冬はつとめて。



季節は真冬のど真ん中。四ヶ月以上も経てば流石に寮生活にも大分慣れてきた。時間の経過に伴ってわたしと猿夫くんの絆はより一層深まった気がする。とはいえ、つい最近、彼はインターンシップ期間だったからしばらく会えてなかったのだけれども。確かライオンヒーローのシシドさんのところへ行ったみたい。猿夫くんが無事に帰ってきますように、って毎日お星様にお願いした。やっぱり猿夫くんに会えないと寂しくて、胸のあたりがぎゅーっと苦しくなる。彼の方がわたしに首っ丈とか、彼にわたしは勿体無いとか失礼な事を言う人もいるけれど、逆もまた然りというか、むしろわたしの方が彼にゾッコンで、わたしなんかにあんな素敵な彼は勿体無いと思う。といっても誰にも譲りたくないけれど。


ちなみにそのインターンはこの前終わったらしく、今日は日曜日。早朝から活動していたら、猿夫くんからお電話がかかってきて、今日は一緒に勉強する?と誘われた。彼もわたしも徒歩通学だった時の名残で早朝に目覚めてしまう癖は変わらないみたい。でもどうしても外せない用事があって、泣く泣くお断りしたのだけれど快く送り出してくれた。そういうわけで今わたしは外にいる。お母さんと約束した、お兄ちゃんと会う日だから。





今日もお兄ちゃんといろんな話をして、2人で写真を撮ってお母さんに送信した。お母さんからはすぐ返事が来て、楽しそうで安心だと言ってくれた。気がつけばもう日が傾いていたから、このままお兄ちゃんの奢りで夕飯を済ませて、雄英高校まで送ってもらうことになった。


学校の近くまで来ると、門のところに誰かが立っているのが見えた。わたしの大好きなあの立ち姿、間違えるわけがない。走って行って思いっきり彼に抱きついたら、彼は逞しい両腕でぎゅっと受け止めてくれた。


「猿夫くんっ!ただいまっ!」

「真、おかえり。待ってたよ。」


猿夫くんがわたしの右頬に手を添えたんだけど、今ここでキスをするのはダメだと思って、彼の唇に人差し指を当てて、また後でねって言ってあげたら、しぶしぶ受け入れてくれた。ふたりであまーい雰囲気を出していたら、後ろから物凄く邪悪な気を感じて、わたしの身体は猿夫くんからべりっと引き剥がされた。お兄ちゃんの仕業だ。


「これが猿夫くん……?なんだ、期待してたのに。フツーじゃん。」

「これ!?普通!?なんて失礼な!猿夫くんは世界一かっこいいもん!バカ!最低!もう嫌い!」

「き、嫌い!?そりゃねーよ、悪かったって!」


なんて失礼なことを言うんだろう、いくらお兄ちゃんでもこれは許せない。猿夫くんはぽかんとしているけど、普通って言われたら地味に傷つくのを知ってる。キッとお兄ちゃんを睨んだけれど、お兄ちゃんはぶすっとした顔で猿夫くんをまっすぐ見てて。


「あ、は、初めまして。尾白 猿夫といいます。」

「知ってるよ。真の王子様で、ヒーローで、初恋の人で運命の人で、彼氏、なんだろ。」

「や、やめてよ!恥ずかしいから!」

「へーへー、邪魔者は帰りますよっ。猿夫くん、こいつが可愛いからって襲ったりすんなよ。」


お兄ちゃんは来た道を歩いて戻って行った。最後に変なことを言われて、わたしと猿夫くんは嵐が去って行ったような静けさに包まれてしまった。ちらっと見上げると赤い顔でじっとわたしを見てて。同時にきゅっと手を繋いで、帰ろうか、って言ってひとまずA組の寮へ向かった。共同スペースのソファに座って、インターンや授業のお話を聞いたり、わたしのことやお兄ちゃんのことを話したり、たくさんたくさんお話した。たまにA組のひとが通って、彼女さんこんばんは、って言われるたびに頬がとても熱くなった。わたし、猿夫くんの彼女なんだってすごく嬉しくて、やっぱり大好きだなあって思う。


