見てくれなくて。上鳴くんがお手洗いに席を立ったから、少し猿夫くんに近付いて、じっと見つめたら、なんだか少し赤くなってた。もしかして、バレてる?


「あの……僕がいると、楽しくない?」

「えっ、あっ、いや、俺は……」


じーっと見つめていたら、どんどん顔を赤くされて。どうしたの?と聞いてみたら、彼は片手で顔を覆って真剣な顔でこう言った。


「俺、最低だ……大切な彼女がいるのに……あろうことか、男にときめいてしまって……」

「そりゃそーだろ、それ、統司ちゃんなんだから。」

「は……?ええええええ!!??真……!?いや、それはないだろ!だって声も胸も……!いや、でも、この綺麗な目……真?真なの?」

「み、峰田くん、すごい……初めてだよ、僕が……ううん、わたしが女の子って見破ったの……」

「いや、オイラもわかんなかったぜ。でもあっちでケーキ食わしてくれた女子が、彼が一番人気で男子からもたくさん指名入ってる男装女子の統司ちゃん、って教えてくれた。」

「そ、そうなのか……良かった……俺、浮気になるんじゃないかってめちゃくちゃ焦ったよ……」

「浮気、しちゃやだよ……?」

「し、しないよ!ていうかたとえ男でも真を好きになってるんだから……浮気なんてあり得ないよ。」

「ま、猿夫くん……わ、わたしも、猿夫くんが女の子になってもだいすきだよ……えへへ……」

「チクショオオオ!!お前ら何なんだよ!!地獄かよここは!!」





お手洗いから戻ってきた上鳴くんにわたしが男装していたことを話すと驚きのあまり放電してしまっていた。峰田くんと猿夫くんがビリビリしびれててちょっとかわいそうだった。





夕方になって、もう片付けが始まって、わたしは今日一日ほとんど働き詰めだったからみんなからゆっくりしてていいよと言われた。男の子の姿で校舎をフラフラしていたらみんなの視線が集まってきたのが恥ずかしかった。こんなに小さい男の子がいるの変なのかな。歩いていると急に引っ張られて、振り返ると猿夫くんが立っていて、ちょっと来て、と屋上まで連れて行かれた。


「わあ……空が真っ赤で綺麗だね……」

「うん、真に見せたくて連れてきた。」

「そっか、ありがとう……嬉しいなあ……」

「喜んでくれて良かった。……真、おいで。」

「うん!」


空は燃えているように真っ赤なのに、空気は少し肌寒くて。猿夫くんにぎゅーっと抱きついたら、彼もぎゅーっと抱きしめ返してくれたからとても暖かかった。彼はわたしの名前を口にして、腕にもっと力を込めて抱きしめてくれて、言葉を続けた。


「……俺、やっぱり真を何度も好きになるんだね。忘れられても、小さくなっても、はなればなれになっても、男になったとしても、俺は真しか好きになれなくて……なんて言ったらいいかわからないけど……ずっとずっと、愛してるよ。」

「猿夫くん……わたしも、わたしもね、ずっとずっと、猿夫くんしか、すきになれないよ。小さい頃からずっと……わたしがすきになったひとは、尻尾のヒーロー……尾白猿夫くんだけ……」

「真……」

「猿夫くん……」





秋の燃えるような夕暮れの中、どちらからともなく、そっと触れるだけの優しいキスをした。いつもより顔が赤く見えるのは夕暮れのせいかなって言われて、恥ずかしくてぎゅっと彼に抱きついた。すると、ドアからゴツンと音がした。猿夫くんを呼びに来たA組の委員長さんがわたしたちが抱き合っているのを見てしまったみたいで。真っ赤な空の下で、またしてもふたりでお説教を喰らう羽目になりそうだった。





秋は夕暮れ。




「尾白くん!この前の眼力女子はどうした!?こんな小さな男児を……いや、そもそもここは学校で……!」

「眼鏡のお兄さん、このひとは僕をたすけてくれただけだよ?」


委員長が俺にずいっと近寄って大声で説教をしようとしたら、男装姿の真が委員長の袖を引っ張って口を挟んだ。


「む……?そうなのか?」

「うん、さすがヒーローだよね。眼鏡のお兄さんもすごくかっこいいヒーローになるんでしょ?僕、楽しみだなあ。」

「尾白くん、そうならそうだと早く言いたまえ。誤解して済まなかった。」


委員長が頭を下げたら、真は可愛い小悪魔の様な笑顔でにひっと笑って、お兄さんたち、バイバイ!と言って屋上を後にした。彼女の笑顔を見て顔に急速に熱が集まったが、きっとこの夕暮れのおかげで気づかれてはいないだろう。





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