今日は天気がすごく良かったから空がとても晴れていて。最近、猿夫くんの無事を祈ってお星様を見ることが習慣になっていて、今日も見に行こうと席を立ったら、まだ一緒にいたいって言われて、猿夫くんも一緒に行く?と誘ってみた。彼は笑って頷いてくれたからふたりで建物の外に出た。そういえば前も同じように星を見に行こうとしていたら、真っ白なウサギが走ってきて、入口の扉にぶつかりそうになってて慌てて扉を開けてあげたら立ち止まって頭を下げられたっけ。しばらく振り返って見ていたけど今日はウサギは来ないみたい。


一旦わたしの部屋に行って大きな毛布を取ってから、外の木陰にしゃがんで、ふたりで身体をくっつけて同じ毛布にくるまって指を絡めて手を繋いだ。大きくてあったかい猿夫くんの手が大好きで、思わず口からだいすきって言葉が漏れてしまった。猿夫くんは嬉しそうに俺も大好きだよと言ってくれた。


あの星はなんだろうとか、理科の授業でこんなこと習ったよねとかいろんな話をしてたら、猿夫くんに優しく名前を呼ばれて、目を合わせた。なんとなく察して目を閉じたら、唇にあたたかくて柔らかな感触。ちゅっと音を立てて彼のそれが離れて。外はすごく寒いはずなのにわたしも猿夫くんもお顔が真っ赤になって熱くなってしまっていて、お互いの顔を見て林檎みたいだねって笑い合った。


それからまた空を見ていたら、いくつか星がきらっと光ってすっと消えた。流れ星だ。猿夫くんも気づいたみたいで。


「真、今何かお願い事した?」

「もちろん、心の中でたくさん言ったよ。」

「そっか、俺もだよ。」

「何お願い事したの?」

「うーん……多分、真と同じかな。」

「えっ……そ、そっかあ……」

「くくっ……可愛いな本当に。」


同じお願い事をしたと言われたのが嬉しくて、恥ずかしくて、照れてしまって、毛布からもぞもぞ手を出して熱くなった頬に当てたら、可愛いなんて言われてしまってさらに熱くなって。ふと時計を見たらもう帰らないといけない時間だったから、おやすみのチューをして、また明日ねってバイバイした。


わたしたちのお願い事も、優しい愛のひとときも、全部全部、お星様だけが知っている。猿夫くんが無事に帰ってきてくれたから、きっと今のお願い事も叶うはず。



猿夫くんと



真と



ずっと一緒に笑っていられますように





翌朝、少し早起きしてしまったら外は薄暗くて。窓を開けて空を見上げると、まだ星が見えていたからちょっとだけ散歩をする事にした。昨日の木陰まで歩いて行くと、そこにはもふもふしたコートに身を包んだ猿夫くんがいた。


「真、おはよう。よく眠れた?」

「おはよう!うん、ばっちり。でも、寒かったからかな、いつもより早く起きちゃった。」

「そっか。俺もなんだか早く目が覚めちゃってね。窓を開けたら星が見えてたから外に出てきたんだ。」

「わたしも同じだよ!星、綺麗だよね。」

「うん、真の目みたいだよね。」

「えぇ!?そんなことないでしょ!星の方が綺麗だと思うよ?」

「そう?俺は真の目の方が綺麗だと思うよ。」

「あ、あ、ありがとう……」


王子様みたいな笑顔でそんなこと言われたらわたし爆発しちゃうよ、なんて思いながら熱くなった頬に手を当てたら、可愛いねって頭を撫でられた。超新星爆発、なんて言葉を理科で習ったけどまさにこういうことなのかな、なんて思って1人でクスクス笑ってしまったら、猿夫くんは自分がキザったらしいことを言ったのが笑われたと思って拗ねてしまった。機嫌を直して欲しかったから、服を引っ張って彼の唇にちゅっとキスをして、おはようのチューだよって言ったらふにゃりと笑って今度は彼の方からキスをしてくれた。





冬はつとめて。




だいすきな猿夫くんに会えるなら
毎日だって早起きしちゃうよ



***



起きてぼーっとしながら窓を開けたら外を歩く真が見えて、慌てて外に出てきたんだ、なんて恥ずかしくて言えなかった





back
lollipop